6/23(SUN)
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6/23(SUN) 8:21
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「やっほー、こっちこっちー」
日曜日。
初めて外で会う先輩は、エプロンを着けてる時と同じくらい――いや、それ以上に明るくて小悪魔的だった。
イベントだからか、ちょっと気合の入った感じの私服姿で、こうやって見ると大人っぽい。Mayさんに比べたら歳が近いはずなんだけど、高校生は子供で大学生は大人っていう、不思議な線引きがしっかり機能してるがわかってしまう。
俺達が集合したのは『ファニードリーム』最寄りの公園。
日曜とはいえ、時間が早いせいかあまり人気はない。体操してるおじいちゃんがいるくらいだ。そんな中、カートを手にした先輩とリュックを背負った俺の存在は、なんだか妙に浮いているような気がした。
こんなところにこんな時間に集合したのもアレなんだけど、それについては仕方ない。イベントの開城が午前十時だから、遅れないように準備しようとするとこれくらいの時間になる。
先に来ていた先輩の元へ小走りに到着すると、先輩は「おはよう」と言うやいなや、俺の顔に手を伸ばしてきた。
さわさわ、ふにふにと触ってみせて、
「ん、ちゃんと昨夜は寝たみたい。よしよし」
「おはようございます。……その、さすがに恥ずかしいんですけど」
「ん、何が? 下着女装でここまで来たのが?」
「それもそうですけど」
「そのくらいで恥ずかしがってたら、これから外歩けないよー?」
何気ない仕草で手を引かれた。
先輩に導かれるように向かったのは公園の多目的トイレ。着替えに使うのはあまりよくないかもしれないけど、いかがわしい行為をするわけじゃないし、他に適当な場所もない。
中に入って鍵を閉めると、先輩は「ほら、脱いで」と言った。
「いや、一人で着替えますから」
「その後お化粧とかするんだから一人じゃ無理でしょ」
「う」
「ほら、そのために中は着けてきてもらったんだから」
下着を装着済みということは、全裸にはならなくてすむ。
家から下着をつけてこいという指令はそう言う意味だったのか。周到さに舌を巻きつつ服に手をかけて一枚ずつ脱いでいく。
視線が恥ずかしい。
でも、先輩の方は特に気にしていないようで、うんうんと頷くと俺のリュックに手をかけた。
「服はこの中?」
「あ、はい」
水色のワンピースに黒いタイツ。
引き出された服は幸い、特に皺とかにはなっていなかった。
「うん。じゃあ、服着る前にこれね」
「これは……パッド?」
「そ。ティッシュとか靴下でもいいけど、やっぱりちゃんとしたやつの方がそれっぽくなるよ」
胸の形状に近いそれを靴下の代わりに仕込むと、より自然な形状になった。
サイズ的にはAカップ相当なのでそんなに目立たないけど、確かに膨らんでる。それから、手渡された服をタイツ、ワンピースの順に身に着けた。
ちなみに、下着は青いやつだ。色味が似てる方が透けにくいだろう。
「これで、大丈夫ですか?」
俺は全体を見下ろしつつくるりと一回転する。
ふわりと広がるワンピースの裾。
ゆったりしたデザインで体型が出にくいので、ちゃんと可愛く見える。
靴は安物だけどレディースのスニーカーを履いてきた。一見するとメンズとそんなに変わらないから男物と合わせても違和感薄いけど、よく見るとフォルムが丸いしちょっと可愛い感じがする。ワンピースを着ても当然、普通に溶け込んでいた。
「うん。……あー、この子ってば服変えただけで可愛くなっちゃって」
「?」
「可愛いから悔しいってこと! 肌すべすべで羨ましい!」
俺的にはもっと肌白くなりたいし、まだまだケアも必要だと思うんですが。
「はい、ウィッグはこれ使ってね」
「ありがとう。でも、これはどこから?」
「お店の備品。店長が貸してくれたの。その代わり記念写真に写ってもらうからね」
先輩という可愛い店員さんで釣った上、さりげなく販売グッズを写りこませるつもりらしい。さすが店長、抜け目ない。
渡されたウィッグはセミロングくらいの長さがあるものだった。
短い地毛の上から被って固定すると、髪が首筋にかかる感覚。今までには床屋を面倒臭がって伸ばしすぎた時くらいしか感じたことはない。
そうしたら後ろ向きで立たされて、ゴムを手にした先輩に髪を弄られる。長めの髪を左右で一つずつの房にして垂らし――って。
「これはまさか」
「うん、ツインテール」
「あざとすぎじゃ?」
「JKが何言ってるのかなー?」
俺、DKです。
いや、女装もコスプレっちゃコスプレなわけで、つまりこれは私服女子高生のコスプレといえる……のか? 高二でツインテールも似合わないと痛いだけだろうけど。
鏡を見るのはお預けされたまま座らされて、化粧品やら何やらを取り出した先輩にあれこれ顔をいじられる。
チークにマスカラ、アイシャドウ、アイライナーなどなどなど、てきぱきと手を動かしつつも説明をしてくれるんだけど、速すぎて追いつかない上に半分くらいしか理解できない。
ただ、慣れない感触と匂いが鼻を、顔を、心をくすぐるのを受け入れるしかなかった。
「あー、なにこれ可愛い。嫉妬したくなる。けど可愛い。うん、一周回って楽しくなってきた」
先輩が無軌道に吐きだす呟きが怖いようなくすぐったいような、やっぱり怖いような。
ベースメイクから顔全体に化粧を施され、眉を若干整えられたりしつつ、おしまいを宣言されるまで体感三十分。でも、実際にはその半分くらいしか過ぎていなかった。
「じゃあ、鏡、見てみよっか?」
「なんか怖いんですけど……」
「大丈夫大丈夫。……可愛いから」
だから、そこでトーンが変わるのが怖いんですってば。
先輩は意味深に囁いた上で俺の肩を掴み、逃がさないとばかりに鏡の前に連行した。くそ、こうなるくらいならウィッグ被った段階で一度鏡を見たかった。
まあ、どっちにしても化粧を落とすには鏡に向き合わないといけないわけで、つまり俺はもう逃げられない。
変わり果てた俺の姿と直面しなければならない。
どきどきする。
期待と、それを上回る不安が胸を渦巻いて、どうにかなってしまいそうだ。
目を閉じて鏡の前に立つ。
ギリギリまで逃避していたいという心の現れだったけど、それが結果的に、ファーストインプレッションを高める効果を担ってしまった。
「ほら、目を開けて」
言われるまま、俺は目を開いた。
そして見た。
「………………え?」
硬直した。
鏡の中で、一人の女の子が目を丸くして俺を見ていた。
界隈でよく言われる馬鹿の一つ覚えで、俺自身、幾つかの女装マンガを読んでみて「使われすぎだろこのフレーズ」と思うんだけど――それでも、俺の心情を表すのに一番いいと思うので、そっくりそのまま使わせてもらうと、
「これが、俺?」
「そうだよ」
後ろに立った先輩が催眠暗示の如く答える。
「これが君。ううん、あなた」
胸の鼓動がうるさい。
とっくに高鳴っているのに、更に速くなっていってる気がする。
可愛い。
ウィッグを被ったことで髪形が変わり、化粧によって肌の色、唇の色、眉の形、目のぱっちり感などなどを補正された俺は、青いワンピースを着たツインテールの女子高生そのものだった。
正直に言おう。
俺は、俺自身に一目で見惚れてしまった。
Mayさんとどっちが可愛いかと聞かれればMayさんだと即答するが、彼女のことを知る前の俺がもし、今の俺に告白されたら、二つ返事でOKしていたかもしれない。
少なくとも、先輩と一緒に立つことに何の違和感もなかった。
「うん、我ながらいい出来。……あなたも、気に入ってくれた? なーんて、聞かなくても顔見ればわかるけどね」
「先輩」
「ん?」
「恨みます。こんな完成系見せられたら、もう本当に、絶対止められないです」
道具と化粧で、こんな風に可愛くなれる。
なら、道具を揃えて化粧を身に着ければ、俺にだって「これ」を再現できる。
髪形や服を変えれば違うスタイルだって。
更に言うなら、もっと可愛くなることだって、できるかもしれない。いや、きっとできる。
口もとに笑顔が浮かぶ。
可愛く笑うのなんて慣れてないから、どうにもぎこちない感じだったけど、それでも、鏡の中の俺ははっきりと俺に向けて微笑んでいた。
「ね、後輩君。ううん、後輩ちゃん?」
「なんですか、先輩?」
「記念撮影。まずは一枚、いい?」
店長に送るから。
そう言って、スマホのカメラを鏡に向ける先輩に、俺は笑顔のまま頷いた。
「お願いします」
撮影したツーショットは、店のグループチャットルームを通して俺のスマホにも保存された。
脱いだ服はリュックの空きスペースに詰め込んだ。
先輩はカートの中からぺしゃんこになったショルダーバッグと、小さなポーチを取り出すと、はい、と俺に渡してくれた。
「これは私物だから帰りに返してね」
「貸してもらっちゃっていいんですか?」
「男物のリュックじゃ可愛くないでしょ?」
心遣いが嬉しい。
ショルダーバッグは買った同人誌なんかを入れる用で、ポーチは財布代わりに使えばいいとのこと。もともと持っていたあれこれが使えないとなると、つくづく色んなものが入り用になるものだ。
ワンピース買った時の通販では鞄とかは見送りしてしまったし。
小遣いじゃ限界があるし、お年玉貯金だってそう多くはない。考えてみるとバイト初めてまだ一か月なわけで、初めてのバイト代だってまだ出てない。なのに欲しいものが多すぎる。
男の時でも女の時でも使えるようなデザインを探してみるかなあ……。
ともあれ、準備は完了。
俺達はついでに本来の使い道で利用してから(もちろん交代で外に出てた)多目的トイレを出て、そそくさと公園を後にした。
「あ。駅までゆっくり歩こうね。時間はまだあるから」
「はい。でも、どうしてですか?」
「大股で歩いたら女の子っぽく見えないでしょ?」
釘を刺された。
男の仕草だと変に思われるから気をつけろ、ってことだ。そう言われても細かい仕草を一つ一つ制御するなんて急に無理だから、せめて動きのスピードを意識して緩めるようにする。
歩幅を小さめにゆっくり歩けば、自然と服や靴の違いを意識できる。
ブラの締め付け、唇に塗った口紅の感触、ほのかに香る化粧の匂いが「今は女なんだ」と継続的な暗示をかけてくる。
「女の子のペースに慣れると、デートでも役に立つかもよ」
「本当ですか?」
「ほんとほんと」
他愛のない雑談がなんだかいつもと違って感じられる。
先輩みたいに抑揚をつけて、高い声で喋れるようになりたいと思った。
リュックは駅のコインロッカーに収納した。
ちょっと身軽になった俺は、肩にかけたバッグとポーチの位置を直し、先輩と一緒に改札を抜けた。
「そのワンピは長めだから平気だろうけど、スカートの時は階段気をつけてね。さりげなく手で押さえるか、鞄を後ろに回すこと」
「はい」
幸い電車には並んで座れた。
ワンピースのスカートを敷くようにしてぎこちなく腰掛けた俺は、先輩の真似して足をしっかりと閉じた。さりげなくじーっと見ていた先輩がよしよし、と頷き、監督と同時に採点までしていることを知らせてくれる。
ふとスマホを見たら店長から「もうこれで仕事しなさい」とか返信が来てて悶絶し、先輩にニヤニヤされて恥ずかしくなり、
「そういえばさ」
「はい?」
「あなたのこと、なんて呼べばいい?」
言われてみると、どうしよう。
この格好で「羽丘君」と呼ばれるのはなんとなく抵抗がある。いつもの「後輩君」も同じだ。下の名前をもじって「ユキ」とか名乗ってもいいけど、身バレが怖い。
「源氏名とかないの?」
「源氏名って」
飲み屋の女の人じゃないんですから。
「じゃあ女装名?」
「ハンドルネームとかでいいじゃないですか」
声を潜めてからかわれた俺は、これまた小さな声で言い返した。
いや、そうか、ハンドルネームか。
それなら「アレ」を使えばいいか。
「じゃあ、ミウって呼んでもらえませんか?」
「ミウ。ミウちゃんか。あはは、可愛いかもー」
「ちょっ、抱きつかないでくださいっ」
「いいじゃない、女の子同士なんだから」
男子だって知ってる人が何言ってるんですか!
とか言いながら、女子扱いされるのは悪い気がしない俺だった。




