6/25(TUE)‐6/28(SUN)
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6/25(TUE) 17:01
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「むむむ……」
店の備品のノートPCを睨みながら呻く。
レジが空いたのを見計ってブログ作りの手伝いである。
撮ってきた写真は転送済み。昨日のうちに先輩が作ってくれていた草稿を元にイベントレポートを完成させればいいんだけど、これがなかなか難しい。
草稿は先輩が撮ってきた写真を元に作られている。俺の分を決め打ちで書かれてるところもあるけど、それにしたって、俺の写真を使おうとすると文を改変しないといけない。ただ、改変すると文から発生する女子力が落ちる気がして踏み切れない。
文章そのままで入れられるところに写真を入れたり、誤字脱字を直したり、読みやすく句読点を追加してみたけど、この程度だと「手伝った」とは言いづらい。
でもやっぱり、文章は俺が書くより女の子が書いた方が読んでて楽しいと思うんだよなあ……。
「お悩み、ミウちゃん?」
「わっ」
後ろから囁かれてびくっとする。
店長が背後に立ってニヤニヤしていた。
「いつもいつもびっくりしすぎよ」
「店長が気配を消すからですよ……。っていうかミウちゃんは止めてください」
今は女装してない。
自分で化粧を覚えないと外には出られないから当たり前だ。今のところ、ミウの外出はあれ一回きりにするしかない。
「こんなに可愛いのに? 本人もノリノリに見えるけど?」
「それはまあ、楽しかったですし」
「楽しかったのはイベント? それとも女装?」
「……どっちもです」
「へえ」
徹底的にからかわれている。
でも、写真の中のミウが良い顔してるのは事実だ。草稿のトップにも俺と先輩のツーショットが添付されていた。
女性店員によるイベントレポートとなれば閲覧数も上がるだろう。
「でもこれ、俺も店員に見えません?」
「その通りだからいいじゃない」
「そうですけど」
「そのうちミウちゃんにも接客してもらうし、別にいいでしょう?」
「うう」
ミウで接客すること自体は嫌じゃない。
いや、むしろ、お客さんとより自然に話ができるんじゃないかとわくわくしてる自分がいる。服の話とかコスの話とかメイクの話とか、色々聞いてみたい。
ただ、働くとなると「羽丘由貴=ミウ」がバレてしまいそうで怖い。
ただ一人、Mayさんにだけ隠せればいいんだけど、
「さっさとカミングアウトして付き合っちゃえばいいのに」
「それはちょっと、タイミングを見てからで」
「ヘタレね」
「自覚してます……」
なんとも情けない自白に、店長はジト目をした後、「んー……」とブログの草稿を流し読みして、言った。
「あの子の文章をできるだけ変えたくないなら、ミウちゃんのレポートを付け加えればいいんじゃない?」
「え。……あっ」
なるほど、そんな手があったか。
「レポートは一つじゃなくてもいいんですね」
「記事としては一つにしても二つにしてもいいけど、せっかく二人で行ったんだからね」
「ありがとうございます。それなら書けるかもしれません」
ミウとして、か。
トップに持ってきた写真も先輩とミウのなんだし、二人の感想を一つの文章にまとめるより、二人それぞれのコメントがあった方が確かにそれっぽい。
俺の感想よりミウの感想の方が先輩の文とも馴染むだろう。
俺が文に悩んでたのは、実際にイベントに行ったのはミウだからピンとこない、っていうのもあったかもしれない。
そっと胸のあたりに手を乗せて、下にあるブラを感じる。
「……ん、よし」
そこからは、嘘のようにさくさく進んだ。
会計や陳列の手直しをしつつ進めた結果、バイト終わりまでには完成したので、店長に見てもらってOKをもらった。
「なるほど。あの子のコメントとミウちゃんのコメントを色分けして並べたんだ」
「はい。先輩のだけで文章量があったので、ミウの分はピンポイントでいいかなって」
開場からイベント終了までの流れを二回読ませるのもアレだし。
書いてみると文字色を使い分けたことで画面が華やかになって、いい感じになった。
「いいと思う。お疲れ様。明日、あの子に最終チェックしてもらって、アップするわ」
「お願いします」
頭を下げてその場を離れる。
と、一、二歩行ったところで用事を思い出した。
「そうだ、店長。お願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。ウィッグとかメイク道具とか色々揃えたいので、暇な時にアドバイスをもらえないかと――」
「お買い上げありがとうございます」
「え?」
「お買い上げありがとうございます♪」
いや、買いますけど。
ウィッグとかはここで買うつもりでしたけど、いきなりすぎじゃないですか……?
でも、ミウの状態で外出できるようになったら、今度はコス衣装が欲しくなるだろうし、バイト代の半分くらいはこの店に消える気がする。
「わかった。あの子とも話して、よさそうなの選んでおいてあげる」
「助かります」
「ちなみに予算はどのくらい?」
「えっと、貯金から出して、後からバイト代で補填するつもりだったので……」
初のバイト代だし、両親にケーキか何か買って行ってやりたいので、その分の費用を抜くと、
「四、五万くらいで」
「あ、この子駄目だわ」
「なんでですか!?」
「バイト代を殆ど全部、服と化粧品に使おうとしてる男の子って駄目じゃない?」
「……駄目ですね」
駄目という割に店長は楽しそうで、上機嫌に俺に手を振ってくれた。
「この機会に初心者用メイク道具みたいなの仕入れてみるのもいいかも? 需要あるかどうか微妙なところだけど、ああいう子が他にもいる可能性も――」
なんかぶつぶつ言ってたので、いい感じに商売の方のスイッチも入ったらしい。
あの人なら大丈夫だろうと思いつつ、暴走しないことを祈るばかりである。
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6/28(SUN) 9:45
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「おはようございます」
「おはよう。……って、どうしたのその荷物?」
日曜日に出勤した俺はいつになく大荷物だった。
休日は鞄さえ持ってこないこともあったのに、今日は大きめのスポーツバッグを下げている。店長が目を丸くするのも当然だ。
「いや、この辺のコインランドリーなら知り合いにも会わないかな、と」
最初に買ったブラウスとか、イベントの時に着てた服とか、毎日夜に着けてる下着とか、まとめて洗ってしまおうと持ってきた。
女装外出できるようになってからと思ってたけど、我慢できなかった。
マスクして顔を隠してればまあ大丈夫だろう。
一応、そのために、手持ちの中から比較的ユニセックスっぽい服を選んで着てきた。一、二か月くらい髪切ってないし、もしかしたら女子に間違えてくれる可能性も……あったらいいなあ。
なるほど、と、店長は頷いて苦笑する。
「オープンにできないと結構大変ね」
「さっさと一人暮らししたくなってきました」
「なら、先に受験して受からないとね」
「そうなんですよね……」
何が困るって、グッズが増えてきた時の隠し場所だ。
貸し倉庫というかコンテナボックスみたいなのを借りてしまおうかと考えたりもしたけど、高校生バイトでそこまでするのはちょっと、経済的に厳しい。
もういっそ一人の部屋が欲しい。そこで自由に女装したい。
女装するために一人暮らしをするために遠方の大学を受験する……って、なんかすごくアレな気がするけど。
「遠距離恋愛は鬼門だから気をつけなさいよ」
「あはは、俺、彼女なんていませんし」
「じゃあ彼氏作れば?」
「残念ながらそっちの趣味はないです」
Mayさんと付き合えるならそれは遠方受験も悩むけど。
あの人、好きな人がいるみたいだし、何かあったわけでもないのにプレゼントを贈るような高校生男子もいるみたいだし、俺にチャンスがあるとは思えない。
失恋したらしばらく引きずるだろうから、大学進学までに彼女なんてできないだろう。
「俺、モテないですしね」
「へー。ふーん」
「なんでジト目で睨まれるんですか」
なんて話をしてからエプロンを着け(日曜日は危険なので下着は男物)、開店を迎えた。
今日はMayさんに会えるだろうか。
そんなことを思っていたら、からんからんと店の入り口が開いた。
「こんにちは」
「え」
待ち人が、まるで開店を狙ったかのように現れた。
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6/28(SUN) 10:07
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「どうしたの? こんな時間に来るなんて珍しい。まるで待ちきれなかったみたいじゃない」
「あはは……。うん、ちょっとね」
何故かニヤニヤしている店長の問いかけに、Mayさんが恥ずかしそうに答える。
開店早々にやってきたMayさん。
今日は清楚な白のワンピースを身に纏っている。俺がミウとして着たような安物とは一線を画す、お嬢様風の一品(注:贔屓目が入ってます)。
心なしか化粧にも気合いが入っているような気がしないでもない。
……ああ、デートか。
待ち合わせ時間か電車の時間に余裕があるからちょっと寄ってみました、的な。
ということは、会う相手は例の高校生男子か。
くそ、爆発しろ。
「こんにちは、由貴くん」
「こ、こんにちは」
邪なことを考えていたら、Mayさんがこっちに歩いてきた。
澄んだ声に呼ばれると、それだけで胸が高鳴って思考が吹き飛ぶ。
でも、一つ言っておかないといけないことがある。
「先週はすみませんでした。行きはしたんですけど、恥ずかしくて声をかけられなくて」
イベントの件だ。
先生の友達の話なんかを聞いて、俺も悪いことをしてしまったと思った。俺的にはミウとして沢山話ができて満足だけど、Mayさんとしては不満だったはずだ。
頭を下げて謝ると、Mayさんはにこりと微笑んだ後、わざとっぽく頬を膨らませた。
「もう、本当だよ。恥ずかしくても声をかけて欲しかったな」
「本当にすみません」
再び謝る。
すると、Mayさんの口からはくすくすという笑い声がこぼれた。
もう怒ってない、っぽい?
「見てくれたんだよね? 私のコス、どうだった?」
「最高でした」
間髪入れずに答えると、きょとんとしてしまった。
いけない。
急に最高とだけ言われても、適当に言ってるようにしか思えないだろう。
「いつものMayさんより攻めてる感じがして、新しい挑戦に見えました。でも、それでいてMayさんの持ち味はそのままで……つまり、最高です」
「そっか。そうだったんだ。ありがとう、由貴くん」
Mayさんが、肩に下げていたバッグから小さな包みを取り出す。
お洒落なラッピング。
店で買ったっていうよりは手作りな感じがあるけど、
「これ、来てくれたお礼。良かったら食べてくれる?」
「食べ……?」
「中身はチョコクッキーなの。お菓子作りはあんまり得意じゃないんだけど」
手作りのお菓子。
主語が抜けてて、実は行きつけのお店の店長さん(40歳男性)が作りました、なんてオチじゃないだろう。
Mayさんの手作り。
何日か前、ミウとしてしたチャットの内容が頭をよぎる。
『ミウ 普段のちょっとしたプレゼントなら、お菓子とかで大丈夫です』
『ミウ クッキーとか、チョコレートとか』
Mayさんは男子高校生にプレゼントをあげるって言ってた。
男子高校生。
「………」
「食べて、ね?」
手を差し出したまま放心する俺に、Mayさんが包みを握らせてくれる。
握らせてくれる時に、細くて柔らかな指が俺に手に触れた。
上目づかいになったMayさんの瞳は、少しだけ不安そうに揺らめいているように見えた。
「はい」
答えながらも、俺は心ここにあらずの状態だった。
包みを落とさないように支えて、エプロンのポケットに入れたのは覚えてる。心臓がばくばく言ってる中、ありがとうございますを言ったのも覚えてる。
だけど、Mayさんとどうやって別れたのか、その後の仕事をどんな風に終えたのか、後から振り返って見ても記憶になかった。
残ったのはチョコレートクッキーの入った包みだけ。
「ちゃんと持って帰って食べなさいよ」
終わり際、店長が小さく俺に言った。
言われなくても食べるつもりだったけど、放心していた俺は、そのままだったらエプロンに入れたまま忘れていってしまったかもしれない。
取り出して表面に触れる。
そんなわけないんだけど、Mayさんの温もりが残っているような気がした。
ここまで来たら、俺だって気づく。
こんなこと、普通の男子高校生に、ただの友人の店のバイトにすることじゃない。
「店長。Mayさんって、俺のことが好きなんでしょうか?」
俺とMayさんの物語が、急速に動きだそうとしていた。




