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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 76

 彼はその日緑を基調にした服装をしていた。靴は歩く度に心に刻みつけるような音が鳴る革の靴。少しゆったりとしたズボンを履き、渋めな色合いにくすんだ黄色のシャツ。それらの各部には赤く太い線が彼の体を纏うように一つ流れを作っている。縁取りにはこの会場の照明に合わせて最高の光を発するように金の糸が使われ、彼の中指には細い金糸を縒り合せて作られたような指輪がはめられている。そしてそれらを覆うように裾の長い鮮やかな緑の外衣を羽織り、歩く度に草原の草に風が吹いたように色を変えて裾を棚引かせた。

 だが彼にとって一番の特徴はその服でも金の指輪でもなく、首元まで伸び鋼のようなしなやかさを持つ金髪とその下に嵌る緑色の瞳、神から簒奪した美しい端正な顔、そしてそれらを以て完成する苛烈に燃え盛る覇王のようなカリスマだ。見るものを引き寄せて止まないその空気には彼の自信に満ちた表情も一役かっているだろう。

 その力の化身の様な国富の公爵が、もう一人の公爵に親しみをこめて話しかけていた。

「何度も招待しているのに来ていただけないので僕が嫌われているのかと思いましたよ」

 話しかけられている男からは、話しかけている男とは全く逆の印象を受ける。

 目尻を中心に深めの皺が乗った顔には色素の薄い灰色の瞳、白髪交じりの銀の髪がより複雑な反射を繰り返して彼自身の性格を表しているようだった。深い英知と氷河の様な極寒の安定を湛えた瞳は彼の頬笑みによってわずかに細められ、しっかりと国富の公爵を見つめている。

 彼が着ている服がまるで彼自身の髪を中心とした星空を表しているのも、国富の公爵との対比を強めていた。照明の中で浮かび上がる上着の銀刺繍と星々に照らされた雲の影は、まるで草原の中で輝く相手を静かに見つめる超然とした存在を思わせた。

「あなたを嫌う人なんかいないでしょ。あなたは有り金を撒き上げた相手からも尊敬の念を抱かれるような人だ」

「もしそうならありがたいんですが中々世の人は心の狭い人が多いようで。僕がちょっと商売に成功すると妬まれるんです」

「あなたの言う“ちょっとした成功”で私の家を2,3個即金で買えるんだから恐ろしい」

 国富の公爵は笑うだけで特に返答しなかった。

「パーティーの食事はいかがですか?閣下が来られると思っていつもより力を入れているのですが」

「まだ食べていませんよ。むしろお酒のほうをたくさんいただいています。それに私は小食なのであまり食べられません」

「小食?そうなんですか?」

「えぇ。見ての通り、骨しかないでしょ」

「いえいえとても健康そうですし、皮と肉もしっかりありますよ」

 その言葉に公爵は皺の浮いた顔で苦笑した。

「あなたに言っていただけるんでしたら安心だ」

「それにあなたの“指”もとても繊細に動いているように見えます」

 緑の目が国守の公爵の少し細めの指に焦点を合わせる。

「先程の両将軍のあしらいなどは記録できるなら毎晩酒の肴にするところです」

「お恥ずかしいものを見せてしまいましたね。閣下ならもっとスマートに方を付けるのでしょうが」

「とんでもない。あれほど洗練されたやり方は見たことがありませんよ」

 国守の公爵は苦笑しながら国富の公爵から視線を移す。

 国富の公爵の後ろには茶色い髪の女性がいた。周りの女性がドレスで着飾っているのに対して地味な服装に黒いズボンを履き眼鏡を付け、髪を頭の上でまとめる割とシンプルな髪型の女性だ。

「ヴィーヌさん。お久しぶりです」

 国守の公爵がその後ろの女性に声をかける。

「覚えてくださっていたのですか。てっきりお忘れかと思っておりました」

「人の顔と名前を覚えるのは割と得意なんですよ」

「お世辞でも美人の顔は覚えているといってはくれないのですか」

 ヴィーヌが眼鏡の奥の紫色の目を細めながら年配の公爵を見つめる。

「そういう言葉はあなたの主の様な美男子が言うから様になる」

「あらそんなこと言って。閣下のために時間を作る女性は星の数ほどいますよ」

「それは嬉しいね」

 あまり心のこもっていない言葉で国守の公爵が返した。

「おいおいヴィーヌ。僕の前で公爵をナンパかい?嫉妬してしまうよ」

「その程度で嫉妬されるようなお方ではない癖によく言いますわ」

 ヴィーヌが目の前に立つ公爵の背中を小突く。金髪の公爵がくすぐったそうに笑うと、再び銀髪の公爵に向かう。

「そういえば、先日お伝えした件ですが」

「あぁ、あれならすでに対処済みです。閣下の迅速な情報提供のおかげです」

「それは良かった」

 心底嬉しそうに国富の公爵が笑って見せる。

「ブィールルに何か褒美をしないといけませんね」

「閣下は素晴らしい人材を抱えておられる」

「ブィールルが先日そちらにお邪魔した時に閣下の御息女にお会いできなかったことを残念がっていました」

 表情を変えないまま国富の公爵がしゃべる。

「えぇ。その時は折が悪くて」

「今日はこのパーティーには参加されているんですか」

「いやはや。さすがに閣下は耳が早いですね」

 国守の公爵もまったく表情が変わらない。

「私に娘がいるということも知らない人がいるんですが」

「知り合いがたくさんいますから」

「でしたら、私がこのパーティーに参加している理由も想像がついておられるんでしょ?」

 国富の公爵がその質問に肩をすくめながら答えた。

「想像はあくまでも想像です」

「閣下にもご子息がおられるとお聞きしているのですが、私はまだ見たことがありません。聞いたところだと私の娘と大体同じくらいの年ごろだとか」

「えぇ。そろそろ初成人の準備をさせ始めようかと考えているところです」

「息子が数人いるという話を聞かなくてよかった。跡目争いというのは国が荒れる原因の一つですから」

 国富の公爵は整った口を大きく開いて笑った。

「そんなへまはしませんよ」

「閣下は数々の女性と浮名を流しておいでですから」

「世の女性はみな魅力的ですからね。ですが女性の魅力で国守の公爵のお手を煩わせては会わせる顔がありません」

「気を遣わせていたのでしたら申し訳ない」

 その言葉に国富の公爵は心底楽しそうに笑う。

「いやはや。あなたがいるからこんな貴族位に居続ける理由ができる」

「多くの人が喉から手が出るほど欲しいと思ってる地位ですがね」

「欲しければくれてやりますよ。そうなったら僕はどこか小さな田舎の村でひっそりと暮らします」

「あなたを見つけるのは簡単そうだ」

 国富の公爵が自分の髪の毛を掻きながら言う。

「この髪は目立ちますからね」

「閣下。御髪が乱れます」

 後ろでヴィーヌが櫛を取り出して手早く元の髪型に戻す。

「そういえば、今日はラトさんはおられないのですか?」

「ラトもマーサも私の留守を頼んでいます。あなたにスカウトされて引き抜かれては困るので」

「ハハハ。どんなに僕が好待遇を用意してもあの二人は僕の所に来てくれないじゃないですか」

「ありがたい限りです。こんな私に尽くしてくれるんですから」

「いやいや、この国で一番人望があるのはあなたですよ、国守の公爵閣下」

「あなたほどではありません」

「僕についてくる人間の少なくとも半分は金が目的ですからね。きっと事業に失敗して無一文になったらほとんどの人間は僕から離れて行きますよ」

「いつになく弱気ですね。それにあなたがその気になればすべてを放棄してもすぐに元の位置まで登り詰めるでしょ」

「買いかぶりすぎです」

 国富の公爵が少しさみしそうに肩をすくめて見せる。それを見ても公爵の表情は筋肉一つとして動かない。

「そうやって寂しそうにしても駄目ですよ。何年あなたと同じ公爵やってると思ってるんですか」

 それを聞くと、少し伏し目がちにしていた国富の公爵がいたずらっぽく舌を出して見せる。

「いやはや。敵いませんね」

「こちらのセリフですよ」

 皺の目立つ顔に苦笑を浮かべる。

「あ、そういえばひとつお願いがあるんですが」

 国守の公爵が顔を引き締めてもう一人の公爵に話を振る。

「なんなりと」

 国富の公爵はその言葉を聞くと、興味深そうに目を輝かせる。

「実は―――っ!?」

 口を開いてすぐ、まず最初に国富国守両公爵が気付き全身から警戒心を剥き出しにする。そして近くにいた“魔法”を使える人が全員、一つの方向を向いた。

 国守の公爵は足早にその方向に歩を進め、国富の公爵もそれに追随しながら指先だけで傍らに立っている筈の見えない男に指示を飛ばす。


 その方向は先程ツツィーリエが向かった食事が用意してある卓の方向だった。


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