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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
6章 初成人の儀
164/164

奴隷の少女は公爵に拾われる 164

ツツィーリエとモヌワは雑貨屋の外に出た。

「お嬢、どうします?とりあえず町の中心の方に行きますか?」

モヌワがそう言いながら横を向くと、ツツィーリエが顎に指を当て、広場の中央に顔を向けている。

「お嬢?」

そのまま、ツツィーリエが歩きはじめた。ツツィーリエは慌てたモヌワを従えながら、何かを確かめるように時折足元の石畳を突っついていた。

「お嬢、何やってるんですか?」

広場の中央に出来た人の少ない空間まで来て、ツツィーリエは周囲を見渡す。

モヌワがもう一度何かを尋ねる前に、ツツィーリエが手を動かした。

『私は何を贈り物として買ったら良いのかしら』

いつも動かない目がわずかに細められ、もう一度首を振って辺りを見渡す。

「とりあえず適当に買ったら良いんじゃないですか?」

薄雲が太陽にかかり、ツツィーリエ達を照らす光がわずかに陰る。

『モヌワ、今の私はなんだと思う?』

「お嬢はお嬢でしょ」

『立場で言ったら?』

「立場、ですか?まぁ、国守公爵の一人娘で、次の公爵、ってとこですかね」

『そのうちそうなるかもしれないわね。でも、初成人前の私はあくまで公爵の娘という立場しかない。別に特別な立場にいるわけではないのよ』

「まあ、正式にはそうでしょうけど」

ツツィーリエが頷く。

『でも、もちろん下手な物も贈れない。本物、というのはとても大事な指標だと思うわ』

モヌワが頭を勢い良く掻いた。

「面倒な話ですね。結局何買ったら良いんですか?」

『そこが問題なのよ』

ツツィーリエは広場にいる人たちを見渡す。活気のある街の中心部にほど近いこの場所は行き交う人も多い。皆それぞれの表情と荷物を持っていた。中には親しい人に贈り物を買って帰路を急ぐ様子の人もいる。

『私は自分の事も相手のことをあまりよく分からないから』

音のない溜息がモヌワに聞こえた気がした。

『何を買えば良いのかわからないのよね』




「何を買えば良いのかさっぱりわからない」

機能性と豪華さを金銭を惜しまずに追求された部屋だ。窓からは季節によらず部屋を照らす最適な光を取り入れられる構造になっており、絨毯が敷き詰められた床や美しい家具、壁に掛けられたタペストリーを照らす。タペストリーには国富公爵邸宅に広がる広大な湖とそこに浮かぶ蓮の花が描かれていた。その精緻さは部屋の中に蓮の花の香りを感じさせる。部屋の中央にある応接用の広い机とは別に本や筆記具が乗った机があり、その前には少年が1人、何かを呟きながら座っていた。

「父さんに怒られる」

太陽の様に輝く金の髪に、湖を想起させる碧の瞳、瑞々しい唇は赤い。中性的な美しさは触れれば壊れそうでありながら、若さの持つ溌剌さも感じられる。だがその表情は暗く、頬杖をついて口を尖らせていた。

「だいたい、相手のことをよく知らないのに最適なものなんか分かるはずないじゃないか」

「坊ちゃん、悩んでますね」

気怠げな声と少年の脇の空気が薄墨の様に滲む。

「イーマ、邪魔だ」

「邪魔とはひどい言い種ですね」

薄墨は急速に収束し、猫背気味な青年の姿を取った。白いシャツに黒いジャケット、少し緩めのズボンを履き、髪は寝癖の様に数房跳ねている。皮肉屋な笑みを浮かべるその青年は一見ただやる気のない男のように見える。だが、全身に纏うしなやかな筋肉、体の動作、目の配り方、その全てに隙がない。

「僕は今考え事をしているんだ」

「それって、この前のお嬢ちゃんへのプレゼントでしょ?国守のとこの」

「分かってるじゃないか。いいから1人にしてくれ」

イーマは道化師の様におどけて腕を上げる。

「今まで1人で考えて、何か良い案が浮かびました?」

少年の喉から、ぐぅっと唸る音がした。

「坊ちゃんに忠実な護衛としては、坊ちゃんが苦しんでる姿を見るのは心が痛いんですよ」

「暇なだけだろ」

「将来私たちの雇い主になるお方に理解していただけるとは、恐悦至極でございます」

「あとで覚えとけ」

イーマは大仰にお辞儀をしてみせる。

「まあ、行き詰まってるのは確かだ。何か良い案があるなら言ってみろ」

机に向かっていた体を護衛の方を向ける。

「良い案っていいますか、助言程度ですがね」

イーマは肩をすくめる。

「こういう贈り物っていうのは、ものにこだわりすぎたらダメなんですよ」

「へえ?」

「例えば」

イーマはポケットから、一枚の小さな銅貨を取り出した。

「坊ちゃんはこんな銅貨をもらっても嬉しくないでしょ?」

訝しげな少年をみて、イーマはその銅貨を指で弾き上げる。軽い金属音が部屋に響いた。

「でもこれで坊ちゃんを喜ばせないといけない、とします」

「ずいぶん無茶な話だ」

「この銅貨が、国富の公爵から送られたらどう思います?」

「お父さんから?」

少年が目を大きく開く。

「ファフ、これを預かってくれ。訳はあとで話す。だが大事なものだ。頼む、って、 言われたらどう思います?」

イーマは銅貨を指で弾き上げながら尋ねた。

「それは、まぁ、緊張はするが、嬉しくなくもない」

イーマは少し口をとがらせ、俯きながら答える。

「でしょ?まぁ、私は坊ちゃんの父親じゃないのでその手は使えない訳です」

「それでは意味がないだろ」

「だから別の方法を使うんです」

イーマは一際大きく銅貨を弾き上げる。

「よく見ててくださいよ」

イーマは銅貨がファフナールの目線の高さまで落ちてきた瞬間、目が追いつかないほどの速さでそれを掴み取った。

「はい、さっきの銅貨、どこにあるでしょう」

イーマは左右の手を握り込み、少年の前に差し出す。少年はまたも訝しげな顔でイーマを見るが、素直に自分の感覚を信じて選んだ。

「残念、不正解です」

イーマは空っぽの掌を見せる。

「じゃあこっちか。見える訳ないだろ、あんなに早い動き」

「残念、そっちも不正解です」

イーマは両方の手のひらを見せると、ファフナールの顔に驚きの色が浮かぶ。

「器用だな。だが、大道芸の類なら何度も見たことがある」

「大道芸とは、見くびられたものですね」

イーマの手のひらの上、何もない空間が薄く滲む。だが、薄墨の向こうから現れたのは銅貨ではなく、机の上にあった一冊の本だった。少年は咄嗟に机の上を目線を向ける。

「机の上に何もないんだが」

先程まで、整然と並んでいた本や筆記具、高価な玩具の類が一切姿を消し、光沢のある机の天面が露わになっていた。イーマは手に持っていた本を机の上に置く。

「まぁ、そのうち出てきますよ。例えば」

気怠げな指が少年に向く。

「坊ちゃんの服の胸ポケットからとか」

ファフナールが小さな胸ポケットに手をやると、小さなものが入っているのがわかった。震える指でそれを取り出す。

「あげるのそれって言いましたからね」

ポケットに入っていたのは、一枚の銅貨だった。

ファフナールが口角の上がったイーマの顔を見る。

机の上は、何事も無かったように戻っていた。筆記具も書類も、全て元通りだ。

イーマが置いた本以外は。

「普通に渡すよりは面白いでしょ?」

「ま、まぁ多少驚いたがな。それで、お前は何が言いたいんだ」

「坊ちゃんの聡明な頭で考えたらすぐに分かりますよ。要は何をあげるかってのは、そこまで重要じゃないんです」

イーマは手をヒラヒラとさせた。それを合図に存在感が希薄になり、猫背な体が徐々に薄墨の様に滲んで行く。

「お、おい」

「あとは自分で考えてください。俺は昼寝するんで」

イーマはそういうと、まるで最初からいなかった様に姿と存在感を眩ました。ファフナールの手には一枚銅貨が残っている。

「まったく」

ファフナールはその銅貨を見ながら溜息をついた。机の上に置かれた本が視界に入る。この国で過去に起こった主要な経済動向を記した資料だ。発行は国富の公爵家が行なっており、表紙には国富公爵家の紋章が光っていた。

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