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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 75

 公爵は人混みに紛れていく娘を横目で確認しながら、深く息を吐いた。

「閣下。どうされました?」

 2の侯爵が公爵に声をかける。

「ん?いや、どうもしないよ。娘はこういう場に出るのが初めてだから、大丈夫だろうかと思っただけ」

「閣下は心配症ですな」

 からからと笑いながら1の侯爵は既に新しい酒を持っていた。

「女性の方がこういう場には早く慣れるものですよ。今となっては私よりも妻や娘の方がこういう場のしきたりには詳しい位です」

 と言って、上機嫌に酒をあおる。

「閣下は御令嬢の事より御自分の事を心配された方が良いですよ」

 公爵の後ろからうっそりとした声が聞こえて危うく1の侯爵は飲み込んだ酒を吹き出しそうになった。その声を発したのは3の侯爵だ。手には何も持たず、雰囲気からしておそらく何も食べていないだろう。落ち窪んだ目と痩せぎすな体格の侯爵を見て、1,2の侯爵両名の表情が少し苦いものになる。

「ゲッホ………3の侯爵か。その痩せた枝の様な姿を見せるな、みっともない」

「みっともないかどうかは自分の腹を見てから言うんだな」

 1の侯爵が眉を上げて怒りのレベルを上げようとするのを3の侯爵は無視するように報告する。

「閣下。赤将軍と青将軍が公爵閣下のパーティー参加に気付いたようです。そろそろこちらに来られると思います」

 その言葉に、2の侯爵が吐き捨てるように呟く。

「“山賊”のお出ましか」

「よしなさい」

 公爵が2の侯爵を窘めた。2の侯爵は背の高い体を少し縮めるが、目の中の光は明らかに敵と対峙した時の様な攻撃的なものになっている。

「どうせ挨拶はしないといけないと思ってたんだ。あっちから来るんなら別にかまわない」

「あと、赤将軍の方が公爵閣下を酒で潰してしまおうと考えているようです。手近にある酒を片っ端から持って来てこちらに来ています」

「青将軍の方は?」

「特に何も。彼女は今日、完全に聞き役に徹しています」

「分かった。ありがとう」

 3の侯爵は身を引きながら一礼し、またパーティーの人混みの中に戻って行った。

「ふん。黒い蛇がこそこそしてるのはあまり愉快では無い」

 1の侯爵が3の侯爵が見えなくなってからそんな言葉を酒の息とともに吐き出した。2の侯爵も先程までわずかに見えていた上機嫌な雰囲気を一気に陰らせている。

「君たちも人の好き嫌いが激しいね。そんなことを言うから彼も君たちの事を筋肉狂信者って言うんだよ」

「そんなことを言ってるんですか?」

「君たちも同じようなものだろ?あまりにも度が過ぎるんなら考えがあるからね」

 公爵はうんざりしたように釘をさすと、ウェイターから飲み物を受け取る。

「赤将軍の件、どうしますか?なんでしたら私たちが代わりに飲みますが」

「別にかまわない。酒を飲ませるんならあっちも飲まないといけないだろ。馬鹿なことを考える者にはそれ相応の報いがある」

 甘く清涼感のある果汁が入った液体を喉に流し込むと、視界に入ったウェイターを手招きする。足早に近づいてくるウェイターに杯を渡しながら、自然な動作でその耳に耳打ちをした。その耳打ちを受けてウェイターが笑いながら頷く。

「はい。それでしたらご用意できます」

「じゃあ、お願いするよ」

 ウェイターは恭しく一礼してから会場の奥の方へと歩いて行った。

「何を頼んだんですか?」

「ちょっとね」

 公爵はその言葉への反応をいつもの頬笑みを少し深める程度の表現にとどめる。

「閣下がそういう顔をなさった時は大抵私たちが驚かされるんですよ。なぁ、2の侯爵よ」

「全く」

 といった2の侯爵が人混みを掻きわけてこちらに進んでくる大柄な男に一番最初に気が付いた。

 その男は金属の肩当てと胸当てで右半身から腰にかけて覆って反対側は筋肉を剥き出しにした状態で現れた。頭には赤い巨大な羽根飾りをつけ、吊りあがった眼には刃よりも鋭い牙をもつ鮫を想起させる暴力的な色を帯びている。身長は2の侯爵といい勝負だろうか。だが、より豪気な筋肉を纏い周囲を威圧するかのように胸を張る姿は、見るからに自分に自信があることをうかがわせる。歯をむき出しにして取り巻きを相手に笑っていたが、白髪交じりの銀髪の下に不変の頬笑みを浮かべる公爵を見た瞬間に興味の対象が切り替わった。

「お、公爵!珍しくパーティーに参加されているという話を聞いたんで見ておこうと思ってたとこだったんだ」

 見下ろす様に胸を張って公爵と対峙した。その言葉遣いに周囲が眉を広める前に、その巨大な筋肉の背中を思いっきりぶん殴ってよろめかせる者がいた。

「アロジ。閣下に対する言葉遣い、気をつけろ」

 その言葉端に本気の怒気を込めながら叱責するのは、青いドレスを身にまとった女性だ。青いスカーフを頭に巻いて自身の茶色い髪と絡めて背中に流している。身長はさほど高くないが、この会場にいる大抵の女性の様な細い腰では無く、戦士として常日頃剣を振っているのが分かる肩幅と手だった。そして見たら決して忘れる事の出来ない特徴として、額から片方の眼にかけて巨大な爪で襲われた様に抉れた傷口が広がっていた。片方の眼は完全に潰れている。しかし、その事を全く意に介さない力強い足運びと口調はその傷口以上に人の記憶に残った。

「す、すまん、オルアンナ」

 その怒りの言葉と行動に大男は体を小さくして謝罪した。

「私に謝ってどうする。閣下に謝れ」

 オルアンナと呼ばれた青将軍は赤将軍の頭をガッと掴むと子供にさせるように無理やり頭を下げさせながら自身も頭を下げる。

「申し訳ない。アロジが無礼な口をきいた」

「気にしていないですよ、青将軍殿。赤将軍殿も」

 その口調と行動の激しさに周囲の貴族が身を引く中、公爵と2の侯爵は慣れているように平然としていた。

「あなた方の国の行動は我々のそれよりも激しいので周囲が怖がってしまいます。頭を上げてください」

 青将軍は周囲を見渡して赤将軍の頭の上から手を離すと、改めて礼をする。

「これは失礼。国の癖でつい。それにしてもお久しぶりですね、国守の公爵閣下」

「えぇ。友好条約締結の調印の際にお会いして以来でしたか?」

「いえ、私たちの将軍就任式に来ていただいた時以来かと」

 にこやかに笑って見せる青将軍に公爵が笑みを深める。

「相変わらず印象的な声だ、青将軍殿。あなたに指揮されればそれだけで兵士の士気が上がりそうだ」

「そうだとありがたいんですが。どいつもこいつも男は腰ぬけばかりで困ります」

 彼女は無意識に自身の傷口を触りながらまだ小さくなっている赤将軍を見下ろす。

「いつまで小さくなっているんだ」

 赤将軍はその言葉を聞いて、何事もなかったかのように最初の胸をそらした体勢に戻る。

「お、2の侯爵だな。こちらも久々だ………ですね」

 青将軍の眼光が鋭くなったのを見て赤将軍の語尾が難着陸した。

「えぇ。お久しぶりです」

 先程の敵意のある目線は隠してにこやかに挨拶してみせる。

「お元気そうで何よりです」

 2の侯爵は赤将軍が持つ大きなジョッキに視線を向けた。

「ん?あぁ、そうだ」

 赤将軍はその視線によって自身の目的を思い出したのか、近くの部下らしき人間が持っていたジョッキをとると公爵の方にわたす。

「閣下、せっかくお会いできたんだ。一緒に酒を飲もう」

 歯をむき出して笑いながズイッとジョッキを近づけてくる。

「そんなに飲めませんよ」

 公爵が苦笑しながらいったん断ろうとする。

「飲まないのですか?」

 それを見た青将軍が、つぶれた方の目で公爵を見つめた。

「………弱ったね」

 公爵はため息をつきながらジョッキを付け取る。公爵の顔ほどもあるジョッキだ。その中になみなみと濃いアルコールの匂いがする液体が注がれていた。2の侯爵が目線だけで自分が飲むというようなことを公爵に訴えたが。

「2の侯爵も、どうぞ」

 と青将軍が2の侯爵が断ることのできないタイミングで同じような大きさのジョッキを渡す。すでに彼女は酒の入った同じジョッキを持ちあげている。2の侯爵は目を細めながら両将軍を見つめ、ジョッキを持つ手に力を込める。

「じゃあ、まぁ乾杯」

 公爵がジョッキを掲げると、赤将軍と青将軍が同じようにジョッキを掲げだす。

「何について乾杯しようか」

「我々とこの国の友好に対して乾杯しよう」

 青将軍はしれっとそのような事を言う。2の侯爵はその言葉に対して眉毛一本たりとも動かさない。

「では、これまでと、これからの末永い友好を願って」

 四人が力強く杯を打ち鳴らす。強く金属がこすれるような音がして、まるで火花が散ったように見えた。

 赤将軍と青将軍はこれまでも大量に飲んでいただろうに、そのことを全く気にさせない飲みっぷりで一息に飲みほした。2の侯爵もそれに負けまいと喉を鳴らして飲み干す。

 赤将軍がジョッキを傾けながらちらっと公爵を見た。

 公爵は、他の三人と全く変わらないペースでなみなみと注がれた酒を飲み干していた。

「ほぉ……」

 その飲みっぷりに青将軍が思わず息を漏らす。

「おいしいお酒をありがとう」

 公爵は飲み干すと、そのジョッキを近くを回っていたウェイターに渡した。

「いやいや、もっと飲み明かそうじゃないか、公爵閣下」

 赤将軍は豪快に笑いながらもう一つジョッキを渡そうと近くを探す。その赤将軍の言葉を聞いた公爵は、困ったような笑みを浮かべる。

「弱りましたね」

 その表情を見た青将軍はしばらく黙っていたが、何かに気づいたように赤将軍の背中のベルトを引っ張る。

「アロジ。あまり閣下を引き留めては悪い。またの機会に――――――」

「そうあまりそちらからばかり杯を受けていてはこちらの立場がありません」

 その青将軍の言葉を遮るように、公爵が言葉をかける。青将軍はその言葉の中に、隠された毒を本能的に感じ取った。だが、赤将軍はまったくそのことに気づかない。

「なんだ、確かにそうだ…ですね。てっきり閣下がこれ以上お飲みになれないのかと思いました」

「いやはや。限界まで飲む年齢でもないですが、今日はせっかくの再会ですから」

 公爵は浮かべる笑みをわずかに深くする。タイミングよく先程公爵が耳打ちをしたウェイターが白い陶器製の瓶を三つ、お盆に載せてやってきた。

「公爵閣下。お持ちしました」

「ありがとう」

 公爵が待ってましたと言わんばかりにその白い瓶を受け取ると、そのまま興味深そうにその瓶を見る赤将軍にそれを渡す。

「私の好きな酒です。ぜひ一本」

「このまま飲むんですか?いやはや、俺好み、いや私好みです。一々杯に移し替えるのは億劫で」

 公爵はその陶器の瓶を青将軍にも差し出す。

「さぁ、どうぞ」

 青将軍が公爵を睨むように見つめると、奪い取るようにそれを受け取った。

「では乾杯」

 白い瓶を持った三人が、澄んだ小さな音を立てて乾杯する。赤将軍は物珍しそうに瓶を摘まむと、そのまま一息にあおった。煽りながら、彼の目が大きく見開かれる。

「お、これは―――」

 おいしい、と続けようとした瞬間、膝から下が消えたかのようにその表情のまま膝をついた。赤将軍は力が抜けた足を見て愕然とした顔になる。青将軍も崩れ落ちた同輩を驚きに見開いた片目で見つめた。 

「おやおや、赤将軍。だめですよ、一気に飲んだら。その酒は慣れてないと強すぎますから」

 

 赤将軍の巨体が崩れ落ち周囲の視線がそちらに集まった瞬間、公爵の指先が赤く光り瓶の中から透明な揺らぎが外に拡散していった事に、何人が気づいただろうか。


「糖度の強い青群果の酒ですけどね。色が飛ぶくらい濃縮させたものなんで、慣れていないとなめただけでひっくり返りますよ」

 公爵はそういいながら瓶の中身を甘い水でも飲むように簡単に飲み干した。

「青将軍殿は、ゆっくりお飲みになったほうがいいですよ」

 皺の浮いた目尻を細めて見つめる公爵の視線を真っ向から返して彼女は睨むが、何とか起き上がろうともがいている赤将軍のほうに視線を移しながら答えた。

「いえ、閣下から直接受け取って同輩が飲みほした酒をちびちびと飲むわけには行きません」

 と言って青将軍も傷でえぐられた眼で瓶を睨むと、勢いをつけてそれを飲み干した。瓶をおろし、歯を食いしばってしばらくこらえていたが、血走ってはいるが正気の目で公爵を見上げる。

「閣下。アロジを控室に連れて行く必要がありそうですので、少し失礼させていただきます」

「どうぞどうぞ。先に言っておかないといけませんでしたね、この酒を飲むと潰れるよって」

 青将軍は無言で一礼すると、生まれたての熊みたいにその場で崩れ落ちそうになっていた赤将軍に肩を貸して起き上がらせた。そして将軍らしいきびきびとした指示を周囲の部下に出してその場をあとにした。

 その様子を呆然と見ながら、2の侯爵が公爵に尋ねる。

「何したんですか?」

「ん?何もしてないよ。ただ、青群果酒の最濃原酒を煽っただけだよ」

 2の侯爵の顔が一瞬信じられないようなものを見るような目で公爵が持つ瓶を見つめ、大声で笑い始めた。

「それは、赤将軍といえどもひっくり返りますね。あれは飲み物ではないですよ」

「いやはや。でも青将軍強いね。あれ一気に飲んでちゃんと歩ける人間初めて見たよ」

「閣下もお飲みになったではないですか。そんなにお強いとは知りませんでした」

「あぁ、これはね」

 公爵の指が仄かに赤い燐光を出してまるで火花のように瓶に吸い込まれていった。

「飲めるように酒の成分を飛ばしたから。こんなのそのままじゃ飲めないよ」

 ほぅ、と2の侯爵が感嘆の息を吐く。

「………ん?じゃあ、最初に赤、青将軍と飲んだ時もそうしたんですか?」

「うん。乾杯の音にまぎれてわからなかっただろ?」

 2の侯爵が腕を組んで尊敬の目で公爵を見た。

「でも君たちと最初に乾杯した時はやってないよ?」

 楽しそうに笑って見せる。

「恐れ入りました」

「こんなところで酔いつぶれてられないからね。まだ、本番が残ってるんだ―――」

 と上機嫌に言葉をつづけようと口を開いた瞬間、何かに気づいたように顔が引き締まる。

「閣下?」

 2の侯爵が訝しげな顔をしたのと、国守の公爵の後ろから声がかけられたのはほぼ同時だった。

「国守の公爵閣下!!本当に来ていただけるとは思いませんでした!」

 周囲のざわめきの中でもひときわ通る、命令し慣れることによって生まれた鮮烈な印象を満々に湛えた声だった。

 その声を聴いた国守の公爵は、普段のあるかなき微笑を浮かべて振り返った。

「お招きいただきありがとうございます」

 国守の公爵が、白髪が混じり光を反射する銀髪を揺らしながら丁寧にお辞儀をし、太陽のように燃える金の色と対峙した。


「国富の公爵閣下」



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