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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 48

 会場となった都市中心部の大ホールは大量の人でごった返していた。伯爵以上の貴族と議題に関連する子爵以下の貴族は、国守国富合わせて20人だが、彼らの補佐官や護衛官、秘書と名乗る傭兵や、実際に秘書の業務を行うもの、そしてその補佐官や秘書の補佐官、関連する執務官や会議を進める上で必要な書記官。他にも業者や人が集まる所に商売の価値を見出す商人が集まり、既に100人を優に越え400人は収容できるホールが少し狭くなり始めているのが見える。

「公爵様。用意が整いました」

 その様子を大ホールを見下ろす位置にある張り出したテラスのような場所から、気だるげな表情を浮かべた公爵が無機質な目で見ていた。大ホールのシャンデリアの光に照らされた銀髪は白髪が交じっているためかよりきらきらと光る。顔の造作はそれなりに整っているが皺が目立つようになりそれなりの年齢なのだろうと言う事を窺わせた。灰色の眼と色素の乏しい髪、そして大きな感情の揺れを見せる事のない無感動な表情が合わさり、対峙するものに今何を考えているのかを全く読ませない不思議な雰囲気を感じさせる。

「御苦労さま。それにしても貴族本人が多いね。急な呼び出しだったからあんまり貴族本人ではなく代理のものを立てると思ってたんだけど」

 顎を撫でながら公爵が返答する。

「国富の公爵と国境警備に従事している国守2の侯爵は代理のものを立てていますが、後は本人が来ているようです」

「暇なのかな」

「貴族会議は基本的に全員参加ですからね。それに今回は国守の公爵が主催の会議です。どんな重要な議題が昇っているのかと、興味もあるのでしょ」

 顔をしかめている公爵の傍らに控えるように立っているのは、背筋をぴんと立て卸したての黒い仕立ての良い燕尾服を隙一つなく着こなし、白い口髭と髪を丁寧に撫でつけた執事然とした男だ。手には大量の書類を抱え、仕事をするきびきびとした雰囲気を纏っている。

「とりあえずいくつかほかの議題で話し合ってから、1の伯爵の爵位繰り上げに関して議題に挙げようと思う」

「かしこまりました。3の侯爵にはすでに話を通してあります」

「ありがと。あと、他の議題に関して私は提案するだけで実際の話し合いの主催はほかの子でいいでしょ」

「用意してある議題は、海側国境からの密輸入に関してのものと、西側、山脈側国境での小紛争に関してのものです。前者は国守1の子爵を呼んでありますので彼と、国境警備担当の伯爵に担当してもらう予定です。後者は、国守2の侯爵の代理が現在の情勢に関して情報をある程度開示する予定です」

「あまりめぼしい話題はないわけだ。もう少しセンセーショナルな話題があれば、最後の議題に関してもっとカモフラージュできたんだろうけど。この感じだと、私がこの会議を開催した理由がバレバレだ」

「時間がありませんでしたし、これ以上麻薬の国内での広がりを抑止することができればよろしいのでは?最悪、伯爵と侯爵が入れ替わっても我々としては特に問題はないわけですし」

「そこに犯罪が絡んでこなければね。まぁ、いいでしょ。面倒なことになる前に終わらせよ。さっさとツィルの容体を見たいし」

 公爵は落下防止用の手すりにかけていた上着を手に取る。ラトがそれを恭しく受け取ると、手早くそれを公爵に纏わせる。紺色を主体とした軍服で、普通の軍服と違い袖や襟元、前のボタンに至るまでそれを着用する者が周囲を威圧するくらいの威厳を持つように色や模様、布地に至るまで緻密な計算をされている。心臓の上を中心として彼が挙げてきた数々の華々しい業績を示す無数の勲章と、首筋に軍の最高司令官であることを示す猛々しい虎を象ったバッチが止められている。

 正装をした公爵の姿は、敵の波を前にしても全く動じず的確な指令を淀みなく出していく不動の精神を持ち、力に阿る猛者たちの統率を冷たい声ひとつで掌握してみせる、不動の岩石か永久凍土をその身に宿した百戦錬磨の指揮官だった。彼がテラスから睥睨するだけで、大ホールで談笑に耽っていた貴族たちが一人また一人と口を閉ざし、堂々たる公爵の姿を見上げていく。

「皆さん」

 公爵の静かな声が、静まり返った大ホールの隅から隅まで響き渡る。

「急な呼び出しにもかかわらず、会議へ参加していただきありがとうございます。2、3、貴族間で周知しているべき事柄が発生したと判断したため、急な話で不躾ではありますがこのように貴族会議を開催させていただきました。ここで一通り議題に関しての説明をしてから会議室にて会議を執り行っても良いのですが、今回は皆さま多忙な時間を割いていらっしゃってくださっている以上無駄な時間をかけるのは礼儀に反することだと思います。会議に参加される貴族の方々に関しましては、通例通り、大会議室奥の間で会議を執り行う予定にしておりますので、そちらの方に移動していただきたいと思います」

 公爵はつらつらと丁寧ではあるが有無を言わさない言葉で貴族たちに行動の指示を出すと、上着の裾を翻してテラスの奥に引っ込んだ。その言葉を聞いた貴族たちは談笑を切り上げ、指示に従って会議室に向かう。

「ラト。会議の段取りについて、国守1の子爵とかには話を通してあるんだね」

「はい」

 足早に会議室に向かう公爵とその斜め後ろからまったく同じ速度で付き従う執事が軽く打ち合わせをしている。数分で先程公爵自身が言っていた、大会議室、奥の間に続く扉の前に来た。豪奢な作りの扉は密な材質の木材に丁寧に薬品を塗った独特の光沢があり、見るものに圧迫感を与える。その脇に控えていたホール付きの使用人が公爵を確認すると何も言わずに歩みを緩めずにいられる絶妙のタイミングで扉をあけ放った。

 会議室の中には巨大な円卓と、座り心地の良いクッションが置かれた椅子が用意されていた。下は毛足の長い絨毯、壁には要所要所に絵画などの美術品が飾られている。天井に下げられたシャンデリアからの光と、天窓から取り入れる光を上手に組み合わせて長時間文字を読むにも苦労しない光量になっている。

 そして、その円卓にすでに座っている人影があった。

「公爵閣下。久々にお目にかかります」

 壮年の公爵よりも更に年嵩の男だ。混じりけのない白髪と目尻を中心とした皺の数と深さ、円卓の上に置かれた手指の年季の入りようからかなりの年齢だと推測できるが、眼光の鋭さとしゃんと伸びた背からはまったく年齢を感じさせない。どちらかといえばはっきりとした目鼻立ちで、若い頃の精悍な顔立ちを思い起こさせる。

「これは3の侯爵。早い到着ですね」

 公爵が少し驚いたように目を開くと近づきながら声をかける。

「足が悪いんでね。先に来ていたんだ」

 苦笑しながら自身の膝をさする。その様子を見てすっとお椀の中に入った薬湯を差し出したのは、3の侯爵の付き人だろう。侯爵自身と同じようにしっかりとした眼光を持ち、好感のもてる若者だった。

「そろそろ会議が始まりますが、よろしいでしょうか」

「あぁ。そこの執事さんから話は聞いている」

 3の侯爵の目が不快にゆがむ。

「伯爵が私の周りでちょろちょろしていると思ったら、私の部下の半分以上が薬で捕まったよ。正当な手法で爵位を得るならともかく私の周りを卑劣な手で陥れるやり方には頭にくる。さっさと捕まえてくれんかね」

「あちらも馬鹿じゃないみたいで。なかなか尻尾を掴めない。今回はとりあえず尻尾ではなく本体を手っ取り早く遠ざけるつもりですよ」

「わかってる。あんたより長く貴族をやってるんだ。こういうやり取りも何回も見てきてる。少し頭の聡い人間なら、この会議が何のために行われるかも既に把握してるさ。それを証拠に国富の公爵は早々に代理を立てて高みの見物さ。すでにシナリオの分かっている劇に興味はないといわんばかりじゃないか」

 公爵は肩をすくめる。

「彼は聡い人間の筆頭ですから」


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