第19話 練習の成果を見せてやる!
シンと静まった控室のなか俺は声を押し殺して自分の順番を待っていた。
周りを見ると暗い顔をしている俺と同じハーフ女子が浮かない顔で自分たちの出番を待っている。みんなの眼には焦りや緊張といった色があり余裕がないことが見れば分かった。
フラフラと歩いて臆する気持ちを紛らわそうとする子。イヤホンで曲を聴いて最後まで楽譜を必死に眺めている子。緊張のあまり思わず涙を流して泣いてしまう子もいた。
それもそのはず面接のときに聞いたあの言葉のせいだろう。きっとみんなもアレのせいでこんなにも落ち着きがないと俺は確信していた。かく言う俺も少し――いや、結構心臓がバクバクしてる。
だってなぁ、まさかあんなことを突然言われるなんて予想もしてなかった。
『課題曲、特技披露の発表の時はそれなりのお客さんが居ます』
聞いた時の最初は「は?」と思った。流石に一般客ではなくて業界関係者らしいけど、まさか、オーディションに客を呼ぶという変態染みたことが理解できなかったからだ。
いやぁ、完全に不意打ちを喰らったよ。こんなことはドイツでもなかったからなぁ。
でも、よく考えてみると、本番の時にいかに緊張感を抑え込めるか。いかに冷静にいられるかが重要となる。気持ちを押し切られないように練習の成果を100%出す。言葉では簡単だが本番では難しいことだ。
本番に強い子を探そうにも普通のオーディションは聞き手が審査員ぐらいなので緊張感は若干薄れる。もちろん緊張が全くしないわけではないが本番はこんなに聞く人が少ないはずがない。人数差が違う。
……じゃあ、本番にも強い心強い人材が欲しい――ビビらない人間が欲しい。なら、オーディションをそういう環境にしてしまえばいい。なんて力ずくな考え方だ。
ほぼ、本番と変わらない条件下の次世代アイドルの発掘――このオーディションの企画者は物凄い大胆な人だろう。これは足元を見られそうだ。より一層気合を入れなければな――
「次、三十番の人ー!」
「は、はい!!」
ちょうど気持ちを入れ始めたところで俺の番号が呼ばれる。やっと来たかと、可憐な少女の声で返事を返すと控室に迎えに来たスタッフの方へと向かう。
他の女子が俺を死地に赴く兵士を見送るかのようなそんな視線で見つめてくる。そんな顔で見送らなくても……まあ、気持ちは分からんでもないけど。
「貴女が三十番の方ですね? 念のためにお名前を言ってください」
「はい、姫川望愛です。今回はよろしくお願いします」
「ええ、大変だと思いますが頑張ってください! ――さっ、ついてきてください」
俺の緊張を紛らわそうとしてくれるのかニコニコの笑顔で微笑むと、俺を連れて発表のステージへと案内してくれる。お前らも頑張れよ! ――と、控えている仲間にもそう言うと控室をあとにした。
コツコツと音を鳴らして移動中に最後の確認をする。何度も練習したおかげで頭にメロディはこびり付いていて余裕で脳内再生ができた。
本番前はこうして練習したことを思い返すことも重要。だが、それだけではダメだ。精神的にも優位に立てるように自己暗示をかけていく。
一番、効果的なのはステージで発表が大成功を収めて完成を浴びている自分――というものを想像することだ。一見、現実を見ていないと思われるかもしれないが、何度も練習して完璧で挑む本番だと意味合いが違ってくる。
身に染みるレベルで練習したのなら本番は失敗するはずがないのだ。いやいや、プロでもどれだけ練習しても失敗している人がいるじゃん。と、反論があるが今はそういうのは捨ててポジティブな気持ちをなるべく意識する。
――だって、アイドルもある一種の表現者だ。感情が豊かで元気な方が良いに決まっている。緊張して縮こまっているとできることもできない。大らかに怖めず臆せずに100%の自分を見せつける。そんな気持ちで受けてやろうじゃないか……!!
グッとガッツポーズを決めるかのようにして気合をマシマシに入れる。心臓の鼓動が少し弱まり浅い呼吸もどんどんと穏やかなモノになっていく。
コツコツと時間が刻むかのように本番の時と場所が近づいていく――……そして、ついに……!
「着きました……! この扉を真っすぐに行ったところが会場です。あ、マイクちゃんと付けていってくださいね」
そういうとマイクを付けてもらう。声楽ではそんなものを滅多に付けたことがなかったのでなんだか新鮮な気分だった。
「はい、案内ありがとうございます! 行ってきます……っ!」
お礼を言うと勢いよく扉を開けてカーテンに覆われた裏舞台を進んでいく。道沿いに歩いていき、階段を上り、ついにはステージの上に俺は姿を晒した。
ジリジリと熱いライトが俺を照らして客席に座っているお客さんの視線が俺に集中する。ドイツでもそうだが案外ステージに立ったら緊張が消え去る。一番、緊張するのは本番直前の時ぐらい。
俺だけがそうなのかもしれないがここに立つともう緊張とかどうでも良くなってパフォーマンスのことだけ考えてしまう。発表に集中しないといけないから緊張とかしてる暇がないってヤツだ。
――ただ単純にステージ慣れしてるだけかもしれないけど。
まあ、というわけで緊張が解けた俺はキョロキョロと舞台を見渡す。ここでも笑顔は絶やさずに堂々と振舞う。緊張なんかしていないと言わんばかりにキリっとした自信満々な顔を観客たちに見せつける。だいたい百人……いや、二百人か? ううん、もっといるな――
これから発表のひと時を共にする観客を観察し終えたと同時にアナウンスが鳴る。
「それでは三十番の姫川望愛さん! 発表お願いします!」
急いでいるのかそう言うとすぐに音楽が鳴り出す。何度も聞いた課題曲がかかる。亜里沙との特訓を思い出しながら俺は曲の出だしを歌い始める。
アイドルということで可愛らしく歌ってみる。今の姿らしくあどけなく健気に元気よく――と、亜里沙のアドバイス通りにしていく。
もちろん、ちゃんと歌詞にも表情を入れていく。だが、今回はあの生放送の時とは違う……かるい仕草や表情をしっかりと変えて全身で表現していく。きっと彼らには女の子が楽しんで歌っているようにしか見えないだろう。
音程は外さない。声も場面場面で切り替えて使い分けていく。
頑張ってこの楽譜から作曲者の意図を読み取り、それを俺なりに解釈して望まれた歌い方をする――そんな練習を重ねて今はさらに一工夫。それを踏まえたうえで作曲者が望んだ以上の演奏をするイメージで歌い会場に声を響かせる。
元気に歌って欲しいところは体、表情、声をともに全身を使って表現する。暗いところもサビとかの盛り上がるところも同じだ。基本的なミスは許さずに完璧に歌い上げる。
――だが、それだけではダメだ――……不十分。
音楽において表現するということはよく耳にするだろうがそれだけではまだ物足りない。
俺の音楽はさらに昇華させて観客に音楽を伝えるのではなく、会場ごと俺の演奏で自分色に染め上げること――表現し伝えるのではなく自分で演奏して創造した音楽世界に引き込むこと。
今のステージには俺しかいない。ここでは今は俺が主役――なら、いまからこの会場の人間はすべて俺が引率する。
長時間の練習で得た技量を使って見て居る側が引き込まれるかのような演奏をする。
つまんないとあくびをしている人間がその手を止めて思わずのめり込んでしまいそうな夢中さを与える。
――これこそ表現するのではなくこちらに引き込む音楽だ――
ステージに立つ者として先導して会場の空気を生み出して――染め上げて皆を引っ張っていく。強大な表現力を持つものだけができる技。それと同時にどんな人間でも発表する場では必要だと俺が思うこと。
正直、今まで培ってきた西洋音楽がどこまでアイドル界隈に通用するか分からない。でも、この課題曲で俺は自分の伝えたいことを曲に乗せて伝えきれたとは胸を張って宣言できた。
そして、最後まで満足して出し切った俺が目を閉じると……かかっていた曲が終わりを告げた。アナウンサーの素っ頓狂な声が会場に響く。
「……あ、あっ! 望愛さん。お疲れさまでした!! つ、次は特技披露です!! ピアノを演奏してくれるみたいです――!」
ご愛読ありがとうございました。たくさんの応援と誤字脱字報告、感想などもして頂いて本当に助かっています。改めてここで感謝します。ありがとうございました!
今回はいろいろと主観的な音楽観を書いてしまいましたが、前にも書いたようにかなり私の主観的な意見が入っていますのでご注意してください。それのうえで賛同されるのなら結構でございます。
次回は今回の続きという形になります。そんなに遠くないうちに投稿できますので、次もどうかよろしくお願いします。




