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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第3章 お目見え
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奴隷の少女は公爵に拾われる 67

「え?国守の公爵に動きがあった?今?」

 朝、ちょうどマーサたちがツツィーリエを連れてデックの家に向かった数分後に国富の公爵に報告が走る。

 国富の公爵は自室の机で書類の確認をしているところだった。執務室とは違い機能性よりかなり外観を重視している部屋だ。毛足の長い絨毯は廊下に敷かれているものとはまた違う二層構造になっていて、めくるとまた違った物語が紡がれる高度な技術が用いられた飾り絨毯になっている。壁には豪奢なタペストリーや獣の剥製が飾られ、天井からつるされている照明は朝になり明かりが落とされても見るからに光り輝く素材で作られていた。

 部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドには公爵ではない誰かの膨らみが寝返りを打っているのが見える。

「どこに行ったって?」

 その寝床にいる者を起こさないように小声で報告を聞く。公爵の周囲には人影は見えないが、公爵の耳元で何か空気が蠢いているのがわかった。

「デザイナーの所?今から衣装作るつもりなのかな。間に合うか…?」

 端正な顔立ちに朝にもかかわらず整えられた長めの金髪、考え込むように細められた目の奥では碧眼が光を放っている。簡素な寝間着姿だがその素材は一瞥すれば最高級の絹と綿を合わせた素材で作られているのがわかった。

「国守らしからぬミスだね。……まぁ、彼がパーティーに参加するのは久々だからしたかないか」

 耳元でまた空気が蠢く。

「ん?公爵邸が留守になるかもしれない?…まぁ侵入したければすればいいよ。たぶん無理だが。国守がそんなミスするようなら僕は失望するね」

 公爵の言葉を最後まで聞くことなく、報告をした見えないものが体を引いて外に飛び出した。

「血気盛んだね。彼は若いのかな?」

「それなりに若い」

 公爵の後ろで先程の報告をしたものよりもなお深く存在感を消していた男が透明な空気を裂くように姿を見せる。その存在感の消し方は先程報告した者ですらそこに男がいることに気づかなかったに違いない。傷だらけの険しい顔を何者かが出て行った方向に向けながら、小さく溜息を吐く。

「フーガも大変だね」

「あんたに同情されるいわれはない。あとさっき出て行ったものは途中で止める」

「別にいいのに。国守の公爵邸に何者かが侵入、捕縛のちに自害、ってなったら面白いし」

「お前はそういうことを―――」

 フーガが何か言おうとした瞬間に霞に紛れるように彼の姿と存在の音がすべて掻き消えた。国富の公爵が怪訝な顔をすると、奥のベッドで寝返りを打っていた膨らみが掛け布団を羽織ったまま伸びをする声が聞こえた。

「ヴィーヌ。よく眠れたかい?」

 ベッドの天蓋から掛けられら布の仕切りがめくられ、掛け布団を巻いた女性が現れた。豊かな茶色い髪を垂らし、紫がかった眼で公爵のほうに流し目をしながら近づいてくる。

「えぇ。とってもよく眠れました」

「それは良かった」

 女性は公爵の肩にしなだれかかり、公爵が見ている書類を肩越しに確認する。

「公爵さまは眠れましたか?」

 耳に息を吹きかけるように女性が公爵に話しかけた。公爵はくすぐったそうに笑いながら女性の唇に軽くキスをする。

「あぁ。なかなか眠らせてもらえなかったけどね」

「公爵さまが悪いんですよ」

 女性が公爵の耳を噛むように近づくのを苦笑しながら遠ざける。

「ヴィーヌ。誘いに応じてもう少し君とベッドの中にいたいところだけど、パーティーまであと少しだ。君に働いてもらうよ」

「残念ですわ」

 寂しそうに唇をとがらせて見せるヴィーヌの唇にもう一度キスをすると、腰に手を添えてベッドまで優しく導いた。ヴィーヌはゆったりと歩きながらベッドの脇にたたまれた自分の替えの服を手に取ろうとする。と、公爵がヴィーヌの体を抱え上げ、抵抗する間を与えずヴィーヌを横たえた。驚いた表情を見せるヴィーヌを満足そうに見下ろしながら公爵がささやく。 

「まぁ、少しだけなら時間を作れなくもない」

 ベッドの横でほんの微かに溜息が漏れたが、それを聞いたものはいなかった。




「あぁ。間に合った」

 顔に疲れの色をあらわにしたデックとムクラは、安堵の溜息をつきながら目の前にいる衣装を着た二人を見た。

 それは夕日を纏っているように見えた。

 ロングドレスの喉元から肩にかけては黄色がかった強い赤で、そこから流れるように少しずつ青が強さを増して裾の部分は黒になっている。上半身は体の線に沿わせて作られ、腰から流れる部分はぴったりとしながらも三層に重なって歩く度に夕日に照らされている凪海が僅かに波立つように揺れた。特に模様などはないが、ドレスの上半身の部分には金の糸が輪状に刺繍され日輪の軸になっている。

 ドレスには肩から袖がなく、代わりに肩から延びて中指に掛けるぴったりとした付け袖を付けている。色合いはこれも体の中心に向けて光の強い赤になるのだが、ドレスよりも早く黒が始まり手首から手の甲に掛けては黒がすでに始まっていた。その付け袖はドレスよりも光沢があり艶があった。その艶のある袖が映えさせているのは、背中に流れる真っ黒い髪だ。両耳の後ろを虎の紋を象ったヘアピンで止め、後はまっすぐ癖のない髪が背中の中頃までしっかりと流れている。よく見ると髪には銀の糸が通り、彼女が動くたびに夜が始まった時独特の月明かりを演出している。

 何より印象的なのは、すべてのデザインの中心になっているツツィーリエの紅玉のような目だ。吸い込まれそうに透き通った赤を囲む白とその中心で対比するかのように真っ赤に輝く赤い目。白い肌と黒い髪、そして僅かに乗せられた唇の紅と眼から光が出ているかのように染められた布にも囲まれ、更に強い光を発しているように見える。

 対して公爵は夜を着ているようだった。

 公爵は襟の部分が濃い藍色で、裾に降りるに従って徐々に黒が強くなる上着を軽く羽織っていた。よく見るとその上着には銀の刺繍が光の加減で浮かび上がるようになっており熱のない光に照らされた雲が夜闇の方へと伸びて行っているように見えた。上着の下に来ているのは上着よりは少し青に近い群青で、小さな銀の粒が不均等に散らばっているのが見える。タイは当然のように黒、星空を横断するように黒い帯が引かれていた。公爵の銀に白が混じった髪の毛は後ろに向けて撫でつけられ、目立たないように虎の紋用のピンで一点だけ止められている。

 公爵に似合うように全体的にぴったりと設えられた服を着ると細身の体がより引き立てられる。年齢を感じさせる顔の皺と撫でつけられた銀髪、何があっても揺らがない灰色の目がまるで強烈な引力を発する月明のようだ。

「窮屈だね」

「文句言うんじゃねぇよ。もう直さねぇぞ。お前この前の計測の時よりも痩せやがって」

「痩せるのは私の責任じゃないんだけど」

「食べるのはお前だろうが。そのうち骨になって死ぬぞ」

「みんなそうでしょ。死んだらみんな骨になる」

「そういう意味じゃねぇよ」

 デックは疲れた様子で溜息をつく。

「おちびちゃんも、着心地はどうだい?といっても今夜のパーティーに間に合うくらいのことしかできないから何にもできないけど」

 窓の外はすでに太陽が昇り切り、外からは人の行き交う音が聞こえた。

 ツツィーリエは首元が気になるのか触ろうとするが、そのたびにムクラに止められる。

「伸びちまうだろうが。そこは緩めないぞ」

 鏡を見たツツィーリエは自分の姿自体には特に不満はないようだが、公爵と同じく窮屈そうだった。

「お嬢!」

 モヌワがツツィーリエからいつもより少し離れた所から感動したように声をかける。

「お綺麗ですよ!」

『なんでそんなに離れてるの?』

 モヌワは自分の手が届かない位置に不動の意思を以て立っていた。

「いや、私が触ってそのきれいな服が破けでもしたら………」

『気にし過ぎよ』

 ツツィーリエがモヌワのほうに歩いていく。思わずモヌワが離れようとするが、ツツィーリエがじとっと睨むのを見て動けなくなった。

『ほら、近くで見てどう?』

「お、お綺麗です」

 ツツィーリエはそれを聞いても特に表情は動かさなかったが、モヌワの太い腕を自分の小さな手で優しくたたく。

『ありがと』

「本当にきれいだねぇ」

 公爵が嬉しそうにツツィーリエを見ていた。

「ほら、作って良かったろうが。今度作るときはもっと時間に余裕を持ってから来いよな」

 デックが公爵の背中を強くバンと叩く。

「今度って、あと何年後になるのさ」

 たたかれた衝撃に咳をしながら公爵が尋ねた。

「割とすぐにだぜ」

 ムクラがツツィーリエの服を微調整しながら公爵に返答する。

「おちびちゃんの年齢なら体型も結構変わるだろうし、割とぴったりとした服を作ってるからな。背も伸びて胸膨らんで尻でかくなりゃ服を新しく作らないとだめだろうよ」

「これ、あと何回もするの?」

「頻繁にパーティーに行くなら成長しなくてもほかの衣装も持ってないとだめだろうさ。最低2着は必要だろうし」

「正気?」

「お前は頭が狂ってる人間に自分の服を作らせたのか?だとしたら狂ってるのはお前の頭の方だ」

 ゲラゲラとデックが笑う。そして、何かを思い出したように手をポンとたたく。

「あ、そうだ」

 デックは棚から算盤を取り出すと、無造作に数回弾いて公爵に見せる。

「これ、今回の代金だ」

 公爵はそれを見て一瞬何か言おうと口を開いたが、そこで何か思い出したのか口をつぐみ、黙って机の上に置いていた袋の中から金属がこすれる音がする巾着袋を丸ごと渡す。デックがその中身を確認して、その巾着袋を部屋の奥の暗闇の中に持って行った。

「「毎度あり」」

 ムクラとデックが声を合わせると、そっくりな表情で公爵に向けて笑いかけた。

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