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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
6章 初成人の儀
163/164

奴隷の少女は公爵に拾われる 163

 その部屋の大きな窓は開かれ、家具の少ない部屋を風が柔らかく撫でている。巨躯の女が身を縮めながら扉をくぐると、部屋の主は鏡の前に座っていた。

「お嬢、珍しいですね。読書は良いんですか」

 赤い瞳がモヌワに向く。その顔は、白い肌とまっすぐ流れる黒髪、動きの無い表情のせいで人形のように見える。

『ちょっと外に行くの』

「どうしたんですか?今日は服の採寸ないですよ」

 開いた窓からよく晴れた初夏の匂いが入り込み、遊ぶように少女の黒髪を揺らした。

『知ってる』

 ツツィーリエは立ち上がると、モヌワの方を向いて宣言した。

『買い物に行くわ』

「なるほど」

 モヌワは神妙な顔で大きく頷く。

「雨でも降るんじゃないですか。傘持っていきましょう」

 少女は人形の様な唇を僅かにひん曲げた。

「まぁ、冗談はさておき。どうしたんですか、急に」

『ファフナールに初成人式用のプレゼント買わなきゃ』

「あぁ、公爵さんの言ってた宿題ってやつですね」

 ツツィーリエが頷く。

「なに買うんですか?」

 ツツィーリエは表情を変えないまま頬を掻く。

『あんまり人にプレゼントを贈った事がないから、何買えばいいのかわからないわ』

「分からないんなら、とりあえず外に出ましょう!考えたって何にもなりゃしないですって」

『モヌワは私を外に出したいだけでしょ』

「まぁまぁまぁ」

 モヌワは大きく笑みを浮かべながら、ツツィーリエを優しく外に押し出した。

『でも確かにモヌワの言うことももっともね。外に出て、何があるのか考えるわ』

 そう手振りで示した後、スッと顔を上げ、おもむろに部屋に戻る。

「どうしたんですか」

 ツツィーリエは歩きながら、部屋の奥にある開いたままになっている窓を指差した。

『閉めてくる』

 窓からは中庭に生えた大きな朱果の木が見える。

 ツツィーリエはゆっくりと窓を閉めながら、その朱果の木を見つめる。庭の中心に立つ大きな木は陽の光と風に揺られ、心地好さそうに、ゆっくりとその身をざわつかせていた。



「で、どちらに行きますか?」

 門の正面で、ツツィーリエは表情を変えず首だけ傾ける。

『正直検討もつかないわ』

「わかんないときは人に聞くのが一番良いですよ。こういう事に詳しそうな人に心当たりありません?」

 ツツィーリエはしばらく動きを止め、しばらくして手を動かした。

『エレアーナなんかどうかしら』

「あぁ、なるほど。そういうのに詳しそうですね。じゃあ、会いに行きましょう」

『どこにいるのか知らないわ』

 モヌワとツツィーリエは腕を組んで体を傾ける。

「ラトさんか公爵さんなら、知ってそうですけど」

『いないのよね、いっそ王都に行こうかしら』

「そんなことしたら次の採寸に間に合わないですよ。そうなったら………」

 モヌワは最後まで言わずに体を震わせる。

『一体何度行けばいいのかしらね。衣装は半分出来てるんだから、もうあれで良いのよ』

「小物とかの調整があるんでしょう、私にはよくわからないですが」

『私もモヌワみたいに制服があれば良いのに』

「贅沢な悩みですよ、きっと。それよりこれからどうします?」

『広場のあたりに行きましょう。確か近くに市場もあった気がするわ』

「そうしましょう」

 二人は喋りながら、街の中心に向かって歩き出す。

「私は詳しくないんですが、初成人の贈り物って、何か決まったものとかないんですか?」

『特にないのよ。傾向として、将来的に使えたり、形に残るようなものを送ることが多いみたいだけど』

「菓子みたいなのはダメ、ってことですか?」

『そういうわけでもないわ、ただの傾向っていうだけ。お菓子は良いかもしれないわね』

「でも、あいつ金持ちなんでしょ?じゃあ、市場に売ってる様なものだったら飽きるほど食べてるかもしれないですね」

『うらやましいわ。でも、この国一番のお金持ちに、私が何を送れるのか、ってかなり難しい問題ね』

「心のこもった贈り物ってやつですか。手作りの笛とかどうですか」

『モヌワと一緒ね。私と揃いの笛でこれからの協調もアピールできそう』

「あいつとお揃い?そんなの私は許しませんよ!!」

『モヌワが言ったのよ』

 ツツィーリエは前を見ながら軽く手を動かす。街の広場に到着すると辺りの人が多くなり、喧騒の度合いも増してきた。舗装された道の上では着飾った商人や親しげに笑いあう集団、子供を連れて歩く大人の姿も目立つ。ツツィーリエはそれを見ながら手を動かす。

『どうしたものかしら』

 ツツィーリエの目は広場の隅のこじんまりとした商店に向かう。外から見える陳列棚には色々な小物や雑貨が棚に並んでいる。中には数人いるようだが、薄暗くよく見えない。

『とりあえず、何かの店に入らないとね』

「あの店ですか?もう少し高そうな店のほうが良いんじゃないですか?」

『そんなこと言ってたらどこにも行けないわ』

 ツツィーリエは陳列棚を横目に中に入る。中には料理用の道具や農具、用途が分からない木の筒や、禍々しい御面や人形が雑多に並んでる。

「いらっしゃい。これはまた大きなお客だ」

 店の奥で座っていたのは猫背の老人だ。客の相手をしながら眼鏡の奥からツツィーリエたちの方を見る。

「ゆっくりどうぞ」

 そう言って他の客の相手を再開した。ツツィーリエは周囲を見渡しながら、ゆっくりと商品を物色していく。

「こりゃなんですかね」

 モヌワが金属の板に波型の穴がついた道具を手に取る。

『分からないわ。タレンスなら分かったかもしれないけど』

「肝心な時に役に立たないやつですね」

『お父さんとラトがいない時にタレンスまで不在にできないでしょ』

 ツツィーリエはモヌワの持っている道具をじっくりと見つめた。

『何かよくわからないものを送って、煙に巻くというのはどうかしら』

「それも一つの案ですが、中々無茶があるような気がします。贈り物の交換は確か初成人の式典に来た一般の人の前で結構大々的にやると聞いてますし、誰にも用途が分からないくらいとびっきり変なものじゃないと」

『何それ。初耳だわ』

「街で配られてる式典の広告とか、護衛官に聞かされてる情報だと、そうですよ」

『そうなのね』

 ツツィーリエは自分の顎に手を当てる。

『なんだか、そういう情報に疎いと不便ね』

「まぁそうでしょう」

 モヌワが手に取っていたものを元の場所に戻す。しばらく二人は店の中にある雑多なものを手に取りながら、徐々に店の奥に向かっていた。

「何をお探しで?」

 店主らしき老人が先程と変わらぬ位置から二人に声をかける。

「別に何も。ただいろいろ見てるだけだ」

「それは残念」

 店主の目は、じっと二人の方に向けられていた。店にはいつの間にか薄暗い店内には凪の様な静けさが漂っている。

「何か要望があれば、と思ったんですが」

「そりゃどうも」

 適当に返事をしていたモヌワの服が引っ張られる。

「どうしました、お嬢」

『ここは何の店か聞いて』

 モヌワはツツィーリエを見て頭を掻くと、店主の方に向き直る。

「ここは何の店なんだ」

「雑貨屋ですよ。他の店に無いような商品も置いてあるのが自慢です」

「だそうです」

「でも………」

 店主はメガネのレンズを布でふきながら続ける。

「国富公爵の御令息にふさわしいものは、置いてないですね」

 店主の言葉にモヌワの片眉が上がる。

「何のことだ」

「いやいや、違うなら申し訳ありません。ですが、公爵令嬢がこの時期に自ら出てきて贈り物を物色しているようだったので」

 ツツィーリエが店主の方に体を向けて、無言で首をかしげる。

「そりゃ、この町の人間は大抵知ってるでしょう。でかい女の護衛官を連れた黒髪赤目の女の子と言ったら国守公爵の御令嬢だけです」

「ただの買い物だ」

「別に隠すことはないですよ。さっきあなたが喋っている内容は聞こえてきましたから」

「耳の良いこった」

「ここは私の店ですからね。なんでも聞こえてくるんですよ」

 モヌワは首を揺らしながら息を吐く。

『モヌワ、ちょうど良いから贈り物でどんなものが良いのか聞いてみて』

  モヌワが頷いた。

「まぁ、そういうことにしといてやる。ふさわしいものが無いって言ったな。だったらどんなもんが良いってんだ」

「難しい事を聞きますね。私は国富公爵の御令息について、あまり知りませんよ」

「一般論でいいんだが」

「贈る側も贈られる側も一般的な立場ではありません。そういう意味では、何を送っても良いのではないでしょうか」

 店主は薄暗さを受けて光る眼を大袈裟に瞬きしてみせる。

「自分の店の物を売りつけようって気はないのかよ」

「この店は自慢の店ですが、正直畏れ多いですね」

『店主さん、あなたなら、何を贈りますか?』

 店主は自分の前に差し出された紙と少女を見た。

「そうですね」

 店主は眼鏡のツルを触りながらしばらく考える。

「本物を贈るでしょうか」

『本物?』

「二番煎じになると白けます。御令嬢しか送れない、本物のなにかを送ってはいかがでしょうか」

 店主はそう言った後、少し笑って眼鏡を外した。

「既製品には既製品の良さがありますが、それらは今までにあったものです。きっとそれはふさわしくないのではないでしょうか」

 ツツィーリエは人形のような顔で店主の方を見続ける。

『参考にさせていただきます』

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