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第26話 金髪のお姫様


 まったく縁も所縁もない朝のパン屋さんで同じオーディションを受けた子と再会する――


 こんなドラマ的な出会いを果たした俺たち二人は無事に事務所へとたどり着いていた。今は二人で集合部屋に向かって雑談を交えつつ向かっている途中だ。


「――ふぅ、ちょっと買い過ぎたか?」

「みんなで分けるんだから大丈夫じゃない? 分配したら少ないぐらいだよ」


 レティシア――ことレティーはフランスパンが二個突き刺さった紙袋を戦利品のように掲げる。俺も彼女と同様に同じ量のパンが入った袋を抱えて、ゆさゆさと揺らしながら二人で廊下を歩く。


「あ、でも、飲食大丈夫なのかな? レッスン室で顔合わせって聞いたけど……」

「あー、大丈夫だって、さっきここ入るときに事務所の人に聞いた。汚さないならオッケーだって」


「ホント? じゃあ良かった! ふふ、ノアちゃんの他にどんな子がいるのかな……楽しみ!」


 ニコニコと上機嫌な笑顔を浮かべる彼女。


 ――楽しみか。正直、俺はかなり緊張するな。緊張七割、楽しさ三割ぐらいだ。


 ドキドキと脈打つ熱のこもった心臓の鼓動。ピリピリとした緊張感を味わいながら青い絨毯が敷かれた廊下を進む。


 途中に従業員にすれ違って慣れない挨拶を交わし、流石は大手事務所と言わんばかりの長い通路を進む。目的の場所に近づくたびに心音はどんどんと大きくなる。


 音楽家時代にも似たことは合ったけど慣れないモノだ。あー、緊張するなぁ。


「ふふ、顔が引きつってるよ? 緊張してるの……?」

「うん、レティーはしないの?」


「全然! むしろ、いろんな人と出会えるなんて楽しみ! 私は逆にノアさんが緊張するなんて意外だな?」

「意外? どこが?」


「ほら、あんなたくさんの人が居るステージの上で物凄いカッコいい演奏できるんだから、てっきり、図太くて強い子だと思ってたから――意外とビクビクしてて可愛らしいところもあるんだね」


「か、可愛らしいって……」


 予期せぬ言葉が飛んでくる。まあ、この体なら間違いじゃないんだろうけど。腑に落ちないというか何というか……喜べばいいのか? んー?


「うふふ、戸惑ってるところも可愛い。絶対に人気アイドルになれると思うよ」

「や、やめてよ……そんなこと言うの」


「なんで? もしかしたら照れてるの? ふふっ、ねぇ?」

「そ、そんな訳ないだろ? だいたい、レティーの方が可愛いじゃんか!」


 ニタニタと俺の辛うじて残っている男心をもてあそぶかのように突いてくる。苦し紛れの俺の反論も「え~、ノアちゃんの方が良いよ~」という軽い言葉で簡単に流されてしまう。


「ほら、だってこんなに綺麗な髪は絶対に他の子は持ってないよ?」

「い、いや! レティーだってブロンズ色で――」


「ん? やっぱり王道の金髪の方が受けがいいって! さらさらだし、それにノアちゃんは目も青色で綺麗だよ? お姫様みたい!」

「お、お姫様……?!」


 男で生きてきてこんな言葉を聞くことになるなんて。可愛いやらお姫様やらと天下無敵のバリトン歌手の威厳はもう線香花火のように儚く散ってしまったようだ。


 ぐぬぅ、確かに今の俺にはもう男要素はないけど。気持ちだけでも男でいたい。可愛いお姫様なんか言われて黙っていられるか。


「も、もう! からかうなよ。この話はおしまい! いい加減にして」

「えー、なんで? 普通は可愛いって言われたら嬉しくない?」


「嬉しくない! みんながみんな同じじゃないんだから」


 プイとレティーから視線を離して漁っての方向へと向ける。「金髪可愛いのに……」と少し落ち込んだような声が耳に入るが無視してそのまま歩み進める。


 だいたい、五分ぐらい経っただろうか目的のレッスン室と書かれた部屋へと到着した。部屋の入り口の前には窓があって光が差し込んでいる。


「――……ここだよね?」

「うん、第三室。ここで合ってるよ」


 念のためにレティーに確認を取る。さてさて、いったいどんな出会いが待っているのか? ゆっくりとドアノブに手を掛けるとそのまま捻る。


 ギギ――ィ――と音を立てて扉が開かれた。


 中はかなり広くてドッチボールをしても大丈夫じゃないのかと思うほどの広さがあった。どうやら、入り口の前で靴を脱がないといけないらしくて、ドアの目の前に誰かの外履きが置いてあった。


 ……この青い絨毯のところで脱いでそのまま靴下で板の間に上がるってことであってるよな?


 先客者の通りに靴を脱いで木材の床に足の裏を付けた。後ろからレティーも同じようにしてこちらにやって来る。


 これで部屋に二人きり……とはいかない。あの靴が合ったとおりに先に誰かが来てるはず――と、部屋の奥の方に目を向けた時だった。


「あら? お二人だけなのかしら? エリザさんたちはまだなの?」


 ――と、女の子の声が自分たちへとめがけて飛んでくる。凛としていて品格があるはっきりと聞きやすい声音だった。エリザのように高飛車な色も伺えた。


 「なんだ?」と視線を声がした方へと向けると三つ編みをした緑色の瞳を持った子がソファーの上に座っていた。


 レッスン室という場に不自然に設置してある赤いソファー。そこに優雅にペットボトルを片手にお茶を楽しんで佇むお嬢様のような風貌を持つ少女。


 そして、何より目を引いたのは俺の髪に引けを取らない――金色の髪だった……

 今回もありがとうございました。ブクマや評価、誤字脱字報告なども相も変わらず本当に感謝しています。


 今話は連日投稿になりましたが、残り1、2話投稿したらまた更新が不安定になってしまいそうです。


 プロットがほぼ白紙になってしまった結果なので仕方がないことなのですが、なんとか早く投稿できるように頑張ります!


 次回もどうかよろしくお願いします。

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