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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
奴隷の少女は公爵に拾われる 第2章 黒、銀、茶、赤
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奴隷の少女は公爵に拾われる 35

「毒殺?」

 公爵は驚くと言うよりいぶかしげな表情を浮かべる。一瞬書類の方に目をやり指先で台を叩きながら、眼を細める。

「……その情報はどういう経緯で知ったのかな?」

「私が伯爵の警備のために伯爵邸を警備している時だ」

 モヌワはベッドの上で思い出す様に少し遠くに焦点を合わせる。

「私が巡回経路を少し外れた所を歩いていたら、普段使われていない部屋から人の気配がした。中から小さい話し声が聞こえたんで部屋の中の様子を探ってたら、そこに伯爵と私の知らない人間がいたんだ」

「その話の内容は?」

「細部まできちんと聞きとる事は出来なかった。だが“侯爵に対しての薬の準備は出来た”と言ったのは聞こえたんだ。貴族が使う薬と言ったら毒だろ。その後私がその情報を聞いたのがばれてしまったが、私に対して襲撃があったことを見ても、その情報がかなり重要な計画であるって証拠になるだろ」

 公爵は顎をつまんでしばらく考え込んでいた。その表情にモヌワが疑問を覚える。

「なんだ?疑ってるのか?」

「うん……疑ってるというより………うん…………」

 何か煮え切らないような、悩むというより難しく考えているといったような、最大限頭を回転させているような表情をしていた。

「はっきりしないな。臆したか?」

「モヌワが聞いたのは、一言一句間違いなく、“侯爵に対しての薬の準備は出来た”、っだった?」

「あ?あ、あぁ、間違いないと思う。それ以外の言葉は何か細かい計画を立てているようなぼそぼそした声でほとんど聞き取れなかった」

「…………」

 公爵はツツィーリエのほうを向く。

「ちょっと一枚紙を貸して」

 ツツィーリエがいつも持っている会話用の紙を差し出す。それを受け取ると、公爵は猛然と何かの図形と文字を書きだしていく。

「公爵はどうしたんですか、お嬢?」

 モヌワがものすごい勢いで紙を真っ黒に染めていく公爵を見ながらツツィーリエに尋ねる。

『わからない。けど、なんで毒殺するのかな』

「そりゃ、今の侯爵がいなくなったら伯爵が侯爵に成り上がりやすくなるからじゃないですか?」

『でも、侯爵にも跡取りがいるでしょ?』

「今の侯爵よりは経験が少ないですし、伯爵としても動きやすいじゃないですか」

『侯爵が亡くなった時点で伯爵が動き始めたら、勘の悪い人間でも伯爵が侯爵の死にかかわったと考えると思う。そうなった時、私なら1,2,3の侯爵が連携して伯爵が3の侯爵になるのを阻止する。侯爵の跡取りが間抜けなら話は変わるけど…』

「んん………なら、3の侯爵家の跡取りをもう取り込んでるとか」

『そうなのかな………』

「たぶん違うよ」

 公爵が話の途中に割り込んでいく。 紙に書きたいことを全部書き出した様子の侯爵は満足げにその紙を見下ろしていた。

「ツィル。伯爵が3の侯爵になるための条件ってなんだと思う?」

 ツツィーリエはすぐに文字を書く。

『3の侯爵を上回る業績』

「もう一つある」

ツツィーリエはわずかに口をとがらせて考えると、考えたことを紙に書いていく。

『より上位の貴族の認証』

「その通り。具体的には、国富の1,2の侯爵と、公爵。この三名の認証が必要だ。だが、普通ならこの三名の了承は得られない。業績というのは数年たてば容易に変化するものだから、今業績が良かったところで3の侯爵より優れた経営能力があるといえない。それに、貴族にはそれぞれの位に応じた国務がある。その国務はより上位になればなるほど重要なものになるし、それぞれの爵位を持つ家はそれらの国務に対する処理の仕方を確立している。それらの国益のデメリットを補って余りあるほどの業績を上げるのは無理だ。それこそ伯爵が一人でこの国の国庫に匹敵する純利益を上げるられるなら、話は変わるがね」

 公爵は紙に書き出した表を見せる。

「伯爵が侯爵になるために必要な要素は、正確には4つある。

 3の侯爵と、1の伯爵のあいだでの十分な業績の差が必要な以上、伯爵の業績の上昇、および侯爵の業績の下降の2つは必要だ。これが最も重要になる。

 それと、1,2の侯爵および公爵が同意するに足る何か、具体的には彼らへの利益。これが3つ目の要素。

 もう一つは、1,2の侯爵と公爵が、3の侯爵が、3の侯爵として不適格であると判断する何か、スキャンダル、もしくは彼らの間での仲たがいを誘発するような情報だ。それもとびっきりの」

 紙をペン先でたたく。

「逆に言えば、それら要素以外は伯爵にとっては不必要な要素なんだ。だから、伯爵が侯爵を毒殺するメリットはない」

「跡取りは経験が少ない。それなら業績は下がるだろ」 

 モヌワは先程ツツィーリエにも言った論理を展開しようとする。だが、その言葉を公爵は鼻で笑って一蹴した。

「利益に聡い国富の貴族が、代替わりしただけで業績を下げる?馬鹿言ったらいけない。彼らは金の亡者だと考えたほうが良い。代替わりする跡取りは常に最新の情報を得ているし、経験も常に積んでいる。むしろ代が変わればより野心的な3の侯爵が誕生する可能性のほうが高い。1の伯爵がそんな賭けをするためにわざわざリスクの高い毒殺を選択するとは思えない」

「なら私が聞いた情報はデマか嘘かってことか?」

「それはない。モヌワが殺されかけたのは確かに何か重要な情報を聞いたということに他ならない。最初はそう思わせるためのブラフかとも思ったけど、あの状況でモヌワが生存する可能性は限りなく低かった。モヌワの運の良さに賭けたのかもしれないけど、そのために明らかに戦闘能力の高いモヌワとモヌワを殺すために必要な人的資源を失うのは割に合わない。本気でモヌワの死を願ったんだろうさ」

「じゃあなんなんだ」

 モヌワは自分が命がけで持ってきた情報が思っていたような成果につながらず、少しいらだっている様子だった。公爵はそれを窘めるでもなく言葉を発する。

「モヌワが得た情報は、この表のどこかの要素に絡んでいることは間違いない。この表の要素の中で侯爵に関わっているのは、侯爵の業績、および侯爵のスキャンダルもしくは1,2と3の侯爵との不仲をもたらす情報の2つだ。3の侯爵の業績を下げる薬なんて便利なものがあるのかもしれないが、そんな薬は思い当たらない。集中力を下げる薬はあるがそれは慢性的に業績を下げるには不向きだとなると、業績を下げる要素ではない。となると、残るは、3の侯爵のスキャンダルだ」

「伯爵の薬ってことは麻薬か。なるほど、麻薬中毒者に仕立て上げるつもりか」

「それでは弱い」

 モヌワの表情が明るくなるが、その言葉に対して公爵は素直に頷かなかった。

「彼はおそらく、3の侯爵が麻薬中毒者であり、かつこの国に蔓延している麻薬の流通を取り仕切っている、としたいんだろうね。だから私に麻薬の捜査をして欲しいと願い、わざわざ私を挑発するようなことをしたんだろう。おそらく捜査している間に浮上してくるのは1の伯爵ではなく3の侯爵のはずだ」

「そんなの、国守がきちんと捜査すれば起こりえないだろ」

「普段出回っている薬の方には証拠を残さず、また種類の違う薬を流通させるつもりなんだろ。その薬の流通に3の侯爵がかかわっているという証拠と、その薬への中毒を起こした3の侯爵、その二つが現れるタイミングが巧妙であれば巧妙であるほどだまされる可能性は高い。あとは、1,2の侯爵の親族、もしくは1,2の侯爵自身がその薬の被害者になりかければ(・・・・・・)1,2の侯爵と、3の侯爵との間の不仲を演出できる」

『でも、推測ばっかり』

「確かにこの考えが正しいかどうかは推測の域を出ない。でも、どうせこれからやるのは薬の流通経路の徹底的な洗い出しだ。やることに変わりがあるわけじゃない。警戒する対象が増えるだけだ」

 公爵はツツィーリエの方に手招きをする。それに応じてツツィーリエがモヌワの傍から公爵の方に近寄る。

「おそらくしばらく私は忙しくなる。私はいろんな指示を出さないといけないから基本的にこの家にいるつもりだけど、流石に何回か家を開けないといけない事になるだろう」

 灰色の眼がツツィーリエの瞳をまっすぐ見つめる。

「ツィルはどうする?」

『なんでそんなこと聞くの?』

「この仕事はかなり大きな仕事になる。国富の上位貴族がかなり深く関わってきてるからね。この事件にかかわるなら、ツィルはもう私の跡取りであることから逃げられないし、私も逃がさない。今やめるなら私は他の子を探す。もちろんツィルは私の娘だ。それは変わらない。国守の公爵の紋を、虎の紋を継ぐかどうか。ツィルの意思を聞きたい」

『今更?』

 赤い目をした少女はいつもの表情のまま、ツツィーリエの近くにいる数人しか分からないように省略暗号化された手話を使う。

『今更だよ。私は覚悟もしてない状態でお父さんの仕事の様子を見たりしないし、難しい勉強もしたりしないし、虎の紋を触ったりしない』

 赤い目をした少女は指動かし続ける。

『私はお父さんの娘になったんだから、仕事も手伝う。お父さんが良いと言えば私はお父さんの後を継ぐし、この首に虎の紋をかけるよ』

 公爵の顔が優しく笑い、その手が光沢のある黒髪を撫でる。

「そうか。じゃあ、手伝ってもらおうかな。忙しくなるよ」

 ツツィーリエはしっかりと頷いて自分の意思を示した。

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