第25話 少女たちの会話
暑くなってきたこの季節にはぴったりな薄着で可愛らしい洋服を着た彼女は自慢するかのようにそう言った。さわやかな風が吹いてふわりと彼女のスカートと銅色の髪が舞う。
「フランスですか……! てっきり同じドイツかと」
「違いますよー! まあ、ちょっとだけドイツにも住んでた時期もあったけどね」
「ドイツにも住んでたの?」
「うん、まあ、すぐに日本に行くことになっちゃったけどねー」
補足するかのように小声で気になることを呟く。ん? 転勤とかそういう理由なのかな?
頭の中で彼女の発言に対してクエスチョンマークをふわふわと浮かべていると、今度はこっちに質問が飛んできた。
俺たちが話している間もどんどんと列は進んでいく。
「あの、貴女はなんで日本に? 用事でもあったんですか?」
「あー、別にそんなのじゃないですよ。私は生まれはドイツですけど育ちは完全にこっちなんです」
「おっ、それはそれは……私と真逆ですね! 私は育ちはフランスなんですよ!」
「へー、でも、それにしては日本語上手ですね。誰かに教えて貰ったんですか?」
自然に妙に上手い日本語のことについて探りを入れてみる。
フランスで育ったということは少なくても日本語よりもフランス語を使う機会の方が多いはず。でも、彼女は流暢な日本語を現在進行形で話している。
俺の場合はここで育ったから当たり前に使える。ドイツ語は母さんから教えてもらったりドイツ語の音楽をやる過程で身に着けた。彼女にもそのような理由はあるはずだ。
「んー、私は母親に小さいころから鬼のように教わりましたね」
「――ん? 鬼のように?」
「はい、なんかどうしても私に日本語を使えるようになって欲しかったみたいで。理由はいまだに分かってないんですけどね……」
困惑や苦笑といった感情が混じった複雑な表情をする彼女。
あんまり聞いて欲しくない話題なのかな? こっちも初対面の人に刺激するのは気が悪いし、これ以上のことを尋ねることはやめておいた方が良さそうだ。
少し空気が悪くなったところで話を切り上げる。所詮は初対面の人間同士なので過ぎた失礼なことはできないからな。
こうして会話を一区切りを終えた俺は再びパン屋へと視線を戻す。
列は結構進んでもうすぐでお店の中に入れそうだ。たくさん人が来ているからカレーパンが余ってるか心配だな――……って、ん……?
背中にドロドロとした粘り気がある視線を感じて後ろの方へと目を向ける。すると――
「…………」
「――あ、あの、何かまだ用ですか?」
先ほどのフランス少女が理科の実験の顕微鏡を覗くかのような目つきでジッと見つめていた。
その様子に苦笑を浮かべてそう聞き返すと、彼女は「うむ……」と唸りながら低い声を出した。
「――えっと、あ、あの……歳、いくつか聞いてもいいですか?」
「え、と、とし?」
「はい、ちょっと気になることがあって」
「――? そ、そうですか。えっと、私は十三歳ですけど?」
心に引っかかることはいろいろとあるが今の身体の年齢を教える。すると彼女の眉毛がピクリと反応する。何かを受信したアンテナのようだった。
「十三歳……! 私と同じ!! じゃあっ! ピアノとかやってる!?」
「ぴ、ぴあの? うん、やってるけど……?」
「――……はあっ! うん! 間違いない! 合ってる!」
一人で宝くじの高額当選に当たったかのようにはしゃぎだす彼女。今日一番の笑顔が目の前で花のように咲く。なんだなんだ? いったいどうした?
完全に置いていかれている俺は理解が追い付けずに、瞳をパチパチとさせてその様子を見つめる。わずかに動く頭で理由を尋ねる暇もなく彼女から言葉の爆弾が飛んできた。
「――ねぇ、貴女ってノアさんだよねっ!?」
「――……へ?」
間の抜けた穴の開いた風船の空気がプスプスと抜けたかのような声を漏らす。脳内処理が現実に追い付いて来るとともに心音がドクドクとどんどんと大きくなってくる。
「――え、えぇ!? あ、あの!? 合ってますけど――えっ?」
なんで? 意味が分からない。いや、なんで初めてあったこの子が俺の名前を……?
完全に不意打ちを喰らった俺はそわそわと体を揺らす。彼女はそんな様子を見てニタニタと微笑んで鼻を鳴らした。
「ふふ、だって貴女、凄く有名人だもん、音楽スキルが凄いってねー」
「――はえ? ちょ、ちょっと! 有名って――」
もしかして、本当はこの子は俺のことが“男のノア”だって気づいてるんじゃあ……いや、そんなこと……ないよな?
だって今の俺は見た目はかなーり女の子してるし、男と思われるなんて雷に撃たれる確率とほぼ同じぐらいだと認識してる。
こんなので見抜けたらこの子はなんて名探偵だ! と、大声で言ってしまうだろう。うんうん、あり得ない。バレてるなんて……うんうん。
で、でも、だ、だけど、万が一知られていたら――そんなはずないけど、音楽で有名だって言ってたし……凄い有名だって言ってたし、ほ、ホントだったらかなりマズいぞ。
――まさか、連合音楽会の関係者だとか……?
確かにこんなところで偶然ばったり出会うのも変だし、おかしいし、奇妙だし……でも、俺はドイツでこんな子は知らないし、見たことない。
それに上の連中とごく一部の人間しか俺の正体を知らないはず。じゃあ、やっぱり、彼女は自力でノアの正体に気づいた子……!?
――ってことは、もしバレてたら――俺は……!!
「あ、あ、あのね! 私はあのバリトン歌手のノアとは全く関係ないの! ほ、ほら、こんな私があんなガッチリドイツ人のわけないじゃない! へ、変なこと言わないでよ……もう! 困っちゃうわ!」
全力で今までにない女の子の素振りをするが、動揺しているせいでまったく誤魔化せてない。昨日の練習は無意味だったようだ。
声はすくみ上がって、口調は崩れて、変な汗が出て、見るも絶えない動揺した情けないリアクション。
彼女はそんな無様な俺を見て「ん?」と不思議がると……
「何を言ってるの? 私はオーディションの発表で有名って」
「ん? お、おーでぃしょん?」
考えもしない言葉が出て来てポカンとその言葉をおうむ返しする。周りのお客さんの視線が変なモノを見る目で今さらになって恥ずかしかった。
「うん、ピアノの演奏! 歌唱能力! 全部凄かった! お父さんが撮ってた動画で聞いたよ。観客席では物凄い逸材だって噂になってたらしいし」
「あ、あー! そっちかぁ……うん、素直に嬉しいよ」
心の中でホッと胸を撫で下ろす。良かったぁ。変態女体化男の汚名を着せられなくて……って、でも――
「なんで貴女がそんなこと知ってるの?」
この疑問だけは残る。フランス人ハーフ、オーディションと聞けばなんとなく察せられるが、答え合わせをするかのように尋ねてみる。偶然ってあるんだなぁ。
予想した通りに質問を聞いた少女は「えへへ」と自信満々な笑みを見せ、太陽に反射して輝くブロンズ色の髪を揺らした。
「はい! 実は私、ノアさんと同じオーディションを受けたの」
「はーなるほど。じゃあ今日ここにいるってことは……」
「うん! アイドルになれたの! ――私の名前はレティシア、気軽にレティーって呼んで!」
敬語ではなくてとてもフレンドリーな挨拶が返ってきた。
……これがノアとしての私の初めての友達だった――
おはようございます。
今回も読んでくださりありがとうございます。ブクマや評価もとても感謝しております。
特に誤字脱字報告に関しては本当に助かってます。手間や労力が大変ですのに私の小説に対して時間を使ってくださって本当にありがとうございます。改めて感謝させていただきます。
以下は報告ですが、週末に現恋の別作品となる新作のお試し短編的なものを投稿予定です。短編投稿後からしばらくして連載版を投稿予定です。
あと、あらかじめお伝えしますと、TSものではありません。TSものはハイファンの方でまた別に投稿しますので続報をお待ちください!
今回もありがとうございました!




