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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 73

 小姓が扉を開けると、まず大量の人が喋る声が耳に飛び込んでくる。続いてたくさんの食べ物と酒、人が入り混じった匂い、最後に会場の光景が確認できた。

 会場の広さはかなりのものだ。国守公爵邸の一階をすべて壊したよりもかなり広い。壁、屋根を支える数本の柱が上から吊るされた多数のシャンデリアと壁に掛けられたランプの明かり、そして月明かりを反射して夜だというのに真昼のような明るさを実現している。入り口となっている門から入ってすぐ下に降りる段差が数段あり、そこで多くの人が歓談していた。巨大な会場の壁沿いにはぐるりと囲むように数段高くなっている通路があり、そこで夜風を感じながら静かに談笑しているグループもちらほら見える。

「凄い人だな、おい」

「そうだね。私が前来た時より参加している人が多くなっているみたいだ」

 公爵は懐から何か取り出すと、案内してくれた小姓のほうを向いて身を屈める。

「案内御苦労さま。手を出して」

「いえ、チップはいただけません」 

 と遠慮しようとする小姓のほうに顔を寄せる。

「もし上司に怒られそうになったら、国守の公爵が下さったものを断るのは失礼だと思い受け取りました、といいなさい。あと、ひとつ教えてほしいことがある」

 少年が顔を向けたと同時にその少年の掌に銀のコインを一枚素早く握らせる。

「このパーティーでの催し物の順番と、一番盛り上がる時間帯を教えてほしい」

「それでしたら、あと3時間ほど後に大規模な大道芸があります。大道芸団のところに直接出向いて交渉されたという事で、国富の公爵閣下が今日参加されている方々に直接宣伝されていましたから多くの人がそれを見るかと」

「ありがとう」

 公爵は手早くもう一枚銀貨を握らせると、小姓の頭をポンと撫でる。

「お仕事がんばっておくれ」

 公爵はそういうと段差は降りず、主会場となっている部分を囲むように作られた数段高い場所の方へと向かった。

 そして公爵は数歩歩いてから後ろを付いて来ている男爵のほうを向く。

「男爵君は会場の方に行きなさい。挨拶しないといけない人もいるだろ?」

「ですが」

「君は私を会場まで送ると誓ったんだろ?無事に着いたから、とりあえず君の仕事は無事に終了だ。帰りも送ってもらえるかな?」

「それはもちろん。あの馬車はもともと公爵閣下のものです」

「ありがとう。とりあえず帰る時刻になったら男爵君に知らせるよ」

「かしこまりました」

「あ、でも私はちゃんと空気を読むからね」

「……?」

「1の侯爵の御令嬢と一緒にいるところを邪魔したりしないから好きなだけ一緒にいてくれたまえ」

「こ、公爵様まで何を仰っているのですか!?」

「良いじゃない、別に。何をためらうことがあるのやら」

「それは………身分の差もありますし、第一恩のある1の侯爵閣下の御令嬢ととそういう関係になるのは……」

 と、男爵は口の中で何やらぶつぶつと呟く。

「律儀だねぇ。まぁ、諦めるならそれまでだ」

 公爵は手を振りながら、ツツィーリエとモヌワを率いてメインとなっている場所を見下ろせる位置に移動していった。男爵はそれを追いかけずにしばらく公爵の後姿を見つめていたが、そのうちメインとなっている会場に降りて行った。

「おいおい、公爵さん。私たちも降りなくていいのか?」

「降りるよ。でも、それよりも先に一通り重要な人物を押さえておきたいと思ってね」

 公爵が悠然と歩いていく先にいた人たちは酒が入っているのか、銀髪の公爵よりも巨体のモヌワのほうに注目していて公爵の存在に気づかない。

「モヌワ。君、便利だね」

「そりゃどうも。こういう風に見られるのは慣れてるから好きにしろ」

 そのうち会場全体が一望できる場所に到着する。

 会場はいくつもの集団とその間を流れる人の流れで構成されていた。集団は中心となる人物がいたり、人気の食事が用意されていたり、美しい女性がいてその周りを若い貴族が囲んでいたりといろいろな様相を呈している。その集団の間を揺蕩う人たちも、酔っ払って集団を離れる人や、集団に入り損ねて入れる場所を探している人、あるいはただひたすら食事を食べるために場所を巡っている人、様々だ。

「ツィル。今から言う人の顔をよく覚えておきなさい。自国の貴族はそのうちいくらでも顔を見ることがあるけど、今回は他国の国防において重要な役割を持つ人がたくさん出席している。その中でも重要な人を教えるから」

 ツツィーリエは赤い目を細めてうなづく。

『じゃあ、いくよ』

 公爵はツツィーリエのごく近しい者しかわからないように暗号化されている指文字でツツィーリエに意思を伝える。

『まず、あそこの中心部にいる、赤い羽根飾りをつけている大きな男と、その脇にいる青い大きなスカーフを巻いている女性が見えるかい』

 ツツィーリエは示された方向に目を凝らす。会場は広く、人の区別がつくほどの距離ではないが、それでも言われた人間の格好はすぐにわかった。

 一人は、モヌワほどではないにしろかなりの巨漢だ。周囲から頭一つも二つも飛び出ており、その飛び出た頭に巨大な赤い羽根飾りをつけている。腕も子供の胴体程に太く、笑い声は上げるたびに周辺の音がかき消されるほどだ。彼は常に大きなジョッキに飲み物を持ち、それを何かの拍子に一息で空けては、周囲で給仕をしている使用人を呼び寄せて新しい飲み物を入れさせていた。中身は明らかに酒だが、まるで水でも飲むように飲み干す姿は周囲の注目を明らかに集めている。

 対照的にもう一人の方は背も小さくどちらかといえば華奢な背格好だ。顔はよく見えないが、茶色い髪を後ろで無造作にまとめ頭に巻いたスカーフと合わせて背中に流している。ドレスもスカーフに合わせて青い。遠目に見て何より印象的なのは、隣の男が陽気に喋る分彼女は口を閉ざして周囲の声をよく聞き、さらに隣の男と全く同じペースで酒を飲み続けていることだ。

『彼らは、この国の山側の国境で接している国の将軍、二人だ。正式な名称はあるんだけど、青将軍と赤将軍と呼ばれている』

『他の色もあるの?』

『今日は来ていないが、国の防衛を任されている緑将軍ってのもいる。でも彼はあまり外に出ないから、あまりその名では呼ばれないね』

『山側の国境って、いっつも小競り合いが起きてるんじゃなかったっけ?』

『あぁ。表向きはあの国と我が国の中は良好ってことになってるけど、山賊に見せかけて常に2の侯爵の防衛圏に侵入しては領土をかすめ取ろうと動いている国だ』

『侵略?』

『いや、そこまではしないだろう。彼らの国の木材は良い船を作るのに有用で高く売れるんだけど、彼らの国は海に接してない。最短で海に出ようと思うとこの国を通る必要があって、そのたびに通行料をとられる。だから、海側に通じる道を確保するために山側の国境を削り取って海に道をつなげたいって思ってるらしいよ。こちらとしても収入が減るのは非常に困るから2の侯爵を配してるわけ』

 次に公爵はそこから少し離れて、壁際に位置するひときわ大きな集団の中心を指さす。

「あそこにいる赤い髪の女性、見えるかな。一番きれいな女性だ」

 こちらもすぐに目がついた。

 ゆるくウェーブのかかった赤髪は丁寧に手入れされて出来た髪の光沢と相まって、遠目に見ると炎が苛烈に燃えてるように見えた。ドレスも赤を基調として統一され、彼女が動くたびに虫を誘う炎が揺らめいていた。距離が離れているにもかかわらず彼女の顔の造作が非常に整っていることがわかる。少し厚めの唇に、少し吊り上った茶色の瞳、試すように笑う真っ赤な唇。一挙手一投足に高い教養が感じられ、どちらかというと高嶺の花の様な印象だが周囲と喋る姿は存外に人懐っこく彼女の周辺では気持ちの良い笑いが絶えない。

『彼女は先の二人とは逆側、辺境伯担当区域の国境で隣り合っている国の大使だ。あの国の大使はかなり特殊でね。事務仕事を専門とする補佐官と、高級娼婦、二人で一組の大使として各国に派遣される』

『娼婦?』

『高級娼婦だ。大使として非常に強い権限を自国から任されている。もちろん赴任国の重鎮と彼女たちの本業で以て交渉することもあるがそれは最後の手段だ。基本的に彼女たちは高い教養と、美貌、周囲と円満な関係を築く能力を買われてこの任についている。その大使任務付きの高級娼婦の中でも彼女は飛び抜けて優秀だ』

 公爵が小さく指を鳴らした。その一瞬後、注目していた女性がこちらのほうに視線を向けた。

『彼女は周囲にものすごく機転が利き、勘も鋭い。おそらくあそこで楽しそうに笑っている間も、会場の端で何が起こっているのかなんとなく把握しているだろう。この距離でも私たちに気づきかけた』

 その女性は公爵たちの方をじっと見つめているが、何も見つけられなかったように一瞬憮然とした表情を浮かべ、すぐに楽しげに談笑を再開した。

『まだ気づかれては困るから少し見えなくなるようにしたんだ。危ない危ない』

 公爵が楽しそうに笑うと、また注目の対象を変える。

『グループに属さずに、いろんなところに現れては少し楽しそうに会話に加わってすぐに集まりを離れる人たちが見えるかな。5,6人いるんだけど』

 そういわれてモヌワとツツィーリエが目を凝らすと、確かに流れに従って揺蕩っているものの自然とどこかのグループのものと喋ってすぐに離れる、黒いマスクに黒いスカーフを首に巻いている集団があった。彼らの肌が浅黒く、明らかにこの国の人間ではないことが分かった。その集団は周囲が目を離している瞬間に目を合わせて小さくうなづくと、またその流れを繰り返している。

『海を介して我々と接している国の大使達だ。彼らは便宜上大使と部下と名乗ってるけど、基本的にはあの集団の中に身分の差はない。皆が同じように考えて、ただひたすら自国の利益のために働く。彼らの中で一人が欠けたら本国から新しく補充される。彼らの国はたくさんの島国が集まって一つの共同体を作ってる国家でね。周囲の情報を集めるということに非常に熱心だ。この手のパーティーでは一口も食べずにひたすら談笑と称してさまざまな情報を聞いて本国に送ってる』

 ツツィーリエは一時も休まずに楽しそうに笑って見せるその数人の男たちをじっと見つめていた。

『とりあえず、隣国と我が国との主要な橋渡し役を三組紹介したけど、共通点は何かわかるかな?』

 ツツィーリエは手を落ち着かなげに開閉を繰り返す。

『全員魔法が使えるわね』

『正解。頭に入れておいておくれ』

 ツツィーリエは変わらない表情で公爵の方を向くと、指と頭両方で同時に頷いた。

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