第20話 音楽は高らかに舞う
司会役がそう言うとステージの舞台裏からグランドピアノが運び込まれてくる。かなり重そうだが何人ものスタッフが協力して設営を行ってくれた。
そんな彼らに紛れるように中には見覚えのある顔が二つあった。
「ノア様。注文してあった通りに持ってきました」
「――あぁ、ありがとな」
その内の一人である女性のヴェラ。このピアノは彼女に頼んでおいたモノで、あらかじめオーディション関係者にはこの要件をしっかりと伝えてあるので心配ない。
「さっきの演奏は上手かったよ。流石、ノアさんね」
もう一人は亜里沙である。あの車の中での頼みはこのことだ。二人ともこの仕事は快く受けてくれた。
「二人ともサンキューな」
「ううん、お手伝いするのが私の役目だから……絶対に受かるからピアノも頑張って!!」
二人はそう言うと颯爽とステージ上から姿を消した。そして、再びここには俺とピアノ一台だけが取り残された。
「――では、特技披露をお願いします」
アナウンスがそう響き渡る。ついに本番か――長いようで短いような練習期間だった。恍惚とした表情で椅子に腰を掛ける。ライトをきらびやかに反射して輝きを保ち続ける金髪の少女が漆黒のピアノと対面する。
――小さくて華奢な手をそっと鍵盤の上に添える……
「すぅー」っと息を吸ってまるで歌うかのようにお腹に空気を溜める。ピアノでもブレスという概念があるように鍵盤楽器だからといって体の方は何もしないわけではない。
歌うかのようにして鍵盤を押していく。最初の盛大なファンファーレを思い浮かべて和音の連打を開始する。力強い出だしだが次からは滑らかな旋律に移行する。
弾いている曲が行進曲ということでその弾むかのようなリズムは実に心が躍りそうな旋律だった。弾いていてとても楽しいそんな曲だ。
――これはかの有名な運動会でもよく耳にする某行進曲だ。学生時代の運動会などに採用されることが多いので知っている人も多いと思ったので採用してみた。
勇ましく進撃的な曲調は弾いているだけで自分の心が自然と勇気づけられる。もはや緊張という感情はなかった。こうして嫌な気分を払拭してくれる。
だから俺は行進曲が大好きなんだ。ベースの激しいリズムの刻み、勇猛果敢な旋律を空間という名の白いキャンバスに刻み付ける。高ぶった気持ちをメロディにぶつける。
鍵盤の上で俺の手が踊るように舞い、時にはゆらゆらと揺れるように動き、ある時には激しく力強く鍵盤の上を飛ぶ。優雅に栄光を極めるかのように全身でも表現する。
今やステージは俺の独壇場と化していた。創造したメロディは高らかに鳥のように飛び続けてこの曲は終わりを告げた。終わるときはあえてあっさりと終わる。ゆっくりと鍵盤から手を離した……
目を閉じて演奏した余韻に浸りながら椅子から立ち上がって観客に一礼をする。終わった――自分がこの体でできることは全部やりきった。満足げな表情をして座席に座っている人々を見た。
みんなの顔はよく見えないが悪くない演奏はできたと思う。特にこのあとはやることがないので退場すればいいのかな? と、思いこの場を去ろうとした。その時だった――
パチパチパチ――と、観客席から拍手の音が響く。その音は次第にどんどんとどんどんと大きくなっていってついには会場全体を大きな音で包み込んだ。
まさか、こんなことが起きると思っていなかった俺はポカンとその光景を見て居ることしかできなかった。歓声、称えるかのように鳴り響く拍手の音。オーディションだった会場はいつの間にか俺の発表会場と化していた。
「お嬢ちゃんすごいなっ! こんな演奏初めて聞いたよ!!」
「カッコよかったぞ!」
「本当に音楽が上手なんですね!」
「素晴らしかったよー!」
聴いてくれていた人からそんな声まで掛かりはじめる――確かに俺はプロだけどオーディションにこんな公演じみたことしていいのかよ!? この事務所の人たちのノリの良さに驚きを隠せなかった。
「姫川望愛さん、本当に素晴らしい演奏ありがとうございました! 凄かったです!!」
司会役の人の声も楽しそうな声だった。さっきまでは良く見えなかったが観客の人たちは全員笑っていた。笑顔だった……
――あ、ああ、そっか……これが音楽だったな、自分のやりたいように楽しんでやる。熱気と声援がそれに答えてくれる。なんだかずっと忘れていたようなそんな感覚だ……頼まれて強制的にやるモノじゃなくて自分だけの――
ずっと無くしていた感情を少し取り戻した俺は、盛大な歓声に答えるかのように「ありがとう!!」と両手を振りながらその声に感謝を伝えた……のちにこの日は伝説となった。
ご愛読ありがとうございました。たくさんのブクマと評価なども本当にありがとうございます。間奏や誤字などを指摘してくれた方にも非常に感謝しております。
今回でやっとのことでアイドルになるまでの話が終わりました。次回からいよいよ本番といったところですが、その前に別視点の短編を少しだけ挟むことになります。
それでは次回もよろしくお願いします。




