奴隷の少女は公爵に拾われる 79
「私もそのお肉食べてもいいかしら?話してばかりでお腹がすいてるの」
エレアーナはモヌワが持っている肉を指す。モヌワは心配そうに主を見るが、ツツィーリエは特に表情を変えない。
『どうぞ。お腹が減ったらとても悲しくなるもの』
「ありがと!」
ツツィーリエが差し出したフォークで肉を勢いよく刺すと一口で肉を頬張った。数回噛んだだけで溶けてなくなる肉をそのままの勢いで数枚食べていく。
「………あら、ちょっとはしたなかったかしら」
というエレアーナの言葉を聞きながら、ツツィーリエが肉を数枚一気に口に入れてしっかり噛みしめていた。
『なにが?』
「いいえ。何もないの。そういうのを気にしてしまうのが職業柄癖になってるの」
『何をしているの?』
「娼婦よ。高級娼婦。知ってる?」
ツツィーリエは口をもぐもぐさせながら頷いた。
「あ、でもその仕事できたわけじゃないの。一応外交する名目でこの国にいるんだけど」
『じゃあ、なんで今一人でいるの?』
とツツィーリエが聞くと、少し目線を迷わせて何か考えるようにしばらく口を閉ざした。
「………人を探してるの」
『だれ?』
「片思いの人」
ツツィーリエとモヌワが、目をぱちぱちと瞬かせる。
「………あんた、ちゃんとまじめに仕事してるか?」
「してるわよ、もう!」
エレアーナがわずかに頬を膨らませた。そしてその表情がすぐに少し寂しそうな最初の表情に戻った。
「まぁ、片思いって言うのは冗談。ただ昔からの知り合いを探してるだけ」
「表情のコロコロと変わるやつだな」
モヌワが皿の上の肉を一枚食べる。
『昔からの知り合い?』
「聞きたい?」
エレアーナがツツィーリエの方にぐっと顔を近寄せる。ツツィーリエは特に近寄ってきた事に何の反応もせず頷く。
「私はこれでもこの顔でお仕事してるから外見にはそこそこ自信があってね」
髪の毛を整えながら背筋を伸ばす。確かにその姿は周囲の目を惹きつけずにはいない輝きを持っていた。髪の毛もそうだが、体型も出るところは出て締める所は締まっている。持って生まれたものと不断の努力によって培われたものだろう。
「でね私がまだ若いころにこの国に赴任した時、ある人と懇意になるように国から言われたの」
「懇意、ね。そういうのって、こういう場で言ってもいいのか?」
「いいのよ。もう昔の話だし」
「あんた何歳だ」
その質問を完全に無視して話を続ける。
「大抵の男性なら私の魅力に惹きつけられると思ってたから、この国を牛耳るのは任せてくださいって言ったわけ」
皿の上の肉を力いっぱい刺して皿とフォークが当たる音が鋭く響く。
「積極的にその人のいく場所に行って、私の持ってたすべての物を以て事に当たったわけよ。ご飯に誘うっていう基本的なところから朝に誰かとの会談があると知ったらそこの会談相手を説得して無理やり同席してみたり、こういう形式のパーティーがあれば他の人はあしらってひたすらその人の隣にいたわ」
フォークに刺さった肉を行儀悪く回しながらしゃべり続ける。
「そういう積極的なことを嫌がる人だっていうなら作戦を変えたんだけど、別に嫌がっている雰囲気は感じなかったしいつもあと一歩ってところまで行けたような気がしてたの」
そこまで言ったところで興奮で紅潮していた顔から力が抜ける。少しうつむきながら肉を口の中に入れた。
「でも近づけないのよ、その一歩が」
むぐむぐと少し冷め始めた肉を味わう。
「なんだか悔しくてムキになって頑張ってたら根詰め過ぎたみたいでその人の前で倒れちゃってね」
「そういう作戦じゃないのか?」
「そういう手管もあるけどね。それはもうちょっとスケベな人相手の方が効果的なの」
エレアーナがモヌワに軽くウィンクしてみせた。
「………ほんとにくるくると顔の変わるやつだな」
「で、気づいたらその人がベッドまで連れて行ってくれてしばらく看病してくれてたの」
『それは、作戦が成功したってことじゃないの?意図的なものでないにしても』
目を剥きながら肩を竦めて、エレアーナが首を横に振った。
「距離は近くなってるんだけどそれでも間には一歩の距離があるの。絶対に詰められないんだけどね」
と不満げに言う姿をモヌワとツツィーリエが不思議なものでも見るように見ながら肉を食べていた。
「………何?」
「いや、知り合いっていうから友達かなんかだと思ってたんだが、違うのか」
「今はいい友達よ。私の国とこの国との関係は私が出る必要がないくらい今は良好になったから」
エレアーナが肉をもう一枚取ろうとして、あと数枚しか肉がないことに気づいた。
「あら。食べ過ぎちゃったかしら」
『良く食べるね。こういう場だと女性はあんまり食べないのかと思ってたんだけど』
「ずっとにっこり笑って人の話を聞きながら何言ってるか整理してって疲れるのよ?お仕事だからやるけど」
「ていうか、さっきからやけに慣れ慣れしいな。お嬢がいいならそれでいいが、いつもそんな感じなのか?」
「別にいつもそういうわけじゃないんだけど、そうね………なんでかしら。親近感があるからかしら」
頬に指を当てて考えるように目線を上に向ける。
「私たちの間にどこか似てるところがあるか?共通点は性別だけだぞ」
「あら、それは大きな共通点よ。それに比べれば他は些細も些細だわ」
と言って、最後に残った肉をすっとフォークで刺して流れるように口に入れた。
「あ、こら。お嬢の肉と思ってとっといたのに」
「フフフ。いいじゃない」
『モヌワ。新しいの取ってきてもらえる?』
「ですが、お嬢。お嬢のそばから離れるのは―――」
と言ってモヌワがツツィーリエを見ると、ツツィーリエがじっと濡れた子犬のような少し潤んだ目でモヌワの方を見上げていた。
「うッ………」
皿を持ったまま自然と料理の台の方に足が後ずさってしまう。
「お、お嬢。そんな目で見ても―――」
『モヌワ』
ツツィーリエはあえて手話を使わず、少し傾げた顔をモヌワに向け、手を胸の前で合わせて口を動かす。
『お願い』
「行ってきます」
モヌワが颯爽と皿を持って食事をとりに出かけた。
と思ったらすぐに戻ってきて
「お嬢、ここから離れないでくださいね。何かあったら大きな音を立ててくださいよ」
と強く念を押して、ほとんど走るようにして食べ物をとりに行った。大きな足音が聞こえる様な気がする巨体が離れていくのを眺めながらエレアーナがツツィーリエに声をかける。
「彼女はとても良い人ね」
ツツィーリエは黙って肩をすくめる。




