第29話 三人でお揃いの髪型
シュルル――キュッと少しきつめに新品の靴の靴ひもを縛ってトントンとつま先で地面を叩く。長袖長ズボンの赤色のジャージを両手両足に通して真新しいしわ一つない服に身を包んだ。
今の俺がチビなのかこのジャージが少し大きいのか少しだけぶかぶかで袖が余って手の半分くらいを隠してしまっている。いわゆる萌え袖というっていうヤツか。どこに萌えるかはよく分からんが。
「お二人ともどうやら着替えは終わりましたか? 私はもうオーケーですわ」
「うん! 私はもういつでもオーケーだよ。エレナさん!」
背中の方に二人の声がぶつかる。中身が本当は異性であるため着替え中の二人を視野に入れないようにしていたからこうして報告してくれるのはありがたい。二人の下着姿を見るなど紳士的ではないからな……ん、今は淑女か?
小さな窓と細長い縦長のロッカーがずらりと並ぶ空間のなか、くるりと回転して後ろの方を見るとお揃いのジャージを身に着けた二人の姿が目に映る。窓から漏れ出る太陽光を反射して輝く二人の髪の毛と宝石のような瞳は幻想的にも見える光景だった。
二人のその綺麗な髪の毛のシルエット……髪型も変わっていてエレナさんは長い髪を後ろの方でお団子のように縛っていて、レティーの方も後頭部で髪をまとめてポニーテールにしていた。
どうして急に縛りだしてんだこの子ら? 疑問に感じたがどうやらあっちの方も俺に対して何か疑問があるようでテストで急に勉強していない知らない問題が出たみたいな表情を浮かべた。顎に手を当てて目を丸くしてたレティ―が丸く口を開く。
「ねぇ、どうして髪縛らないの?」
「どうしてって……縛らないとダメなのか?」
「うふふ、おバカさんですね貴女。本番はともかくそんな髪で激しい練習する気なんですか? 私だったら邪魔で仕方ありませんけど、ふふふ」
微笑む――というより滑稽にしたかのような嘲笑を浮かべるエレナさん。あっ、そっかぁ、確かに練習中はこの長髪は邪魔だよな。でも、縛るヤツ持ってないぞ俺。愛想笑いを浮かべて二人の方を見る。
「あはは、縛るヤツ持ってないです……」
「え? ヘアゴム持ってないの?」
「う、うん……」
「女でしたらそのぐらい持ち歩きなさいですわ。長髪にするんでしたら余計にそうでなくて?」
「ご、ごめんなさい……」
十歳ぐらいの年下の女の子に叱られて頭を下げる日がくるなんてな。はは、ちょっと前までは考えすらしなかった。険しい表情を浮かべる英国貴族に対してレティーはやんわりとした姿勢を見せる。
「まあまあ、忘れただけかもだし……はい、私のヤツあげる。返さなくてもいいから使って」
自分のロッカーからガサゴソと音を立てて手の平に乗っけて差し出してくる。普通のあの黒い輪っかみたいのを想像していたけど彼女が出してきたのは赤色のリボンみたいなヤツだった。若干戸惑ったが快く受け取っておくことにした。
「ありがとう。使わせてもらうよ」
「どういたしまして! 実はこれ私のヤツとお揃いなの! ほらほら~見て見て~?」
背を向けてまとめている髪の方を指さす彼女。確かに貰ったものと同じような同じものを使っているみたいだ。俺は見様見真似でゴムに手を通して両手を頭の後ろに回す。
「ふっ、じゃあ俺もお揃いのポニーテールにさせて貰おうかな」
「やったぁ! おそろーだよ? おそろーおそろー♪」
可愛らし気に鳥がさえずるみたいに軽々しい朗らかに笑う。レティーには本当のことは言えないけどポニーテールにしたのはエレナさんのと比べて簡単そうだったからなんだけど……喜んでるのならまあいっか。
「――……んっ」
後ろに回した手で自身の長い金髪の髪をいじっていく。俺はどちらかというと長い髪の女の子の方が好きなんだけど長いってのも考え物だな。うまく髪の毛をまとめれない……っ! あれ? レティーは確かにこうやってたはずなのに……?
「――ん、あ、あれ? あってるのに……」
掴んでみたり持ち上げてみたり――いろいろやってみるがあと一息のところでうまくできない。目の前の二人も苦戦する俺を見てレティーは顔を憂色に染めており、エレナさんはヤレヤレと肩をすくめてゲーム下手な友達を見てイライラするみたいな様子をしていた。
「ああ、本当にじれったい方ですわね。後ろを向いてください、この高貴な私が仕方な~く手伝ってあげますわ。感謝してくださいね?」
「え、あ、ありがとうございます……」
彼女の言う通りに背を向けるとエレナさんの手が後ろの方で動く。丁寧な指使いと彼女の落ち着いた呼吸が背中越しに伝わってくる。高飛車な態度なんだけど妙に親切な人だよな、よく分からない人だ。
「まあ、髪先が荒れてますわよ?」
「――へ? か、かみさき?」
「いったい、どんなシャンプー使ってますの? コンディショナーは? メーカーとか教えてくださる?」
「え? メーカー? 特に気にせずに市販のモノを……」
「えぇ!? もったいないことをしてますのね……貴女のこの金髪の髪が泣いてますわよ?」
「そ、そうかなぁ?」
「当たり前ですわ。きっと、この様子だとろくに手入れもしてないようですわね……」
深々と低い声でそう言う彼女に対してゆっくりと「うん……」頷く。エレナさんは大きなため息を吐きだすと慣れた手先で俺の髪の毛をいじりながら話す。
「さっきも俺とか言ってましたし、スカートを穿いてるのにみっともなく足を広げてましたし――なんだか男の人みたいな方ですわね」
「え? 俺って言ってた?」
「言ってたよ。ついさっき」
レティーが真顔でそう言うとエレナさんも「言ってましたわ」と呟く。むぅ、流石に長年の自分の呼び方は簡単には変えられないかぁ。今度から気を付けて言わないようにしないと……
「ごめん、俺って言うのはやっぱり変だよね……気を付けるよ」
「アイドルになる以上はその呼び方はお辞めになった方がいいですわよ? ノアさんはどちらかというと可愛らしい女の子なんですから“私”が一番いいですわ。ふふっ、同じ金髪同士。おそろ~というヤツですわね? このあとに淑女としての振る舞い方を教えになってもいいですわよ?」
「はは、お手柔らかにお願いします……」
「楽しみなさってください」
彼女はそう言うと俺から両手を離して「もう、終わりましたわ」と言ったあとレティーの隣へと陣取った。更衣室にあった大きな鏡で自分の姿を見てみると――そこには赤いジャージを着たポニーテールではなくお団子頭にしている俺の姿があった。
「ああああっ! ポニテじゃない!」
さっきまでは上手く俺とエレナさんの体で隠れて見えなかったのかレティーが声を上げる。そんな彼女の滑稽な様子を見たエレナさんがフンと涼し気な表情とともに鼻を鳴らした。
「やはり機能面でしたらノアさんは髪がお長いのでこちらがいいかと――それに私とノアさんは同じ金髪同士。ここはおそろ~にするのは私たち二人の方が良いですわ」
「え~、それじゃあ、私だけがなんか浮いちゃうよ……」
「じゃあ、レティーさんにもやってあげましょうか?」
「いいのッ!? やってやって!」
「いいですわ。ここはリーダーとしてチームに貢献させていただきますわ」
得意げな表情を作るとさっき俺にしたように器用な手でレティーの髪型を整えていく。てか、いつの間にリーダーになったんだ? まあ、別にいいけど。
――あっという間にレティーの髪型はお団子へと変わる。
「じゃーん! どうかな?」
終わると同時に子供のように無邪気に頭を見せびらかしてくる彼女。自分のヤツを見ても思ったけど本当に綺麗に整っていると思う。あと、レティーがさっきからなんだかテンションが高いような……? とりあえずは似合っていると褒めておこう。
「似合うと思うよ。それにしてもエレナさん、本当に上手ですね」
「当たり前ですわ。よくこの髪型にしますですもの。できて当然のことですわ」
得意げに鼻先を高くして笑みを浮かべている。最初会った時は変な子だなって思ってたけど案外そうでもないのかも。高飛車な態度が一変して彼女の良い個性のようなモノと感じてきた。
「ふふっ! これで三人全員がおそろ~だよ? 一体感ってのが出てる出てる……あっ、エレナさんありがとね」
「あっ、二人ともありがとうございます。ゴムとか髪型を整えて貰ったりして」
レティーはエレナさんに俺は二人にお礼を言う。「いいのいいの」気にしないでってレティーはそう言っていたがエレナさんは考え込むかのように「う~ん」と唸り声を出す。
「……どうかしましたか?」
「いえ――……えっと、ノアさんとレティーさん……私に関してはもっと軽く接してくださっていいですのよ?」
「へ? 軽く接して……?」
「はい、特別にですわ。貴女たち二人はさん付けとかで呼ばなくてもよろしいってこと……ノアさんに関してはレティーさんに接するみたいに軽々しい態度でも……い、いいですのよ?」
なぜだか言いにくそうな顔を赤くしてそう言う彼女。レティーは最初は顔を傾げて不思議そうな表情をしていたがすぐにさっきのニコニコとした表情に戻った。俺もエレナがそう言うならお言葉に甘えさせてもらおうかな。
「そ、そうか? じゃあ、今度からエレナって呼ばして貰っていいかな?」
「私はエレナちゃん――って、呼ぶよ! これからも改めてよろしくね」
俺たちがそう言うと彼女はパッと明るい表情に戻った。何かを心配していたがそれがなくなって晴れ晴れした――そんな感じの朝日のような初めて歳相応と思える子供っぽい笑みだった。
「はい、こちらこそよろしくですわ!」
ここまで読んでくださりありがとうございます。ちょっと中途半端な感じがしますが長くなりそうだったので一旦ここで切ります。
次回は明後日の予定の投稿ですがもしかしたら明日に上げることができるかもです。最後にですが、よければブックマークと評価をしていってくださると感謝感激です。
次回もどうかよろしくお願いします!




