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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 90

「うぅ~。だから言ってるでしょ。ああしは酔ってないから気にしなくてもいいって」

「明らかに酔ってるから黙って水を飲みなさい」

 華やかなパーティーの会場の壁際、外気が頻繁に行き来する大きな窓の近くに据えられたベンチに二人の男女がいた。一人は絶世の美女と形容してもいいような顔と燃え盛る炎のような髪の毛をした女性だ。ほんの少しだけいつもより赤らんだ顔をしているが、ドレスの紅色と髪の毛の色に負けてまったく顔色が変わっているように見えない。

 その横に座ってその女性に水を渡しているのは、女性とは反対に彩りに乏しい男性だった。白髪交じりの銀髪に皺の目立つ顔、年相応の落ち着きを以て黒いスーツタイプの礼服を着こなし灰色の瞳で隣に座る女性を見つめる。

「なんで君は飲みすぎるのかな。こんな場で君が何がしでかしたら国際問題に発展するのはわかってるだろうに」

「でも勧められたら断れないじゃない」

「君がつぶれるほど飲むってことは、その相手は君を酔い潰してどうにかするつもりなんだろ。こういう場でも男性は男性だからね」

「それを、あなたが私に言うあたりが滑稽だわ」

 女性は隣に座る男性の灰色の目を茶色い瞳で見つめ返す。

「なんだったら私の職業をあなたに思い出させてもいいのよ」

 女性の瞳が、健康的な女性が持つ明るい光を湛えるそれから、耽美で蠱惑的な男性を寝床に引き込む娼婦の目付きに切り替わっていった。彼女の指が男性の皺が浮いた指にほんの少し触れ、息がかかるほどの距離に顔を近づける。

「エレアーナ嬢。私がその手の誘惑に関心がないのは知ってるだろ」

 その動きの意図に気づいているにも拘らず全く興味がないといわんばかりに見返し、触れてきた指に水の入ったコップを手渡した。

「何でよ!もう」

 渡されたコップから一息に水を飲み干すと、怒りにも似た感情を浮かべた目で男を睨み付ける。

「私の何が不満なのよ。前にも言ったけど、私の立場が問題ならすぐにでも大使という立場を放り捨てるわよ」

「酔いすぎ。前にも言ったはずだ」

「………」

 その燃えるような感情を受け止める灰色の目は、強烈な炎の前にも溶けることのない凍土のようにエレアーナに最後の一歩を踏みこませなかった。

「エレアーナ嬢に全く問題はないよ。私の方に問題があるんだ」

「そんなんだから男性を偏愛する傾向にあるって噂が流れるのよ」

「そっちのけはまったくないんだけどね」

 男は肩をすくめて見せる

「普通はそうなるわよ。次代を残すことが重要な公爵がいい年になってもどんな女性からの誘惑も跳ね除けるんだから」

「あの噂には参ったよ。女性からの誘惑が減ったかと思えば、可愛い少年から、筋肉が盛り上がった男性から年寄りから子供までみんな言い寄ってくるんだ」

「モテモテでいいわね」

 じとっとした目が公爵の顔に張り付く。

「君には負けるよ。君こそ男性からも女性からも人気があるじゃないか」

「ふん。それが仕事ですもの」

 エレアーナが椅子の上に行儀悪く座りなおした。

「あぁ、ツツィーリエちゃんが羨ましいわ」

「そう?」

「そうよ。私がどんなに努力してはいれないところに入れるんだから」

 むすっとした顔でエレアーナがダンス会場の中心の方に視線を送る。空気に乗って流れてくる音楽が変わり、ゆったりとした優しい音楽になった。よく耳になじむ、この国にいる人間ならだれでも知っているほどに有名な曲だ。

「………言っても踊らないんでしょ」

 公爵の方を見ずに声だけを公爵に向ける。

「そうだね。踊らないかな」

「この曲なら踊れるでしょ」

「一応ね」

 エレアーナはじろっと公爵を見るが、またパーティー会場の中心に目を向ける。そこでエレアーナの目が大きくなり、驚いた様子で思わず声を漏らした。

「あら」

「どうしたの?」

 公爵はエレアーナが見ている方を公爵も見る。しばらくじっとその方向を見つめて、エレアーナよりも大きく目を見開いた。

「え!?」

「ツツィーリエちゃんじゃない?」

「…ツィルだね」

「踊ってるじゃない」

「…踊ってるね」

「相手は国富の公爵の息子に見えるけど」

「…………」

 公爵はしばらく無言で、遠くでツツィーリエが人ごみに紛れて踊っている姿を見つめていた。エレアーナは公爵の驚いた表情に気づいて、にやりと笑う満足げな表情を浮かべる。その満足げな表情のまま、エレアーナは動かない公爵の隣でずっと座っていた。


 ダンス会場には笑顔で優しくツツィーリエの腰に手を回して支えるようにリードする国富公爵の令息とそれに涼しい顔でついていく国守公爵令嬢の姿があった。たまにファフナールがツツィーリエの耳元に口を寄せて何かをささやく姿は、父親のプレイボーイな雰囲気そのままだ。それに対して特に答えることをせず、ただ変わらない赤い瞳でファフナールの方を向くツツィーリエの姿もまったく堂に入っている。

 周囲は年若い二人のダンスを見守りながら、二人の次代公爵の様子を観察し、さすが公爵の跡継ぎだという感嘆を多少のお世辞を交えながら話していた。

 だが実際の所、ファフナールは確かににこやかに笑っていたがその笑顔はほんの少しだけひきつっていた。ファフナールがツツィーリエの耳元に言葉をささやく時は大抵、笑顔の引きつりが大きくなっている。

「お前、なんでこんな簡単なステップを踏むたびに僕の足を踏むんだ」

『………』

 ツツィーリエは無言のまま、表情も変えず、ただ額に汗をにじませながらファフナールの手を握り不器用に足を動かしていた。それでも頻繁に足を踏むので、ファフナールの目にさすがに僅かな涙を浮かべていた。

「あぁ、お嬢。お嬢が遠くにいる。でもお美しい……」

 モヌワがその様子を踊っている人たちの輪にぎりぎりまで近づきながら、悔しさと賞賛の呟きを発していた。

「近くに行けばいいじゃん」

 その横にいるのは、国富の公爵の息子の護衛であるはずのイーマだ。

「私が言ったらお嬢に迷惑がかかる。お前はあっちに行けるだろ。良くわからんが姿が隠せるんだから」

 モヌワが嫌でも目立つ巨体を憎らしげに見てから、隣に立つ男の方を見る。

「いやいや、ダンス中に周りにいるのは粋じゃない」

「踊ってる時に刺されたらどうする」

「大丈夫っすよ。こういうダンス中には俺の同門の奴らが大量に見回ってるんで」

「それは粋じゃないんだろ」

「無粋っすよね~。おれもそのことを首領に言ったんすよ?殴られましたけど」

「当然だ」

 適当なことを言う男に険しい言葉を贈る。

「手厳しいっすね。まぁ、何かあってから行っても間に合うっしょ」

「適当な奴だ」

「そんなもんっすよ。俺があんまりしっかりやらなくったって坊ちゃんは怪我したことないですし。逆にどんなに真剣にやっても怪我するときは怪我するんすから」

 イーマは少し垂れ気味の目に意外に真剣な口調で言った。

「でしょ?」

「………それは適当にやる理由にならん」

 イーマはそれを聞くとケケッと笑う。

「違いないっすわ」

 そんな二人を含めた多くの人が見つめる中で曲が緩やかに尾を引きながら終わり、ツツィーリエとファフナールは何とか踊り切った。

 二人の周りには周囲で踊っていた多くの貴族や有力な力を持つものが殺到し、熱心に自分の名前と顔を宣伝し始めた。その熱気にやや押されながらツツィーリエはいつもと変わらないように見える表情で相手を見つめ、紙に文字を記しながら会話をしていった。ファフナールの方はそういった会話になれた様子で特に年配の女性から非常に受けが良かった。

「えぇ、皆さま」

 そんな様相がエスカレートしすぎる直前に、壇上からよく響く声が喧騒に投げかけられた。

「僕が企画したパーティー、楽しんでいただけたでしょうか」

 遠目からでも輝いているのが分かる金髪に神から簒奪したと言われても納得のいく顔の造形、圧倒的な自信が国富の公爵の声から感じられた。

「いつまでも皆さまとお話をしていたい所ではあるのですが、夜も更け切って朝に近づこうとしている頃合いになりました。この辺りでパーティーをお開きにさせていただこうかと思います」

 壇上からの声に思わず周囲からため息が漏れる。それを聞いた公爵は申し訳なさを前面に押し出した表情を見せた。

「皆さまといつまででも語り合いたいと、僕自身もそう思っております。ですが、何分このパーティーに参加されている方はこの国だけでなく周辺国に非常に強い権限をお持ちの方ばかりです。もし明日の朝にここにいる全員が寝坊しましたら、私は陛下からお叱りを受けてしまいます」

 少し神経質な笑いが漏れて、すぐに収束する。

「この会場の出口で、ささやかではありますが手土産をご用意してございます。その手土産を持って、家で待っておられる方に土産話をしていただければ、僕たちとしても非常に喜ばしい限りです。今日は本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます」

 この響く声を聞いた会場中の人間が惜しみない拍手を国富の公爵に送った。公爵は笑みを持ってその拍手を受け止め、更に言葉を続けた。

「ありがとうございます。では、最後に今日このパーティーに来てくださった国守の公爵、更にその御息女にも温かい拍手をお願いします。彼らがまた僕のパーティーに来てくださるのを願っております」

 金髪の公爵が先陣を切って、それのすぐ後に喰い気味の拍手が続いてすぐに先程とも負けず劣らずの拍手が国守の公爵とツツィーリエに贈られる。

 ツツィーリエは周囲に集まった人からの拍手に礼を持って答えた。と、すっとその隣にいつの間にか近づいてきた国守の公爵が立つ。

『踊り、上手だったよ』

 周囲に見えないように一瞬だけ指を動かすと、二人に贈られる拍手に対して揃って礼をした。

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