6/24(MON)
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6/24(MON) 15:03
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「店長。あの二人、どう思います?」
二人きりの店内。
以前からのバイトである彼女とは勝手知ったる仲。気も合うので、こうして雑談になることもよくある。
仕事があるので話してばかりもいられないが、話しながらでもできる仕事はお互いにこなしている。
「そうね。正直、さっさと結婚して欲しい」
「ですよねー」
うんうんと頷く彼女。
イベントの報告は既に聞いている。とても楽しかったと笑顔で言っていたが、一方、由貴とMay――萌花の関係については思うところがあったようだ。
「後輩君はMayさんのことが好きで、付き合いたい」
「あの子は羽丘君のことが好きで、付き合いたい」
それぞれに呟いて顔を見合わせる。
「なんでまだ付き合ってないんですか?」
「もう一年以上、もたもたしてるらしいわよ」
ぶっちゃけ両想いである。
当人にも言ったようにさっさと末永く爆発して欲しいものだが、二人にもそれなりの事情というものがある。
なんというか微妙にややこしい事情が、だ。
◇羽丘由貴
・高校二年生。テーブルゲーム研究会所属
・レイヤー名はミウ。ハンドルネームもミウ
◇札木萌花
・高校教師。テーブルゲーム研究会顧問
・レイヤー名はMay。ハンドルネームは寒ブリ
まず、前提として上のような状況がある。
由貴が好きなのはMay。萌花が好きなのは由貴。
由貴と萌花は先生と教え子。
ミウとMayは友達。
「ミウちゃんはMayさんと仲良くなれて大満足って感じでした」
「萌花も嬉しそうに報告してくれたわ」
前からチャットしてた友達とリアルで会ったら可愛い女の子だった、と。
あれは全く疑ってない。
ミウが羽丘由貴だと知ったら尋常じゃないくらいに驚くだろう。
「問題は、二人ともレイヤーの顔と素の顔を結び付けたくないと思ってることと……」
「後輩君はどうしてもMayさんと付き合いたいわけじゃない、ってことですね」
さっさと正体をバラせばそれで済むのだが、それは駄目。
また、由貴は「絶対にMayさんと付き合う」とまで思っていない。Mayが告白すればもちろんOKするだろうが、ミウとして友達になっただけで割と満足している。
でも別にMayへの想いを捨てたわけじゃないので、萌花が告白しても断る。
「ミウちゃんの存在が余計ややこしくしてますね」
「そこは私とあなたのせいでもあるけどね……」
由貴にとってMayは高嶺の花。
歳の差がある上に、ある種の有名人だからわからなくもない。Mayの時も好意がだだ洩れなんだから脈ありって気づけという話だが、先入観があるせいで気づけなくなっている。
萌花の方は余計に面倒臭い。
素の彼女はコンプレックスの塊。せめて由貴がフリーになり、かつ、状況が切迫してくれないと、彼女の方からは告白しないだろう。
「つっつくなら羽丘君の方よね」
「後輩君にMayさんへ告白させるんですね?」
「そういうこと」
MayがOKすれば良し、告白が失敗しても由貴がフリーになるから萌花としてはチャンスだ。
「でも、どうやって告白に持って行きます?」
「もちろん、Mayの方をつつくのよ」
きっと今、自分は悪い顔をしているだろう。
そう思いつつも、店長はどうにも楽しくて仕方なかった。
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6/24(MON) 16:35
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気を抜くと口元がにやけるんだけど、どうしたらいいだろう。
「ふ、ふふふ」
あと少しで「ふはははっ!」とか笑いだしそうな勢いでテンションが下がらない。
帰りのHRが終わって、札木先生が来るまで部室に一人きりだから、意識するべき人目もない。
そうするとついつい、スマホを手に取ってチャットアプリの画面を眺めてしまう。
『ミウ 今日はありがとうございました』
『ミウ でも、なんで寒ブリなんですか?』
『寒ブリ こちらこそありがとう。とっても楽しかった』
『寒ブリ それは……えっと、恥ずかしいから内緒』
『ミウ えー。教えてください』
表示されているのは昨日、家に帰ってから寒ブリ――Mayさんとやりとりした内容だ。
お互い口調は変わってしまったけど、使ってるチャットルームはそのまま。俺とMayさん、一対一の秘密のトークだ。
『寒ブリ 笑わない?』
『ミウ 約束します』
『寒ブリ えっとね、好きなの。お魚。特に鰤が』
『ミウ 食べる方ですか?』
『寒ブリ ……うん』
『ミウ Mayさん可愛い!』
『寒ブリ 笑わないって言ったのに!』
『ミウ 笑ってません。にやけてますけど』
『寒ブリ ミウちゃんずるい』
『寒ブリ ミウちゃんこそ、なんでミウなの?』
『ミウ 可愛い名前を適当につけただけです』
『寒ブリ ずるい』
なんでもない会話が楽しくて仕方なかった。
しばらくこんなどうでもいい掛け合いを続けた後、俺達は「おやすみなさい」を言い合ってチャットを打ち切った。
俺がしたかったのは、目指していたのはこういうのなんだ。
気の置けない同士だからこそできる、じゃれ合いみたいな会話。
今日も話しかけていいだろうか。
でも、ただの友人だし、あまり頻繁に接触するのもウザいかも。
男友達とか一か月音沙汰なしとかザラだしなあ。女子が普通の友達とどれくらいの頻度でやりとりするのか、なんて全然わからない。
先輩に聞いてみようか。
なんか今すぐ女装して、ベッドの上でじたばたしたくなっていた。やばい、ちょっとテンション落として顔をなんとかしないと変に思われる。
飲み物でも買ってくるか。
イライラならカルシウムだけど、楽しい気分を落ち着かせるにはどうしたらいいんだろう。すっぱいのか苦いの飲めばテンションが落ちるか?
と、思っていると、部室のドアが開いた。
「こんにちは」
「こんにちは、札木先生」
微笑んで挨拶する。
先生はそんな俺を見て微笑みかけて、何故か思い直したように「ふんっ」と顔を背けた。
「今日は何のゲームするの?」
あれ、なんか怒ってる……?
どうしたのかと顔を覗き込もうとしてもやっぱり避けられる。
仕方なく、そのままゲームを選んで机に置く。機嫌が悪い先生が喋らなくて済むゲーム……と考えたら結構難しかったので、結局チェスにした。
OGOBが置いていったのか、この部にはコンパクトなやつじゃない、ちゃんとしたチェスセットがある。俺が黒で先生が白。悪いけど先行は勝手に取らせてもらった。
両者、無言で駒を進める。
「先生。俺、何かしましたか?」
「ううん、何も」
「じゃあ、何か悲しいことでもあったんですか……?」
「………」
答えがないまま数手が過ぎて、
「友達の話なんだけどね」
「だからそれ本人なやつじゃ――」
「友達の話なの! ……その子がね、気になってる男の子を誕生日に家に呼んだんだって。そしたら、その男の子は来なくて、プレゼントだけ送ってきたの。どう思う?」
「……悲しいですね」
付き合ってはいなかったんだろうけど、誕生日に家に呼ぶなんて告白も同然。なのに相手は来なかった。来ないなら来ないで音沙汰無しの方が良かったかもしれない。プレゼントを贈るってことは祝う気はあるってことだ。
だったら普通に行けばいいだろう。
「それ、友達の話なんですよね?」
「……そうだよ?」
上目づかいになる先生。
「私の話だったら、どうするの?」
「そいつが誰なのか教えてください。ぶん殴ってきます」
「え」
「先生が勇気を出して誘ったのに、何もわかってない。いや、わかってて無視した。一発くらい殴ってもいいでしょう」
先生は目を見開いて、涙を滲ませた。
「……本当に、そういうところだよ」
「え、っと」
何の話かよくわからないけど、
「友達の話なんですよね?」
「うん、友達の話」
目元の涙を拭って、札木先生はくすりと笑った。
彼女は「勝手に怒ってごめんね」と言って、駒を手に取った。
「ところで。週末は何か面白いことあった?」
良かった。機嫌を直してくれたみたいだ。
「日曜日は友達……いや、友達だと失礼か。知り合いの人に誘われて、発表会? みたいなところに行ってきました」
「ふふっ。……その人とは会えたの?」
「いえ。会えなかったっていうか、照れくさくて会いませんでした。でも、晴れ姿はちゃんと見られましたよ」
「格好良かった?」
「それはもう、すごく格好良かったです」
即売会とか言わずにうまく説明できたんじゃないだろうか。
「そっか。格好良かった、かあ」
先生はその後、最初の不機嫌が嘘みたいに上機嫌で、放っておくと鼻歌まで歌い始めるくらいだった。
歌ってたのがアニソンなのが気になって気になって仕方なかったけど、アーティストが普通の歌手の人なので聞くに聞けなかった。
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6/24(MON) 20:42
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『寒ブリ ミウちゃん、もう寝ちゃった?』
『ミウ 起きてます!』
最近恒例になりつつある、用のなくなった時間のこっそり女装。
ショートパンツとスウェットというラフな服装を試しつつスマホをいじっていると、寒ブリことMayさんからメッセージが届いた。
秒で反応し、返信を送信。
『寒ブリ 良かった』
『寒ブリ あのね、聞きたいことがあるんだけど、いい?』
『ミウ 何でも聞いてください!』
Mayさんと話せるっていうだけでテンションが上がっている俺は、当然のごとくそう返信する。
でも、その結果、聞かれた内容は予想外のものだった
『寒ブリ 高校生くらいの男の子って、何をもらったら嬉しいと思う?』
え……?
スマホを握ったまま、俺は硬直した。
高校生男子の好み? なんでそんなものを俺に聞いてくるのか。ミウは女子高生という設定になっているんだけど。
まさか、バレてる?
『ミウ えっと、どうして私に?』
『寒ブリ 身近に高校生の子って他にいないから。やっぱり、困っちゃう?』
『ミウ そんなことないですけど』
バレてはいない、のか?
泳がされてるだけなのか。でも、Mayさんの歳で高校生と交流がないっていうのは普通だと思う。弟とか妹がいれば別だろうけど、そんな話は聞いたことない。
なら、普通に答えればいいか。
『ミウ 誕生日プレゼントとか、ですか?』
『寒ブリ ううん、ただのプレゼント』
部活での先生との会話が頭にあったから聞いてみたけど、そういうのとは違うみたいだ。
じゃあ、Mayさんの好きな人ってわけじゃないか。職場関係の人って話だし。男子高校生が職場関係者になる仕事ってなんだ。保険医とか? Mayさんの白衣姿は似合いそうだけど……って、そうじゃなくて。
記念日とかお祝いとかじゃないプレゼント。
なら、もらう方も高いものだと困るだろう。ぶっちゃけ男子高校生なら、Mayさんからもらえば何でも嬉しいだろうし。
自慢じゃないが男子高校生の生態ならそこそこ詳しいぞ、俺。
『ミウ それなら、手作りのモノがおススメです』
『寒ブリ セーターとか?』
うん、超欲しい。
俺なら超欲しいけど、他の奴にそんなもの渡されてたまるか。
私欲を抜きにして考えても、今渡しても使えるのは半年後とかだから、セーターとかマフラーとかは避けた方がいいと思う。
『ミウ 普段のちょっとしたプレゼントなら、お菓子とかで大丈夫です』
『ミウ クッキーとか、チョコレートとか』
俺なら誕生日プレゼントでも大喜びするけど。
『寒ブリ そんなのでいいの?』
『ミウ 高いものより、心の籠もったものが嬉しいんです』
Mayさんが自分のために作ってくれたとなれば、それだけでもうイチコロだ。
……あれ、イチコロじゃ駄目なんじゃ?
俺は慌てて他の案を打とうとするけど、
『寒ブリ なるほど』
納得した感のあるスタンプと一緒にそんな返信が来てしまった。
あ、やっちゃったんじゃないだろうか、これ。
『寒ブリ ありがとう、ミウちゃん。すごく参考になった』
『ミウ いいえ、頑張ってください!」
とはいえ、やってしまったものは仕方ない。
友達で我慢すると決めた以上、Mayさんの恋路を応援するのも俺の務め。いや、恋路って決まってないけど。
それはそれとして、
『ミウ ……もしかして、好きな人にあげるんですか?』
そこは確かめておきたくて、そう聞いてしまう。
すると、返信はちょっとだけ間を置いてからあって、
『寒ブリ 内緒♡』
この一言に、俺は枕を抱えてごろごろ転がりまわる羽目になった。
そうしてその日、俺はMayさんにおやすみなさいを言った後、彼女から手作りお菓子をもらう誰かさんに呪詛をたっぷり送ってから、寝た。
数日後。
店を訪れたMayさんから手作りお菓子を渡され、俺はもう一度愕然とすることになるのだが、そのことはまだ、この時には知らなかった。




