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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 82

「あ、そうだ。公爵閣下。頼みたいことがあるのですが」

 モヌワがツツィーリエの所に行って食事を渡しているのを横目で見ながら、壮年の公爵がもう一人の公爵に声をかけた。

「先程もそんなことを仰っていましたね。愚息のせいで話が途中で切れてしまって申し訳ありません」

 改めて頭を下げる国富の公爵の言葉を軽く流して話を続ける。

「このパーティーで娘のお披露目をしたいと思っています」

「それはそれは。そのような大事な場に私のパーティーを選んでいただいて光栄です」

 国富の公爵は事前に予想がついていたにもかかわらず心底嬉しそうな笑顔で答えて見せた。

「それもなるべく大々的にやってしまいたいと。それでどこか皆の注目が集まるような場所とお時間があればお貸しいただけますか?だいぶ厚かましいお願いですが」

「もちろんかまいませんよ。国守の公爵閣下から直接お願いされて断るわけにはいきません」

 国富の公爵は笑顔と共に快諾の意思を示して見せる。

「そうですね。あとしばらくしたら中央のホールで大きな大道芸催してもらう予定になっています。その時になればおそらく多くの人が集まるでしょうから、その時間を後ろにずらして閣下の御令嬢のご紹介という事でいかがでしょうか」

「もしそうしていただけるのでしたらありがたい」

「あと小姓の方に言って国守公爵令嬢の紹介があると参加者にふれまわさせましょう。このパーティーに参加する人の中でこの情報に興味を示さない人はいない筈です」

 銀髪の公爵は乾いた苦笑いを浮かべる。

「人の注目を過度に集めるのは苦手なんですがね」

「世間が放っておかないのは、才ある人の性ですよ」

「才があるのかどうか知りませんが私もこの年です。もうそろそろみんなが私を無視してくれてもいいと思うんですけどね」

「年だなんて何を仰る。あと100年でも200年でも生きていただかないと」

「そんなにこの仕事続けるのは嫌ですね」

 しっかりとした口調で言った。

「おや、そうなんですか?」

「あなたと同じですよ。今すぐにでも他の人に渡して田舎に引っ込みたいところです」

「いやいや、そんなこと許しませんよ。あなたが引退したら僕が退屈してしまう」

 本気の口調でそういう国富の公爵に、国守の公爵がより深い苦笑いを浮かべた。

「まぁ、どうせまだやめられませんから」

「御令嬢に跡を継いでもらうまでの準備というわけですか?」

「えぇ。そうなりますね。いろいろ面倒な部分もありますし」

 国守の公爵は自身の灰色の目を、楽しそうに笑う国富の公爵の緑の目に合わせる。

「今日はそのお手伝いが出来て光栄です」

 その視線に対してしれっとお辞儀をして見せた。

「では、時間になりましたら誰かに呼びにやらせます。私は少しそのステージの調整をしてきますので」

「お願いします」

 国守の公爵の深々とした礼に対してにこやかに会釈すると服の裾を翻してどこかに歩き去り、それを息子が追いかけていく。公爵は早足で動きながら周囲を歩き回っていた小姓の少年と給仕の青年を数人呼び寄せて手早く指示を出していった。指示を受けた使用人たちはその指示を自分の隣接する範囲にいた仲間に伝えてから動き出す。更にその指示をもらった青年、少年たちは同じように一言一句違えず指示を伝えて自分たちも動きのパターンを変えた。公爵の出した指示が使用人全員に伝わり柔軟にその指示に対応する様は、まるで全体で一つの生き物のようだった。

 少し遠慮がちに食べ物を口に含んでいたツツィーリエは公爵が歩き去ったのを確認すると、ガッサリ口に野菜を報張り始めた。それを見ながら、モヌワが国守の公爵に声をかける。

「というかお嬢の紹介ったって、お嬢喋れないじゃないか。公爵が代わりに喋るのか?」

「このパーティーが始まる前にもいっただろ。まだ内緒。ちゃんと覚えてラトとかマーサに伝えてあげて」

 公爵はモヌワにそういいながら周辺に目を配る。和やかに話していた周りは国富の公爵がその場をあとにして初めてその場に誰かがいることに気づいたようにこちらの方に目を向け、そこでやっと公爵やエレアーナがいる事に気付いた。

「やっぱり国富の公爵が何かやってたみたいだね」

「あんまり見られるとちょっと煩わしいかしら」

 エレアーナが国守の公爵に笑いかける。彼女の髪から僅かに火の粉のようなものが散り、風を受けたかのように広がり始めた。

「いや、いいよ。どうせ注目を集めないといけないんだし面倒だからと言って周囲から隠れても始まらない。それに隠れようと思っても見える人には見えるし」

 公爵はエレアーナが動こうとするのをやんわりと止める。

「そう?ならいいんだけど」

 エレアーナが少し残念そうに自身の髪を撫でると燃えるような炎は普段通りの豊かで美しいだけの髪に戻った。

「でも、まさかツツィーリエちゃんの父親が閣下だなんて」

「エレアーナ嬢はどこでツツィーリエと知り合ったの?君はほかの人に話しかけられて忙しいと思っていたんだけど」

 エレアーナはその言葉を聞くと、話を逸らすように大量に食事が盛られた皿から丸い焼き菓子のようなものを口の放り込む。

「あら、これお菓子じゃないのね。甘くないわ」

 エレアーナは口の中の感触に目を開いた。ツツィーリエがその言葉にすぐ反応して、同じ物を素早く口の中に頬張る。

 見た目からは練った小麦粉を丸めて焼いたお菓子のようにも見えるが、口の中に入れるとまず鼻を抜けるのは少し塩気のある魚の風味だ。弾力のある魚のすり身に塩漬けにした小さな野菜が混ぜ込まれ、それを油で揚げているようだ。咀嚼すると塩漬けにされた野菜のしゃきしゃきとした触感が感じられる。噛むたびに出てくる野菜の甘味と、魚と野菜それぞれ僅かに違う塩気で単調になりがちなこの手の食べ物に魅力的なアクセントを加えていた。

『おいしいよ』

 ツツィーリエは自身でもう一つ食べながら、フォークに刺して父親に差し出す。国守の公爵は一瞬止まって見つめるが、特に躊躇わずフォークごと口にくわえた。公爵がゆっくりと口の中のものを噛みながら微笑む。

「おいしいね」

「あら、じゃあ私も」

 エレアーナが指でその団子を摘まむと公爵の前に差し出した。公爵はその団子を見た後、呆れたようにエレアーナを見つめる。

「なんだい?また母国から私を籠絡するように言われたのかい?」

「言われたってもうやらないわよ、あんな面倒なこと」

 拗ねた様に自分の口の中に摘まんだ団子を放り込む。

「あれ、じゃあさっき言ってたのってこの公爵のことだったのか」

 モヌワが肉の塊を大きな口で噛みちぎりながら大きな声を出した。エレアーナは無言でもぐもぐと口を動かす。

『これもおいしいよ』

 ツツィーリエは先の話を聞いてもまったく変わらずに父親に気に入った食べ物を差し出していた。

「ありがとう。でもあんまり食べれないよ。お酒も少し飲んだし」

「また食べる量減ったんじゃない?」

 エレアーナが少し心配そうに声をかける。公爵は気にしなくてもいいといわんばかりに手を軽く振った。

「こっちは年を取るばかりだ。これ以上増えることはないよ」

『お父さんは食べる量が少なすぎるわよ。もっとたくさん食べないと』

「私が食べる分をツィルが食べるからいいんだよ」

『その理屈は意味が分からないわ』

 公爵は無言で肩をすくめると娘から差し出された食べ物を口に入れる。

「………意外にちゃんと父親やってるのね」

「そりゃそうさ。引き取ると決めたからには適当な気持ちで父親はやらないよ」

「そういうことに適していない人って世の中にはたくさんいるから、あなたもそういう人だと思ってた」

 エレアーナは興味深そうに公爵を見上げる。その視線に返すように灰色の視線を下ろした。

「で、さっきの話だけど」

「ん?」

「なんでうちの娘とエレアーナ嬢が話してたの?」

「さぁて、ちょっと私もお仕事に戻ろうかしら」

 服から食べ物の屑を払うと、その問いには答えずにツツィーリエの肩に軽く手を当てる。

「じゃあまたね」

 ツツィーリエの赤い瞳を覗き込みながら距離をとると、悪戯っぽく投げキッスをしながら人混みの中に紛れてどこかに去っていった。

「…ツィルは教えてくれるかな?」

『エレアーナが教えたくないことを私が教えるのは礼儀に反するわ』

「礼儀、ね。礼儀に反したらだめだね。まぁ別にツィルが困ったことに巻き込まれたのでなければそれで良いかな。エレアーナ嬢は悪い人ではない」

「悪い人って例えば誰なんだ?」

「そりゃ、国富の公爵のような貴族のことさ」

「あんたも含めてか?」

「まぁね」

「それならここは悪い人の温床ってわけだな」

「いやいや」

 少し疲れたように息を吐いて自身の肩をもみほぐす。

「彼に比べればここにいる人は可愛いものさ」

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