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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 50

 会議室の熱気はかなりのものになっていた。利益を追求する彼らにとって、新たな巨大市場が出現するということは何にも代えがたい幸福を意味する。全員が最初の目的を忘れて新たな商売に心を奪われていた。

(なるほど。何か決定打がなければここで打って出ることはないと思っていたけど、こんな奥の手持ってたんだ)

 顎を無意識に触りながら、公爵は子供のように騒ぐ国富の貴族を見ていた。

(正直このまま話がまとまっても良いかな。伯爵が3の侯爵になれば薬の蔓延は止まるだろうし、忙しくもなって彼自身がやっていた麻薬事業も落ち着くかもしれない)

 思案気な表情をしたまま椅子の上で姿勢を変える。そのままゆっくりと息を吐きながら上を向いた。天窓から入る光が妙に赤っぽい色をして、部屋の明かりと相まって会議室を照らしていた。

「………公爵様。どうされますか」

 公爵の後ろでラトが耳打ちしてきた。公爵はしばらく無言で考え込んでいた。

 そのうち、ゆっくりと口を開いて独り言をつぶやいた。

「まぁ、このままってのは父親として恰好がつかないな。ラト」

「はい」

 公爵の合図とともにラトが持っていた大量の書類を公爵に手渡す。

「えぇ、皆さん」

 公爵の静かな声が、国富の貴族の高ぶった精神に水をかける。

「とても盛り上がっているところ大変申し訳ないのですが、一つ、伯爵と侯爵の貴族位の入れ替わりについて容認できない点があります」

伯爵の耳がその言葉にぴくっとなる。

「…なんでしょうか」

 息を一瞬鋭く吐いてから緊張した声で伯爵が返答した。

「今年の国富の3の侯爵と1の伯爵、二人がそれぞれに挙げた利益に関してですが」

 伯爵が安心したように息を吐く。

「そのことでしたら、公爵の手を煩わせるまでもない。私が今年上げた利益は62400。3の侯爵の上げた利益は確か42000でしたか?」

 3の侯爵は肩をすくめて同意する。

「今年は武器の売り上げが伸びなかったからね」

「私はすでに3の侯爵の上げた利益を追い抜き、2の侯爵にも迫る勢いで利益を上げています」

 勝ち誇ったような表情で伯爵がしゃべる。その言葉に、さっきまで緩んでいた2の侯爵の表情が険しくなる。

「おかしいな、1の伯爵君」

 公爵が手に持っている書類の束で自分を扇ぐ。

「私が得た情報だと、君が挙げた利益は40000のあたりを行ったり来たりしているはずなんだが」

 ざわっと、会議室の空気が変わる。伯爵はその空気の変化に思わず顔がこわばる。

「それはおそらく計算間違いだと思うのですが」

 伯爵がひきつった声を出す

「そうだろうかな。ちょっとこっちに来て書類を確認してごらんよ」

 灰色の目が伯爵をとらえ、男性にしては細い指で彼を手招きする。伯爵は訝しげな表情で円卓を離れると、公爵の脇から書類を覗き込む。

「ほら。君、これも利益として上げてるだろ?」

 公爵が書類のある場所を指さす。

 伯爵は首をかしげながら覗き込む。

 そのまま体全体を凍りつかせた。

「ほら。君らしくもない。これを経常利益として入れたら、それは黒字が60000を超えるさ」

 伯爵の体中から絞り出しているかのように汗が噴き出してきた。口を開くことすらできずに、脂っぽい肌から湧き出す汗が目に入ったことも気づかないくらいに動揺し始めた。

「ほら、ここを、こうしたら、私が言った数字になるんじゃないかな?」

 公爵はラトから受け取ったペンで書類の上にさらさらと文字を書いていく。その文字を壊れたおもちゃのように首を振りながら伯爵が読む。

「どうだい?」

 公爵の無機質な声が、周囲の注目を集める伯爵にかけられる。伯爵は目を泳がせながら何か言葉を紡ごうと口をパクパクさせていた。が、しばらくして肩を落とす。

 そして無言でうなづいた。

「はっきり君の口からききたいな」

 無慈悲に確認作業にはいる。伯爵はかすれた声で

「は…ぃ。その通りです…」

「ありがとう」

 公爵はにっこり笑って伯爵の肩をたたく。

「計算間違いはよくあることさ。伯爵位にして40000の利益を上げるとは大したものだよ」

 伯爵は顔面を蒼白にしたまま自身の席に戻っていく。

「というわけで、彼の利益は3の侯爵とあまり変わらないくらいなんだ。伯爵の提案は非常に魅力的なものだと思うが、節操なく貴族位を入れ替えるわけにはいかない。3の侯爵の部下たちが麻薬におぼれてしまったことを差し引いても、侯爵位からの降格は不適当だとして、3の侯爵自身には引退してもらうということで、彼には責任を取ってもらうことにする」

 国富の貴族はその決定に一瞬異議を唱えるかと思ったが、血の気をひかせて体を震わせている伯爵が視界に入った瞬間にその喉から音のない息を漏らしていった。

「伯爵がもたらした西方への市場拡大の機会は、伯爵自身が確立するか、もしくは彼がより高位の貴族を同行させることで、活かしていくことになるだろうね」

 公爵は後ろで書記をしていたラトに書類の束を渡す。

「では、これにてすべての議題に関しての会議が終了しましたので、貴族会議を終了したいと思います」

 公爵が、円卓に座っている貴族たちを見下ろしながら宣言する。その宣言に応じて円卓に座る貴族たちが全員立ち上がった。

「この度は私の召喚に応じて、数多くの貴族が参加していただいたことに感謝しております。ありがとうございました」

 公爵がしっかり礼をすると、それに応じて国富の貴族はより深い礼を、国守の貴族は最敬礼を返した。


 ラトは、公爵から返された書類を手早く他の書類の束に入れ、鞄にしまっていた。



「いやはや、一時は私の息子に伯爵位を継がせることになるかと思いましたが」

 3の侯爵が挨拶もそこそこに会議室を出ようとする公爵を捕まえて喋りかける。

「信用してくださって助かりました。といってもあなたを引退させてしまう所まで伯爵に好きにさせてしまったのは私の落ち度です」

「どうせそのうち引退していたんだ。それが早くなったところで変わらん」

 いやにキラキラした目で、3の侯爵が公爵に笑いかける。

「とても楽しかったよ」

「また私の先達が一人貴族から退くとは、しょうがないとはいえ悲しいものです」

「公爵閣下も、貴族の中ではかなりの古株ですな」

 公爵が何とも言えない笑みを口の端に浮かべる。

「早く跡継ぎをこしらえんと」

「すでにいるんですよ」

「ほぉ。どこの女性の子だ?」

「養子をとったんです」

「もめごとの種になるようなことを」

 公爵の顔にいつものあるかなき微笑が張り付く。

「下手は打ちませんよ」

「心配はしてない」

 3の侯爵は付き人から杖を受け取り、公爵に軽く会釈した後ゆっくりと会議室をあとにした。二人で喋っている間にほかの貴族は退出したらしく、すでに部屋の中にはラトと公爵の二人だけになっていた。

「公爵様、我々も出ましょう」

 ラトが軽く会議室を片づけながら公爵に声をかける。

「あぁ。そうしようか。待たせてる人もいるし」

 公爵は肩を解しながら会議室の出口に向かう。

 その出口が外側から開き、一回り痩せたように背中を丸めている伯爵が会議室に入ってきた。

「あぁ、ごめんよ。待っていてくれても良かったのに」

 伯爵は口の中でもごもごと何かをしゃべると、彼の付き人から一枚書類を受け取り、それに自分のサインを入れて公爵に手渡した。

「ありがと。良い取引だったと思わないかい?」

 伯爵が歯を食いしばる。


「まぁ、苦労したよ。君が挙げた利益の中から、麻薬によるものを探し出すのは」


 伯爵の濁った眼が強い光を持って公爵の方へと向く。

「どうやって見つけた、んでしょうか」

 歯の隙間から絞り出すような声で伯爵が尋ねた。

「それは秘密だよ。捜査上のね」

 ぐっと伯爵の喉が鳴る。

「でも、これで君は牢屋の中に行かずに伯爵位を維持できて、私は優秀な兵士を一人手に入れられたわけだ。私としては良い取引だし、君としても殺しかけた兵士の雇用契約書一枚で自身の身を守れたんだから。持つべきものは優秀な部下だね」

 伯爵は、それに対して何も言わず踵を返して走り去るように会議室から出て行った。

「とても苦労したよ。これを見つけるのに。うまく隠すもんだね」

「私としては、公爵様の手を煩わせる前に国富の公爵に尋ねればよいのではないかと思ったのですが」

「確かに彼なら金の流れを瞬時に把握するだろうけど、彼を頼りすぎたら痛い目を見る」

 公爵は伯爵から受け取ったモヌワの雇用契約書を見る。

「ツィルへのプレゼントもできたし、父親の面目も保たれた。面倒な会議を招集した甲斐があったよ」

「そうですね」

 ラトが口髭の奥で笑う。

「さて、じゃあ帰ろうか。久々にツツィーリエと一緒にご飯が食べられそうだ」

 公爵は手に持った紙を懐にしまうと会議室の扉を自身で開け、自身の正装を脱ぎながら会議室をあとにする。ラトは開けられた扉をゆっくりと閉め、廊下を歩く公爵の後を追う。

 誰もいなくなった円卓は、天窓から入る夕日に照らされて鮮やかな朱色が踊っていた。

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