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Cosplay × Lover  作者: 緑茶わいん


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12/19

6/23(SUN) part2

=====

6/23(SUN) 9:42

=====


 今回のイベントはナントカ会館的な場所を借りた、小さめの同人誌即売会だ。

 俺達としては会場が近いのが嬉しい。

 電車で数駅。駅からは歩いて五、六分の道のりだ。


「ちょっと早めに着けますね」


 有明のビッグイベントと違って大渋滞なんてことにはならない。

 開場時間までに着いておければ十分楽しめるはずだ。


「ん、更衣室は三十分前から使えるらしいから、欲を言えば先に押さえたかったけどねー」


 今回のイベントにおいてコスプレはおまけ。

 撮影会場も広いわけじゃないみたいだけど、レイヤーさん向けの配慮はきちんとされているようだ。


「すみません、俺のために」

「楽しかったから気にしないで。っていうか、『俺』じゃ駄目でしょ、ミウちゃん?」

「あっ……」

「ほら、訂正して。私って。あたしでもボクでもいいけど。あ、漢字で僕は禁止ね」

「わ、私でいいです」

「そう? じゃあ言って。ほら言って」


 うう、そう意識させられると滅茶苦茶恥ずかしいんだけど……。


「私のために、ありがとうございます」

「うん、合格」


 なんて言っているうちに会場に着いた。

 二人分の受付を済ませて、薄いパンフレット(注意書き付き)を受け取る。ついでに「写真撮ってブログに載せていいか」って聞いたら「許可取ってる人以外の顔が判別できなければOK」と言ってもらえた。

 レイヤーさん以外は写さないか、許可を取るか、写ったら修正すればいいわけだ。


「それじゃあ私は着替えてくるから、開いたら適当に回ってて。一段落したらコスプレ会場に来てくれれば会えるだろうし」

「わかりました」

「くれぐれもナンパとかに引っかかっちゃ駄目だよー?」

「されませんし、引っかかりません」


 俺は今回、コスプレをしない。

 衣装がないし、今の女装モードでいっぱいいっぱいだ。先輩と別行動してる間は一人でなんとかしないといけない。

 ここまでの道中を思い出しつつ、できるだけ違和感のない仕草や言動を心がけないと。


 開場まではあと十分。

 メインとなるホールにはサークル参加者しかまだ入れないので、邪魔にならないところで待つ。残念ながら椅子なんかはもう埋まっていた。仕方なく壁を背にして立つ。

 参加者はやっぱり男が多い。

 即売会のテーマはスマホゲーム。コスプレ・同人誌ともにスマホゲー以外のテーマは禁止だ。まあ、有名どころのアニメは大抵ゲーム化してるからくくりとしては緩いけど。女性向けのスマホゲーって意外に少なく、キャラゲーはもっと限られる(パズルゲーとかが多い)から、美少女キャラ目当ての青年・おっさんが多くなるのは当然だ。


 っていうか、他人事みたいに言ってる俺も男だし……。


 漏れ聞こえてくる話も濃い。ゲームにアニメにマンガの話題。アーティストの話題が混じったかと思えばアニソン歌ってる人だったり。

 パンフを開いてサークル一覧を見てみると、英雄大戦メインのサークルがやっぱり多い。後はアイドルゲームと古戦場から逃げちゃいけないあのRPGあたり。レイヤーさんもそのあたりが多いか……っと、某戦艦擬人化ゲーも結構強いな。侮れない。


 開場待ちの人の中にMayさんの姿は見えなかった。

 彼女もレイヤーさんだから、今頃は更衣室だろう。紫式部コス、絶対見て帰らないといけない。っと、今のうちに開場前の様子も撮っておいた方がいいか。

 先輩とそれぞれに撮影して、使えそうな写真をピックアップする話になってるのだ。

 ショルダーバッグのポケットからスマホを取り出して何枚か写真を撮る。できるだけ人が小さく写るように気をつけながらだ。

 っていうか、今使ってるスマホケースってシンプルすぎて男っぽいな。女装の時用にもう一個買おうかな。でも、今買っちゃうと機種変が難しいよな……。


「お待たせしました。開場しまーす」


 瞬間、周囲にピリッとした何かが走った。

 戦が始まる感じ。そういえば開場前からイベント会場にいたのってこれが初めてだ。イベント自体がこれで二回目だし。

 今回は焦らず、雰囲気を掴むのに専念しよう。

 入り口はあんまり広くない。開場された瞬間に歩き出す人。視線で周囲を威嚇し良いポジションを確保しようとする人。高機動モード(リュックを身体の前にする)へ移行する人。色んな人がいるのを見て、肌で感じて、その全てを思い出にする。

 この服で早歩きや小走りは危険だから、入場していく人が落ち着くのを待つ。だいたい五、六分くらいすれば牽制も何もなく入れるようになったので、悠々と入る。


 今回、あんまり前情報は入れてこなかったんだよな。

 初めての時は各サークルの同人誌をジャンルどころかキャラまでチェックして、ルートを脳内シミュレートしたりしたんだけど、結局、思った通りになんて全然回れなかった。有名どころの同人誌はさっさと売れてしまうし、そういうところには驚くほど人が殺到する。

 軍資金にも限りがある。

 会場を出る時間によっては夕飯を食べてくことになるかもしれないし、あんまり使うと服に使う金がなくなってしまう。

 ここは散歩感覚でふらふらしながら、目についたものを幾つか購入することにする。


 会場内は独特の熱気に包まれていた。

 サークルさんは長机とパイプ椅子で露天っぽい感じにひしめいていて、多くの男女(男が九割)が見本を手に取ったり、近づくなり購入を決めたりしている。

 みんな見るからに楽しそうで、なんだかわくわくしてくる。

 のんびりしてたら時間がいくらあっても足りなさそうだけど、ここはぐっと堪えてスローペースを心がける。

 歩きながら机の上に視線をやって、どんな本なのかを確認。

 そうしていると、好みの絵柄の本を発見。


「あの、見せてもらってもいいですか?」

「ど、どうぞっ」


 近づいて声をかけると、上ずった声が返ってきた。

 なんで緊張してるんだろう。

 イベントあんまり参加しない人なんだろうか、とか思ってから、オタクっぽい男性二人(人のことは言えないけど)が俺をちらちら見てるのに気づく。そっか、女子に見えるからなのか、これ。

 これが素の俺だったらどうなっていたのか。


「すみません、一部ください」

「はい。500円です」


 おお、落ち着いた声。

 ぱらぱらめくってるうちに後ろから来た男性客のお陰で確認することができた。ってことは、俺、ちゃんと女の子に見えてるのか。

 そっかそっか、そうなんだ、へー。


「私も、一冊ください」

「どうぞ持っていってください」

「おい、まだお代もらってないぞ」

「あっ」


 もちろんお金はちゃんと払った。

 ありがとうございます、とお礼を言ってその場を離れ、本は折れないように気をつけながらショルダーバッグへ。更にふらふらと会場をめぐって、目についた本を見せてもらい、ビビッと来たのがあれば買い求めた。

 そういえば、先輩は欲しい本とかなかったんだろうか。俺が確保しておくこともできるんだけど。でも、今からスマホで聞いても忙しいだろうしな。

 早めにコスプレ会場に行って直接聞いてみるか。

 と、思いつつ、最初のサークルさんで気分が良くなったせいか、ついつい散歩と散財が捗ってしまう。一冊買う度に鞄も重くなるので自重しないと。後一冊、とりあえず後一冊買ったら移動しよう……。


「こんにちは」


 と、横手から声をかけられた。

 振り返ると、近くの長机の向こうに女性が座っていて、その人と目が合った。にこりと笑って手を振られる。

 珍しい。女性でサークル参加なんだ。

 なんだか同族を見つけた気分になって(注:気のせい)、近寄りながら笑みを浮かべてしまう。


「一人で来たんですか?」


 彼女の方もつい声をかけたって感じで、そんなことを尋ねてくる。


「いえ。知り合いと一緒で。その人はコスプレしてるんです」

「じゃあ、私と一緒だ」


 その人は一人で売り子さんをしている。

 聞けば、もう一人の女性と一緒に来ていて、彼女はコスプレ会場で宣伝を兼ねて写真を撮られているらしい。


「あなたはコスプレしないの?」


 と、早くも敬語じゃなくなってる。

 相手の人の方が明らかに年上だから嫌な気はしないし、むしろ親しみを持ってもらって嬉しい気さえした。


「私はイベント初心者なので、今回は見学です」

「そっか。高校生?」

「はい。二年生です」

「うわー、いいなー、若いなあ。私、この趣味ハマったの大学入ってからだもん。もっと早く始めてればなあ」

「まだ全然若いじゃないですか」

「そんなことないよー。もう二十五だもん」


 やばい、なんか女子っぽい会話してる。

 二十五歳ってことは札木先生と同い年。なんだ、やっぱり全然若い。二十五で歳だとか言ってたら、Mayさんもあと二年で賞味期限切れの可能性がある。そんなわけない。


「始めるなら早い方がいいよー。歳取るほど恥ずかしくなるから。アイドルとかゴスロリとかと一緒」

「そうなんですね……」


 早い方がいい、か。

 先輩とか店長とかが「やっちゃえ」って言うのはそういう実感も関係してるのかも。

 俺だって、ちょっと昔に騒がれてたマンガを後から読んだら超面白くて、もっと早く読めばよかった……って後悔したことあるし。


「ありがとうございます。知り合いとも相談してみます。これ、一部ください」


 笑顔でお礼を言って、財布代わりのポーチを取り出す。

 アイドルゲームの純愛百合本。見慣れないカップリングで、興味のあるラインからは離れてるけど、この人の描く本に興味が出た。読んでみたら新しい世界が開けるかもしれない。


「ありがとう。あ、良かったらプレゼントするよ?」

「いえ、払わせてください」


 さっきのアドバイスだけでも本の値段分くらいの価値はある。

 ちゃんとお金を払って本を受け取って、ぺこりと頭を下げた。

 お姉さんはにっこりと笑って「またね」と手を振ってくれた。


「私、定期的にイベント参加してるから、どこかで会えるの期待してるね」

「はい。また、是非」


 胸の中がほっこりするのを感じながら俺はお姉さんと別れ、サークル巡りを再開――しそうになって、慌てて我に返り、コスプレ会場に向かった。





 会場の男女比は更に偏っていた。

 いや、ちゃんと女の人もいるんだけど、女性はほぼ例外なくカメラさんに囲まれてる、つまりレイヤーさんで、そこに男が群がってるからむさくるしく見える。

 カメラさん達を見ずに輪の内側だけ見てれば非常に華のある画ではある。

 先輩とMayさんを探しつつ、せっかくなので俺もスマホを取り出して写真を撮らせてもらう。まあ、コスプレメインのイベントじゃないとはいえ、カメラさんの数はそこそこいる。彼らを押しのけるなんてできるわけもなく、遠いところからになっちゃうけど。


 コスプレイヤーさんはやっぱりいい。

 可愛く着飾った女性が笑顔を振りまき、自分とコスを人前に晒している。それは、自慢のドレスを着て臨む舞踏会のようなものだ。

 見られてもいい。むしろ見てほしいと、可愛く、優雅に、華麗に振る舞う。

 二次元の空想のキャラを演じるんだから、そうなるのは自然で、当然だ。


 取り巻くカメラの数は人によって違うけど、俺には彼女達の全員がまぶしく見えた。

 晴れの舞台に立てる。

 多くの視線に晒されながら笑顔で振る舞えるというのは、それだけで凄いことだ。羞恥心を抑えて快感を受け入れなければそれはできない。

 羨ましくて尊敬して、憧れる。

 夢中で画面を覗き、シャッターボタンを押していると、カメラの向こうにいるレイヤーさんがこっちを向いた。

 彼女はにっこり笑って、そのまま視線を固定してくれる。思わずシャッターを押す。良い一枚が撮れた。

 偶然? もしそうだとしても嬉しい。

 俺は小さく頭を下げて、彼女に感謝を示した。


 更に何人かのレイヤーさんを撮影した。

 不思議なことに、俺がカメラを向けると多くの人が目線と笑顔をくれた。男ばっかりの中で目立つからだろうか。嬉しくてありがたい反面、真剣に撮影している人達に悪いような気もして、俺は何枚か撮影しては頭を下げて、さっと離れることを繰り返した。


 先輩達はどこだろう。

 先輩の人気は良く知らないけど、Mayさんはきっと大勢に囲まれてるはず。

 人の多い方に行けば見つかるかと歩いていくと、ひときわ大きな人垣を発見。回り込んで確認すると、いた。

 まさかの二人とも、いっぺんに発見。


「あっ。ミウちゃーん、やっほー!」

「『ミウ』ちゃん……?」


 紫式部コスでその豊かな胸を晒したMayさんは、眉を顰めて首を傾げる。

 そして、()()()()()()をしてMayさんと並んだ先輩は、楽しげに、無邪気に、俺に手を振ってきた。

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