奴隷の少女は公爵に拾われる 53
その招待状を無造作に自分の服のポケットに入れようとして、ふと動きを止める。
「………ふむ…」
動きを止めて、考え直したかのように封筒の中身を開く。
「1と半月後か……」
わざわざ手書きで書かれたものらしい、美しい文字が流麗に流れながら、是非公爵には来て欲しいと、国富の公爵直筆でコメントまで添えられている。国富の公爵のパーティーはこの国でも最大規模のパーティーで、大きいものになると国を挙げてのお祭りなのかと、ほかの国の人間が勘違いするほど大掛かりなものになる。この国の貴族全員はもちろん、各国の大使など現在この国にとどまっている諸外国のしかるべき地位にあるものや、貴族以外の有力者、王族など、正式に招待状が送られるだけで少なくても200人超、招待される側としてかかわるもの、運営側としてかかわる者、それらを合わせるとその十倍は軽く超えるともいわれている。大きな人数が動くだけに金も動き、その金の動きに反応してもっと金が動く。情報を集める場としてだけでも非常に有益な場であるので、招待を受けた多くの者はこのパーティーに参加する事をかなりの優先事項としている。
だが
「んん……」
このパーティーにこの数十年参加していない公爵は、封筒を少し険しくなった顔でにらめっこを開始した。天井が高く広い玄関ホールで一人、唸り声をあげてにらめっこをしていると、外の方から誰かの声が聞こえた。
その声を聞いた公爵は、丁寧に封筒の中に招待状を入れて服のポケットの中へ折れないように慎重にしまう。そして、玄関の大きな扉を開けて外に出た。
太陽はその強さを増し始めており、今日も放たれる光が石の頑健な壁を引っ掻いている。門までのそれなりに長い石畳を無視して玄関を出てすぐに左に曲がると、邸宅の壁と外壁の間を通って中庭の方に向かった。その道は割と頻繁に人が通るようで、正式な道は出来ていないが背の高い草は生えておらず歩きやすくなっている。少し太陽の光を避けるように影になっている所を通りながら、すぐに中庭に到着した。
中庭には、大きな朱果の木が一本生えており中庭に大きな影を作っている。かなり広いその中庭には一部が根菜などの食料となる植物や、薬になる様な植物など役に立つ植物が多く植えられており、観賞用の植物はほとんど生えていない。それらが植えられている場所以外には雑草が繁茂して勢力を強める太陽の光を一身に浴びようと大きく背を伸ばそうとしていた。
その中庭の朱果の木陰に、二人分の影が動いている。先程の大きな声はその二人のうち一人が発したもののようだ。
一人は、朱果の木が少し小さく見える程の巨体を持っていた。一般的な男性の頭2,3個分は高く、頑健に鍛えられた戦士を一回り大きくしたような体格をしていた。まだ公爵の眼からは遠くて分かりにくいが、胸のふくらみと声からその巨躯の持ち主が女性であることが分かる。その女性は大きく手を振って興奮したような声をあげてもう一人に何かを訴えているようだった。
その巨人の話を聞いているのは、ほっそりとした少女だった。外観から想像できる年齢は初成人したてか、その前くらいだろうか。年の割には背が高く、バランスが悪くない程度にではあるが全体的に細い。対峙する巨体の女性の半分ほどの大きさしかないように見える。白いワンピースを着て大きな麦わら帽子を被り、その麦わら帽子の下からは滝のようにまっすぐな黒い髪を背中に纏めて流している。彼女が動く度に髪の毛が楽器であるかのようにさらさらと音を立てていた。朱果の葉陰を映す肌は透き通るように白く、まるで精巧に作られた人形のようだ。表情も人形のように殆ど動かず、唇は殆ど動かない顔の中でも特に動かない。それらの特徴をまとめ上げるのは、生きた宝石の様な赤い色をした瞳だ。はっきりと分かる程に赤いその瞳は、まっすぐ相対する女性の顔を見つめていた。
「お嬢、確かに部屋に籠ってないで外に出ないと体力がもたないとは言いましたけど、草むしりはしなくても大丈夫ですから」
先程から聞こえて来る音には、巨体の女性の声のみで少女の声が全く聞こえない。少女は相手が喋ると、それを聞いてから手を見えるように何やら動かしている。
「なんでって、そりゃ、お嬢のその白くて綺麗な指が土で汚れてしまうからですよ」
女性は何かと大きな手ぶりで自身の感情を表現しているようだ。
『じゃあ、何すればいいの?』
少女は手話で意思を伝えながら表情を変えずに首をかしげる。
「そりゃ、歩くとか」
『意味もなく?』
「歩くのは気持ち良いですよ」
『そういう趣味がある人を否定するわけでもないけど、不毛だと思うわ。それなら庭の草を取った方が有益よ』
「それだと、折角の玉の様な肌が土や日光で汚れてしまいます」
膝間付いて少女の手を取ると、神聖なものであるかのようにその手を仰ぎ見る。節くれ立っていないまっすぐな確かに美しい指だった。手も少女らしい滑らかな肌と白楓の様な綺麗な形をしている。それを持つ女性の腕は、細い少女の腰回りほどあるのではないかと思わせる程の太さで数えきれない程の古傷が見える。手も見るからに硬くてごつごつしている。酷使された手だ。
「草むしりが必要なら私が二人分働きますから」
『そのモヌワと私とで3人分ね』
モヌワと手話で呼ばれた女性は天を仰ぐ。
「良いですか、お嬢。この時期に日の光を浴びすぎると、若さに嫉妬した太陽が肌に悪さをするんですよ」
『太陽が妬く訳ね』
「そういう事じゃないんですよ」
更にモヌワが少女を説得しようと口を開けた所で、公爵が二人のいる朱果の木陰に辿りついた。




