とある声優事務所にて
今回から一人称に戻ります。
今朝のだいたいお昼前の話だった。所属していたタレントがスマホ片手に一本の生配信のアーカイブを持ってきたことが全てのはじまりだった。
『これ凄くないですか? 一部、SNSでは話題になっていますよ!』
目を白黒させながら彼女の様子は今でもよく目に焼き付いている。最初はそこまで凄いことではないと思っていたが動画を見た途端、僕の考えは木っ端微塵に砕け散った。
見せられた当アーカイブの序盤は本当に変哲もないゲーム配信という感想だった。リスナーとアニメやゲームの話題で盛り上がっているだけ――そう、あの彼女が現れるまでは……
「本当にこの子、何者なんでしょうか?」
「分からん。だが、ただ者ではないということだけは真実だ」
部下と一緒に休憩室でスマホを見ながらもう一度アーカイブを見直していた。アカペラで“青春マジック”を歌っている天使のような可愛らしい声がスマホから鳴り響いている。
一言で言えばとても上手い。ただ、この子のうまさはそこら辺の素人が演奏して上手と言っている意味とは訳が違う。プロレベルから見てもおかしいほど上手いのだ。こんな声が出せるなんて日本――いや、もしかしたら世界レベルと言っても過言ではないかもしれない。
「――この子、ノアさんでしたか? 声優業とかやってないんですよね?」
「この放送の終わりに自分で否定していたよ。どうやら、音楽従事者だということは分かっている」
「音楽関係者というわけですか? それなら、歌唱力は説明は付きますが……」
「ああ、お前の思っている通りだ。この声の説明がつかないってことだろ?」
僕の言葉に対して黙って頷く部下。そう、この子が歌っている全ての曲だが毎度毎度、声が別人のように変化しているのだ。まるで、変身でもしてるかのように。
声マネとかで上っ面だけ変化しているわけではない。心からその人物になりきって歌っている――僕たちの耳にはそう聞こえるのだ。これもある一種の演技と言ってもいいだろう。もしかしたら、歌唱力ではなく演技力もとてつもないのかもしれない。
「……凄い人が出てきましたね」
「ああ、俺もスマホじゃなくて生で聞いてみたいよ。この子の声……」
「同感です。私も一度話をしてみたいですよ」
部下は目を子供のように輝かせてそう言った。かく言う僕も少年の時のように彼女のことを想像して胸を躍らせていた。それだけ我々の業界から見ても恐ろしいほどの才を持っているのだ。
いったいどんな子なんだろうか? 大人か? いや、声からしてもしかしたらまだ未成年かもしれない。そうだとしたらこんなにも若くてこれだけの能力を持っているのならとてつもなく将来が楽しみだ。
……この日を境に一気に事務所にノアファンは増えることになった――
おはようございます。今回も短いですがご愛読ありがとうございました。たくさんの応援のブクマや評価なども本当に励みになっています。
次回、また次の次からは本編に戻る予定です。今は一つ短編を挟むか今悩んでいます。本編に戻るならオーディションの準備or挑戦編になると思ってください。それでは次回もどうかよろしくお願いします。




