2.わけあって憧れの大魔術師様と同棲中!(6)
俺、クラウス=バルトはバルト侯爵家の次男として生を受けた。
バルト侯爵家は国内有数の魔術に長けた名門家系で、親や兄弟も魔術に関する要職に就いている。そして、俺自身も将来は国のため、また、世界の魔術技術の発展のために生涯を捧げるのだと厳しく育てられてきた。
俺にとってはそれが全てで、そうすることが当然だった。
俺とエルマの出会いのきっかけは、彼女が魔術研究所に入所してきたことだった。魔術研究所の入所試験の受験資格のひとつに『国立魔術学校を卒業していること』がある。
受験者となれる時点で優秀な魔術師しかおらず、エルマの年の学生達は特に出来がよかった。そんな中、入所試験でひとりだけ平凡な点数しか取れていない受験生がいた。周囲の出来がいい分ひとりだけ目立っていたので、よく憶えている。
それが彼女──エルマ=ホフマンだった。
『なぜ彼女を?』
エルマの合格が決まったとき、俺は思わずプリスト所長にそう尋ねた。
成績だけを見れば、彼女を魔術研究所に入所させる理由がわからない。それは、俺だけでなく誰が見てもそう思うだろう。なぜなら、彼女よりももっといい成績を修めた入所希望者がたくさんいたのだから。
けれど、彼女をここに入れると強く推したのは、ほかでもない魔術研究所のプリスト所長だった。プリスト所長はリスギア国で一番の大魔術師だ。
『クラウス、今年の受験生の結果をどう見る?』
プリスト所長は俺の質問には答えず、今年の受験生の成績表を眺める俺に静かにそう尋ねる。
『例年になく、非常に優秀です』
俺は見たままを伝えた。普段の年より、三割近く点数が高い。これは異常とも言える結果だった。
『そうだ。とても興味深いね』
プリスト所長はそれだけ言うと、にこにこと笑う。周囲が優秀すぎるから、彼女が落ちこぼれて見えるだけだと言いたいのだろうか?
確かに、エルマの成績は例年であれば受験生の標準的なものだった。きっと合格だろう。今年の受験生の成績がいいから悪く見えるのだと言われれば、その通りだ。
『あの子は、他の子とは少し違う。きっと君の、そして、周りの研究者の助けになってくれるよ』
『そうでしょうか?』
彼女はプリスト所長に何かコネでもあるのだろうか。
不思議に思ったけれど、そういうわけでもないようだ。
解せない表情を見せた俺に、所長は苦笑する。
『この子のことは、きみに任せていいかい?』
『はい』
断る理由もないので、俺はそう答えた。
優秀な新人達を迎え入れたおかげか、その年度の初めから魔術研究所では驚くほど研究が上手くいき始めた。それは新人に限らず、古参の魔術師達も同じで、皆で喜びに沸いた。
で、肝心のエルマだが、恐れていた通りそんな中でもあまり出来はよくなかった。いくつかの研究に取り組んでみたものの、彼女が上げた成果はほぼゼロに等しい。
魔術の研究というのは、うまくいくかいかないか、やってみるまでわからないという賭けに近いところがある。だから入所一年目であるエルマが何も成果を上げられないことはさほど珍しいことでもないのだが、なにぶん周囲が目覚ましい成果を上げているだけに悪目立ちする。
プリスト所長にもそのことを告げたが、『そうですか』とニコニコするだけで、特にそれ以上言及はしてこなかった。
(お荷物を押しつけられたな)
単刀直入に言うと、それが彼女に対する最初の印象だった。
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風呂でお湯に入ってゆったりとすると、一日の疲れが癒える。休日を一日遊んで過ごすことなど初めてだったが、思った以上に楽しんだ自覚はある。
(まさか、俺がエルマの世話になる日が来るとはな)
魔力がほとんど放出できなくなったときは、さすがにまずいと思った。魔力が放出できないと、筆頭魔術師であっても何もできない。
『元に戻るまで、責任を持って私がお世話します!』
そう言われたときは唖然としたが、すぐに悪い話ではないと思った。
何者かが意図的に薬を盛った可能性が高い以上、自分の今の状況はできるだけ知られるべきではない。
エルマの世話になるのはかなり不本意ではあったが、犯人は俺の実家も見張っている可能性があるのでこれが最善の選択というのは明らかだ。
毎朝頼まれてもいないのに研究所中の掃除をしてまわり、器具の整理などもしているところからもわかるとおり、エルマは面倒見がよく気の利く女性だった。俺が困っているとすぐに飛んできては、『なんで困ったらすぐに言わないんですか!』と立腹する。
常に〝バルト家の人間に相応しいように〟と気を張って生きてきた俺にとって、エルマとの生活は戸惑いが大きく、そして想像以上に居心地がよかった。




