2.わけあって憧れの大魔術師様と同棲中!(4)
「そうなのか?」
「はい」
記憶を辿ったけれど、私の中のショーンさんはいつもにこにこしていて穏やかだ。
「ところで、〝研究所のお掃除と実験室の準備〟とはなんだ?」
「ああ。それは、私はあまり研究でぱっとした成果を出すことができないので、せめて皆さんが気持ちよく研究できるようにお手伝いができればと思って、毎朝掃除や実験室の備品の整備をしているんです」
「だから、あの日もあんなに朝早くから箒を持って現れたのか?」
あの日、というのはクラウス師長が子供になってしまった日のことだろう。
「はい。実はそうなんです」
クラウス師長は手に持っていた書類に視線を落とすと、考え込むように顎に手を当てる。
「それをやめたのは、俺がこんなになってしまった日と同じか?」
「そうですけど?」
「ふーん……」
クラウス師長はそれだけ言うと、また黙って資料を読み始める。
一方の私は部屋の中の掃除をし、窓を開ける。この時期特有の爽やかな風が室内に入り込んだ。
「今日は、とってもいい天気ですね!」
「そうだな」
クラウス師長はこちらを見ることもなく、相槌を打つ。外の天気、絶対に見ていないですよね?
私はむうっと口を尖らせると、クラウス師長からぱっと書類を取り上げた。
「何をする」
クラウス師長は私を非難するかのような視線を向ける。普段の姿だったら怖じ気づいちゃいそうだけれど、ちびっ子のクラウス師長なら怖くないんだから。
「お休みの日はお休みするためにあるんですよ。ほらほら、今から遊びに行きますよ」
クラウス師長は形のよい眉根を寄せる。
「遊びに行く?」
「そうですよ。師長はお休みの日、どんな風に過ごされているんですか?」
「特に普段と変わらない」
「変わらない? それって仕事をしているってことですか?」
「そうだが?」
私は衝撃を受けた。
平日あれだけ働いておいて、休日も仕事? 一体、いつ休んでいるの⁉
というか、完全にオーバーワークだ。仕事好きもここまで行くと重度の病気だと思う。
「師長! さっきも言いましたが、お休みの日はお休みするためにあるんです! 遊びに行きますよ!」
「俺は仕事をしているから、お前は行ってきていいぞ」
「だめです! 私はジルド君と行きたいんです! 今日は、私に付き合って遊んでください!」
私は唖然とするクラウス師長を無理矢理立たせ、早速お出かけの準備を始めたのだった。
◇ ◇ ◇
一時間後。
私の隣を歩くクラウス師長は、ずいぶんと落ち着かない様子だ。辺りをキョロキョロと見回している。
休日の大通りは人が溢れていた。私ははぐれないようにと、クラウス師長の小さな手を握る。ちっちゃくて可愛い。
「どこに行くんだ?」
「そうですねー。どこがいいかな?」
「決めてないのか?」
呑気に答える私に、クラウス師長は目を丸くする。
「ぶらぶらしながら何をするのかを決めるのがいいかと思って」
「時間がもったいないだろう」
「もったいない使い方をするのが休日の贅沢なんです!」
全く以て、このワーカホリックは!
こうなったら私が徹底的に〝理想的な休日の過ごし方〟を教え込んじゃおうと意思を固くする。
「そうだ。私、行ってみたい場所があるんですけど、付き合っていただけますか?」
「行ってみたい場所?」
クラウス師長は、ちょっと不思議そうな顔をしたけれど断りはしなかったので付き合ってくれるようだ。
そうして歩くこと十五分。目的の場所は、子供連れの家族で賑わっていた。私も五歳児にしか見えないクラウス師長と一緒なので、違和感ないだろう。
「ここか?」
クラウス師長が大きなテントを眺める。
私が行った先──そこは、サーカスだった。ちょうど、国中を旅するサーカス団が最近王都にやってきたという話を小耳に挟んだので、見てみたいと思っていたのだ。
「そうです。動物が芸をするんですよ。楽しそうじゃないですか?」
「子供だましだろう?」
「ジルド君も見た目は子供なんだからいいんです」
クラウス師長は「やれやれ」と言いたげに息を吐く。テンションが上がる私に対しクラウス師長がそれほどでもないようだ。
「もしかして、サーカスはお嫌いですか?」
嫌がっているのに無理強いしてしまっているかと不安になる。
「見たことがない」
「じゃあ、ものは試しに行ってみましょう。絶対楽しいですよ」
「好きにしろ」
「やった。ありがとうございます!」
私はぱっと表情を明るくして、クラウス師長の手を引いた。
サーカスはいわゆる定番もの──動物の曲芸だった。火の付いた輪をくぐるライオンや、ボールの上に乗るクマ、一列になって歩くアヒル……。
ひとつ芸が成功するたびに観客席からたくさんの拍手が沸き起こり、子供達の歓声が聞こえる。
私も、子供の頃に見た懐かしい光景に思わず笑みを漏らした。
ちらりとクラウス師長のほうを見る。
(ふふっ、見てる……)
クラウス師長は最初から最後まで、食い入るようにじっと舞台を見つめていた。薄紫色の瞳が、キラキラと輝いている。
「面白かったですか?」
一時間の演目が終了し、席を立った私はクラウス師長に尋ねる。
「まあまあだ」
ぶっきらぼうに言うけれど、じっと舞台を観ていたことを知っているんだからね。多分気に入ってくれたのだろうなと思い、なんだか嬉しくなる。




