第37話 エレナの秘密
「ぐあああぁ、体中が痛い……し、死ぬぅ……」
「私もぉだめぇ……ノアちゃん、あとはまかせたよぉ……」
「おい、レ、レティー? し、しっかりしろぉ!」
「……あ、あなたたち何をしていらっしゃるの……?」
いつもの自販機の近くにあるソファーに仰向けになってぶっ倒れているレティー。それに駆け寄って芝居がかった口調で話す俺。このよく分からない状況に戸惑いを隠せないのかエレナはただ立ち尽くしているだけだった。
混乱する彼女に説明するために死んだカエルのように倒れていたレティーが重い上半身をゆっくりと起こす。全身が俺と同じ筋肉痛なのか体を動かすのも辛そうだ。
「何って、死にかけの仲間を看取る親友的なシーン?」
「シーン? って、やってる自分でも何してるか分かっていないのですの?」
「ノリってやつだ」
「そうだよ、ノリだよ」
「お二人とも、先生に絞られて頭がおかしくなってしまったのですの……?」
呆れたようにため息をつくエレナ。うん、たぶんそれで正解だと思うよ。レティーはどうかは知らないけどあの練習量に全身の筋肉だけじゃなくて頭までイカれてしまったんだろう。
もう、本当に舐めてた、歌に関しては全然余裕だったけど、あの先生……ダンスの練習が本当にスパルタだった。全身がつる一歩手前までいったよ、冗談半分だけど死にかけた。
だらだらと脱力している俺たち二人に対してエレナはやれやれと肩をすくめる。
「まったく、お二人ともだらしないですわよ?」
「逆に何でエレナはそんなにピンピンしてるんだよ?」
「ふふん、私は小さいころからお習いごとはたくさんしてきましたので、文武ともども自身があるのですの。プロの指導の下での特訓だとしてもこの程度なら全然余裕ですわ」
えっへんと胸を張るエレナ。まぁ確かにエレナは何でもそつなくこなしてしまうタイプだからなぁ。昨日だって比較的大丈夫そうだったし、一極集中型の俺とは大違いだ。
ちなみに俺はというとダンス練習が始まってからずっとへばっていた。
だってしょうがないじゃん。俺の得意分野は運動じゃないもん音楽だし……ダンスに関してはエレナの方が何歩も先も上手だ。今度、なんかコツとかそういうのを教えてもらおう。
そんなことを考えているとエレナが俺の隣にちょこんと座る。俺は二人に挟まれるような形になり、ベンチに腰掛けて三人で仲良く横に並ぶ。
そのあとは三人で自動販売機で買ったモノを飲みながら楽しく談笑していた。練習のメニューだったり、ネットで話題のニュースだったりとアイドルの話以外もし始めていよいよ親しくなってきたかな? と言った感じである。
「それにしてもあの人カッコいいよねぇ――将来、ああいう人と結婚したいなぁ」
「レティーさんはああいう方が好みですの?」
「うん! ダンディーというかああいう大人っぽい雰囲気の人がいいのよねぇ。エレナちゃんも分かるよね?」
「私は大人びた雰囲気の方よりも一緒に寄り添ってくれる甘い顔のお方がいいですわ」
「ええー! 意外、エレナちゃんはなんかクールでカッコいい系が好きかと思ってた」
「よく言われますわ……ノアさんはどんな方が好みですの?」
「へ?」
急に話を振られる。す、好きな男のタイプか……正直、本当は男ゆえに男性に対してタイプとかそういうのは求めてないんだけどなぁ。な、なんて答えようか……
「どうしたの? 言うの恥ずかしいの?」
「あ、い、いやぁ……そういうことじゃないんだけど……」
「じゃないんだけど? じゃあ、どういう人が好みなの!?」
「え、えっとぉ……逆にどういうのが好きだと思う?」
パッと好きな男性のことなんて答えれるわけじゃないから適当に誤魔化してみる。二人は俺の好みの男性が一体何なのか興味津々みたいで当てようと考えこんでいる。
「う~ん、意外とマッチョの体育会系とか好きだったり?」
「筋肉ムキムキはそこまでかな?」
「じゃあ、正統派の高身長のイケメンとかはどうですの? 真面目で清楚なのはどうですか?」
「どうかなぁ……? 真面目過ぎるのも硬すぎて嫌かな」
「真面目なのも嫌なの? ノアちゃんは大人しい子だから静かな人とか好きそうだと思ったのに」
「ふふっ、どっちかというとグイグイ来る俺様系の方がいいかな?」
「意外ですわ」
驚きを隠せないのか口をポカンとさせるエレナ。
まあ、半分は冗談で言ったんだけどね、中身は男だからイケメンとかにはあんまり興味はないし……でも、強いて言うと自分が女性となったのなら力強い男がいいかなと思っただけだ――別に本気で好きではないからな。
そのあとも適当な雑談が俺たち三人の中で繰り広げられる。そんな中、突然レティーが何かを思い出したのかハッとした表情を見せた。
「……どうしたんだ?」
「あ、あのさっ! そういえばエレナちゃんって結構なお金持ちだったりするの?」
唐突にソファーから立ち上がったレティーが目を輝かせながら訊ねる。ああー、そういえばエリザたちの件に気を取られたけど俺も少しエレナについて気になることがあった。
「確か、スタンナードだっけ? あれってどっかの大企業の会社とか財閥の名前じゃなかったか?」
「そうなのっ!? 私もエレナちゃんが着ている服とか振る舞いからただ者じゃないって感じがしてたけど本当にお嬢様なの!?」
興奮気味にエレナへと詰め寄るレティー。そのあまりの勢いに圧倒されて困った顔を浮かべた。
「え、えぇ~っと……」
いったい何を答えようか迷っている様子だった。しばらく考えること数秒ののち彼女は静かに首肯した。おおっとこれは思わぬ展開になったぞ。まさかこんな身近に超有名企業の令嬢がいたなんて……なんか急に緊張してきた。
「私の家は代々続く貴族の家系でして……父は大企業スタンナードグループの代表取締役の役の地位に就いております」
「マ、マジですか……!?」
「きぞくぅううう!!?」
レティーが驚きのあまり飛び跳ねる。俺は彼女の隣で口をあんぐりと開けて固まっていた。いやいや、ちょっと待ってくれよ。これってもしかしなくてもとんでもないことだろ?
つまりエレナのお父さんは世界の有名企業グループのトップの人……? やべぇ、想像したら震えてきたんだけど。マジのマジで現代貴族のお嬢様じゃないかよ!?
「ちょ、それってすごいことなんじゃねぇのか?」
「私にはよく分かりませんけれど……世間では凄いこと……なんですわよね?」
「当たり前だよぉ! どうして今まで教えてくれなかったの!?」
「え? 最初にお会いした時に少しだけ教えませんでした?」
「へ? 言ってたっけ?」
口を半開きにして俺の方を振り向いてくるレティー。俺に聴かれても……えーと、どうだったかなぁ……?
「うーん、まあ、たぶん言ってたと思うぞ? 誇張だと思ってたけど……」
「あー、そう言われたらなんか高貴なる貴族とか……自称じゃなかったんだ……」
「お、お二人とも……っ?」
いつもの柔らかさがなくなった黒い声を出す大企業の令嬢。不満げな表情を浮かべる彼女に対して俺とレティーは愛想笑いを浮かべて誤魔化す。
エレナからしてみればもう教えていた気になっていたみたいだけど、正直、俺も自称とか少し誇張して言ってたと思ってた。あー、なんか申し訳ないな。
少しだけ悪くなった空気を吹き飛ばすかのようにレティーの明るい声が響く。
「じゃあさ! やっぱり、貴族だからお家に帰ると召使いとかメイドとかたくさんいるの!?」
「祖国の方にはお屋敷がありますわ。日本ではマンションでお手伝いさんと三人で暮らしてます」
「さっすがお嬢様、でも、どうして日本に来たの?」
「どうして……ですか……」
その言葉を聞いたエレナは寂しそうに眼を細めた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
突然失踪してしまい本当にすいません。
私事ですが書いてる暇がないほどにプライベートにトラブル続出でして……今はなんとか顔を出せるぐらいには暇になったのでこうして更新させていただきました。
本当にスッと消息を断つようなことをしてしまい申し訳ありません。
これからは精力的に活動……と、いきたいのですが、本格的に再開できるかはまだ分かりません。
結果が出てきて、再開できそうであれば活動報告に報告させていただきます。できない場合でも報告します。
もし、大丈夫であればその時はまたよろしくお願いします……! これと同時にちょっとしたTS短編も出したのでそちらの方もよろしければ覗いてみてください。




