奴隷の少女は公爵に拾われる 61
中は外の壁の混沌とした状態に似た様相を呈していた。窓は閉め切られ、木で作られた壁の隙間から太陽の光が入る程度だ。床には一面にとぐろを巻く服のなれの果てと、服の構想を練った残骸と思われる紙、打ち捨てられた色取り取りのインク。ほとんどが埃をかぶったまま捨てられた状態から動きを止めているのが察せられる。部屋の奥には巨大な机が置かれて、その周囲だけ整理整頓が行き届いている。木の床が見え、棚いっぱいに分類された服飾関連の専門書、机の上には真っ白い紙が置かれて出番を待っていた。
デックは机の奥に見える小さな階段の方に向かって、家が震えるほどの大声で叫んだ。
「ムクラ!起きろ、この役立たず!」
そう叫ぶと、すぐに棚の中を開けてメジャーと小さめの紙を取り出す。そして、まだ入り口あたりで周りを見渡しているツツィーリエのほうを向いて、大きく手招きする。
「そこの小さいの。とっととこっちにこい」
「お嬢に向かって小さいのとはなんだ、チビ」
モヌワが目に怒りの色を浮かべていた。
「小さいんだから小さいのって呼んだんだ。名前も知らねぇのに名前で呼べるか」
その言葉にモヌワが何か言おうと服の残骸を踏み越えて踏み出した瞬間。後ろの階段から騒々しい足音が響いて降りてきた。
「何が役立たずだ、発育不良くそおやじ!」
武器のように絵筆を持って降りてきたのは、上下に繋がった革製の作業着を着た女性だ。まだ20代だろうか。背は割と高く、それに応じた肩幅があった。長い髪を後ろでまとめて頭の上の方から背中にたらしている。黒い目は疲れからか真っ赤に充血し、小さめの顔にはどこかの部族の化粧のようにインクが跳ね飛んでいた。作業着のいたるところも糸くずや、インクの赤や黄色などの色がついている。
「客だ!」
「朝っぱらから客なんかいれんじゃねぇ!頭まで縮んだか!」
「久しぶりね、ムクラ」
小男をさっきのこもった眼で睨みつけている女性にマーサが声をかける。
「あれ、マーサさんじゃん。どしたの、こんなむさくるしいところに」
小男に向かって叫んでいたのとは別人のように落ち着いた声に戻る。
「服を作ってほしいって無理にデックさんに頼んだの」
「無理に頼むだなんて、うちはそれが仕事なんだから。こんなに朝早く来なくてももう少し遅く来ればよかったのに」
「それが急ぎでね。パーティー用の衣装を二人分早急に用意してほしいの」
「急ぎ?パーティー?」
女性は絵筆を持ったまま顎に手をやって考える。
「最近なるとすると…あぁ、国富の公爵のか。って、あと数日しかないじゃん!」
ムクラの表情が引きつる。
「二人分?おやじ正気か!?無理無理。流石にマーサさんの頼みでも」
「公爵の分は問題ない。生地も構想も練れてるから作るだけだ。問題はそこの娘のんだ」
女性がようやく落ち着いた呼吸を取り戻し始めたツツィーリエの方を向く。その視線に対してツツィーリエが赤い視線を返す。
「……娘?」
「公爵の所のな」
「へぇ、どこの女捕まえたんだ?」
「養子だ。種は公爵のんじゃないとさ」
「なぁるほど。確かに髪と眼が違うわ」
女は床のごみを蹴り分けながらツツィーリエの方に近づいていき、少女の目線に合わせるように腰をかがめると、少女の顔をガッと両手で掴んで赤い目に肌が付くのではないかと思うばかりに至近距離でその目を見つめた。ツツィーリエはそのことに対して特に何も思っていないかのように表情一つ変えず見返した。
「ふーん」
赤い紅玉の様な輝きの中身を黒い充血した眼が覗きこんでいる。そして、その後はほとんど痛んでいない光る黒髪を舐めるように上から下まで見つめ、最後にツツィーリエの肌を見ながら眉毛でその肌を撫でる。ツツィーリエは別に嫌がるそぶりは見せなかったが、何をしているのか気になるのか女の方に顔を向けようとしていた。その度に女に顎を掴まれ、正面を向かされる。
細い首の辺りを匂いでも嗅いでるのかと言わんばかりの距離で見つめながらツツィーリエの顎を掴んで顔を固定し続けた。
その余りにも近い距離にモヌワが引き剥がそうと近づいた所でムクラが顔を離した。
「よっし。分かった。オヤジ、構想段階の服の色彩バランスと柄の配置、小物、髪は私に任せろ。オヤジは形のデザインを頼む」
「勝手に仕切ってんじゃねぇ、ウスノロ!」
「何がうすのろだ!小鬼見てぇな不景気な面しやがって」
と言いながら、紙にさらさらと何かを書きだし始めている。
「採寸はお前がやれ」
「当たり前だろうが。女の子だぞ。豚に採寸させるわけにいくか」
「父親に向かってなにが豚だ!」
「父親だろうがなんだろうが豚は豚だ!」
怒鳴り合いながらムクワがメジャーを取りツツィーリエの方に近づく。モヌワほどではないが背の高い女性をツツィーリエが見上げる。
「じゃあ。服脱いで」




