奴隷の少女は公爵に拾われる 97
「ツツィーリエちゃん。ちょっとお話しましょ」
タレンスはその公爵の様子を目の端で見ながらツツィーリエに近づく。
「おい、お嬢に勝手に近付くな」
モヌワはそれを見るとすぐにタレンスとツツィーリエの間に割って入った。
「あら、私は別に怪しいものじゃないわよ。私の立場は3の侯爵と公爵閣下が証明してくれたでしょ?」
「お前が近づくとお嬢に悪影響が出る」
「あら、失礼しちゃう」
その言葉に特に気にする様子もなく、自身の胸に指をあてる。
「私の何がツツィーリエちゃんに悪影響が出るって言うの?私の性格?経歴?それとも」
タレンスがモヌワの方に一歩距離を詰める。
「私が女だから?」
「あんたが男だからだ」
「あら、私は女よ」
タレンスは骨太の体格で腰をこれ見よがしにくねらせて見せる。
「手違いで身体が男だけど。でも私は女よ」
「あんたが私に近づく分には問題はない。あんたみたいなやつは初めてじゃないからな。でもお嬢に近づくのは遠慮してもらう」
「人柄を見て欲しいわ。別に私は悪人じゃないし」
「当たり前だ」
「私と話す事はお嬢ちゃんにとって大いに刺激になると思うわよ」
「何の刺激になるやらわからん」
「私はこう見えても割と頭の回転が早い方なの。そういう人と話す事は決して悪い事じゃないわ」
「んじゃ、あんたと私は会話したら私の頭がよくなる訳か」
「ならないんじゃないかしら。脳味噌まで筋肉だと回転のしようがないじゃない」
「んだと、こら!」
モヌワがタレンスの方に腕を伸ばす。タレンスはその腕を自然な動きで避けると間髪いれずにモヌワの懐に入った。
「ほーら」
そのままモヌワの巨体を背中と腰の梃子を生かして投げ飛ばした。モヌワの巨体が宙を舞う。
「油断たいて―――」
とタレンスが言おうとした瞬間、モヌワの体がタレンスの意思を無視して加速し、細い人間の腰よりも太い脚が胴体よりも先に着地した。ぎょっとタレンスが身体を引こうとするが、モヌワがタレンスをがっちり掴んでいるので、まるで大木にしがみつかれたかのように全く動けない。モヌワは脚だけ着いたブリッジのような態勢で、下からタレンスの方に金色に光る目を向けた。
「お前の筋肉とか体の動きみてりゃ投げたがってる事くらいお見通しなんだよ」
モヌワは凶暴な笑みを浮かべると、そのまま体重を自分の足の方に移してタレンスの体を崩す。タレンスは抵抗しようとするが質量と経験値が違いすぎた。モヌワはタレンスの体が崩れた瞬間に一呼吸でタレンスの腕を絡め取ると、脚でタレンスの体を抑え込み、肘関節を完璧に極め上げた。
「んぎゃ!痛い痛い!!降参降参降参ってば!!」
タレンスは自由になる方の手で床の絨毯を思いっきり叩く。公爵と3の侯爵の視線が二人に注がれた。
「なにやってんの」
「職務を果たしておるだけです」
公爵は溜息をつきながら拘束されたタレンスの腕を見て、それからモヌワの方を見た。
「まぁ、丁度タレンス君にはお仕置きしようと思ってた所だしいい薬でしょ。ほどほどにね」
「閣下!?」
それだけ言うと、公爵は3の侯爵と何かぼそぼそと小さな声で話し始めた。
「じゃ、遠慮なく」
「んにゃーーーーーーーーー!!痛い痛い痛い!!!」
ツツィーリエが寒そうに体を縮めながら二人の方に近づいてきた。
「あ、ツツィーリエちゃん!ちょっとこの人に止めるように言ってやってちょうだい!」
「お嬢、止めないでくださいよ。先にやったのはこいつなんですからね」
ツツィーリエは二人の言葉に対して特に何の反応も返さない。肘が極められている箇所に視線を当ててちょこんと座った。そして、何か面白いものでも見るようにモヌワの腕とタレンスの腕を突いて、どのような構造になっているのかを観察し始める。地面に転がる二つの巨体とサイズが違いすぎて、同じ人間とは思えない程だ。
「あぁ、ツツィーリエちゃん………天使見たいに可愛いわ」
「全く持って同意だ」
「痛い痛い痛い!!!あんたレディに対して遠慮なさすぎでしょ!」
「私は女だからいいんだ」
モヌワは満足いくまでタレンスの腕を極め上げていた。




