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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
6章 初成人の儀
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奴隷の少女は公爵に拾われる 160

「ったくよ、えらい量の書類だな」

 普段はほとんど音の無い国守の公爵の寝室兼執務室に、少なく無い騒がしさが飛び交っていた。ベッドよりも高く積み上げられた書類をモヌワが唸り声をあげながら移動させ、執務机ではそれらの書類を公爵とラト、タレンスが目を通す。仕分けられた書類をツツィーリエが並べる。監査用に持っていく書類は、既に馬車一つを占拠できる量になっていた。

「公爵に対する監査よ?しょうがないでしょ」

「見ろよ、この紙の束。気が狂いそうだ」

「言われなくても毎日見てるわよ」

「ラトが仕分けてくれてたから、これでも楽な方だよ」

 公爵の言葉にモヌワが口角を下げ、大きなため息をついた。

「少なくとも私には向いて無い仕事だな。人殴ってる方が性に合ってる」

『でも私の護衛官始めてからは、あんまり暴れてないんじゃない?ここに来る前の話とか聞いてる限りだと』

「まぁ、そうなんですけどね。でも護衛官の会合とかで、稽古がてら手合わせとかはするんですよ」

 ツツィーリエは書類から目を離し少し目を大きくする。

『モヌワもそういうのに行くのね。なんだか意外』

「前に言ったじゃないですか。情報集めとかも結構大事なんです。お嬢をお守りするための労力は惜しみません」

「ちゃんとしてるんでしょうね。あんた粗暴だから、気にくわないことがあったらぶん殴って解決してそう」

「んなことしたらお嬢の評判が下がっちまうだろうが」

「あんたもそういうとこに気が回るのね」

「元傭兵だぞ。そこらへんの機微に疎くて務まるかよ」

 モヌワはそういうとニヤッと笑って続ける。

「暴れて手がつけられない私を目だけで抑えるお嬢っていうのも、風格があって良いんだけどな」

「やめてよね、それの後始末とかつけるの手間じゃないのよ。とばっちりもいいとこだわ」

「たまには良いだろ」

「やめてくださいよ。あなたの身元の保証人は公爵様なんですから」

「私は構わないよ。多少暴れてくれた方が箔が付いて良いかもしれない」

「これ以上つけなくても箔だらけです」

 ラトが書類をツツィーリエに渡しながら言う。

「こんなに大人しくしてるのにね」

「大人しくしてる奴が監査なんかうけるかよ。とばっちりはこっちの方だ」

 モヌワが鼻息を鳴らしながら、机の上に紙の束を置く。

「だいたい、何したんだよ」

「色々ね。心当たりが多すぎて」

「えらい落ち着いてんな。慣れてんのか?」

「そうホイホイ監査請求なんか通ったらたまんないわよ!」

 タレンスの強面が更に険しくなる。

「でも公爵さんは王様に嫌われてんだろ?じゃあ、嫌がらせみたいに監査監査、って言ってもおかしくないんじゃねえの?」

 公爵は頭を少し掻いて、モヌワとツツィーリエをみる。

「今回私は誰から監査を受けるかわかるかい?」

「だから王様だろ?」

 その言葉に、ツツィーリエが首を振った。

『違うわ、モヌワ。国守の公爵に対する監査請求権限は評議委員会のものよ」

「なんか違うんですか、それ」

「違うね」

『麺とパンくらい違うわ』

「腹に入れば同じじゃないですか」

「そう言う話じゃないでしょ」

 モヌワは首を傾げる。

「政治の仕組みの詳しいところまでは知らん。私はもともとこの国の人間じゃない」

「それもそうね」

『評議委員っていうのは、国王を含めた王族と上級執政官以上で構成された、行政上の重要政策の管轄と、法案立案をする機関の事。立法権と行政権の中心機関よ』

「良くわからないですが、要は偉い奴らの集団ってことっすね」

『そうね』

「どんくらい偉いんですか?」

『法律を使って国を動かすのが行政でしょ。その法律を都合良いように立案できるんだから、そりゃ偉いわよ』

「へぇ。公爵さんより偉いんですか?」

「まぁ、一応。何と言ったって評議委員の中には陛下がいるから」

 公爵は眉毛一つ動かさず答える。

「じゃあ、やばいじゃん」

「そう?」

「自分より偉い奴ににらまれたら、面倒だろ」

「まぁ、ね。でも大丈夫だよ」

「なんでだよ」

「陛下も評議委員も、簡単には私に言う事を聞かせることはできないからだよ」

「法律作られたら終わりじゃねぇか」

「そんなことにはならない。行政はある程度評議委員の思うように動かせる。でも立法に関しては、国守、国富の意見がある程度反映される」

「評議委員ってところが決めるんじゃねぇのか?」

「評議委員がどんな法律を作るか、案を出して、その後審議をする。その審議をする機関を、決定機関といって、評議委員の中から5名、国守側の代表者が4名、国富側の代表者が4名、民間の専門家から3名、合計16人で構成される。法律が認められるには、その中で10人の賛成が得られれば良い」

「あー………あ?」

「要は評議委員が、民間の専門家3名と貴族側の2名を納得させれば法律が決まるってこと」

「へぇ………それは、どうなんだ?大丈夫なのか?良くわかんねぇけど」

「要は評議委員は5人買収すれば好きな法律を作れるの」

「偉い簡単だな」

「まぁ、国防や外交、財務など国守、国富の領分に関わる可能性のある重要法案の場合は、その決定機関に公爵2人が加わって、採決に必要な人数も14人に増える」

 モヌワは鬼が腹を下したような表情で考え込む。

「要は、評議委員がその法律を通したかったら、最低でも国富、国守どちらかの貴族の陣営を全員と民間人全員、更にもう1人を取り込まないといけないってこと」

「偉い手間だな」

「そのための規則だし。ちなみにこの規則を変更するための法案ももちろん重要案件だから」

「陰険な奴らばっかりが育ちそうな環境だな」

「全くその通りだよ」

 公爵は目の前の書類を平らげて、大きく息を吐いた。

「一息入れようか」

「そうですね。マーサを呼んできます」

 ラトは静かに立ち上がると、一礼して部屋を退出した。

「少しお勉強しようか」

 公爵はいらなくなった書類の裏にペンで文字を書き始めた。

「この国の公権力は3つに分けられている。王族、国富、国守。それくらいは知ってるね?」

 モヌワは頭を掻きながら、ツツィーリエをの方を見る。

『………』

 ツツィーリエが人形の様な目を輝かせているのを確認して、観念したようにため息をついた。

「あぁ。まぁな」

「それぞれがそれぞれを抑制できるような構造だ。それはつまり、協力する必要がある、ってこと。金がない行政は機能しないし、裁く者のない法律はただの文字だ。実際に彼らが権力を持つためには、我々の力が必要になる」

 公爵は王族に対する矢印を増やす。

「だけど、我々はそれを笠に着たりはしない。我々自身も法律や行政の力に頼らなければ権力を維持できないし、2公爵は国王に対して敬意を払わなければいけないという貴族典範の規則もある。それともう一つ、王族が持つ公爵に対する継承承認権があるからだ」

「それはなんか聞いたことあるな。それって、何の意味があるんだ?」

「次代の公爵候補を公爵として認めるかどうかの権利だよ。つまり、次代の公爵を認めずに拒否することができる権利だ」

「はぁ。なんか、意味あんのか。だって、承認するだけなんだろ?自分が好きな公爵を指定することができるわけじゃねぇじゃん」

 公爵がニコリと笑う。

「話が早い。その通り」

 だけどね、と公爵が続ける。

「その権限の解釈次第では公爵を罷免する事ができるんだ」

 モヌワの顔が険しくなる。

「もちろん、その権限の使用には制限がある。公爵が著しく国益を損なう行動をしたと判断した場合にはその権限を行使できる。この権限の解釈にはかなり意見が分かれる部分でね。他国の法律の使用実績を見ると確かにそういった類似の権限を使用して実際に貴族が追放させられた例もある。しかし、我が国の継承承認権に関する条文には、罷免することが可能、という一文はない。解釈次第では確かにやめさせる権限があるとも取れるけど、そうではないと解釈することも十分可能だ」

「法律ってそんなもんなのか?」

「そんなものだよ」

 公爵が書き込んだ紙をひらひらさせる。

「面倒な法律だな」

「まぁね。今はそれよりも目の前の監査の方が面倒なわけだけど」

「その監査ってのは、法律を決める会議みたいなやつで拒否できなかったのか?」

「この監査の申請と承認は決定機関を通らないんだ。行政上の処理だけで設定できる。必要なのは、確かな証拠と、煩雑な書類対応だけ」

「証拠って、やっぱりなんかやってんじゃねぇか」

「確かな証拠かどうかは、審議の余地があると思うね」

 公爵は涼しい顔をして見せる。

「でも、その監査とやらをするための法律ってのがあるんだろ?その法律作る時あんたは拒否しなかったのか?」

「こっちに不利な法律を通してでも通したい他の法律があったんだ」

「あぁ、なるほど」

「逆に評議委員も自分たちに都合の良い法律を通すために、こちらに有利な法律をある程度通す。そこら辺のさじ加減が、評議委員に求められる能力の一つになる」

「陰険な奴が出世するわけだ」

「その通りだ。で、その評議委員の実質的な頂点が、一番の曲者、今回の監査を主導してるイヴン筆頭執政官だ」

「どんな奴なんだ?」

 公爵とラトが目を合わせる。

「あぁ、うん。頭の良い人だよ」

「はぁ……」

「国富、国守、王族たちの権力構造に由来するんだけどね」

 公爵がペンを指で揺らしている。

「我々国守はかなり強固な上下社会だ。上の命令は絶対、軍と治安維持官を管轄しているからね。逆に国富たちは、上下の差はあまりない。もちろん上の権限はある程度あるけど、どちらかというと競争の中で仕事を回している」

「王族は?」

「王族というより、執政官達かな。執政官は民間から試験を通った優秀な者たちからなる、官僚組織だ。動きが緩慢な傾向はあるけど、基本的に行政を正しい方向に導く。民間から優秀な人間を何人も登用して、その中からさらに優秀な執政官たちが出世して、更にその中でも目端の利く者が上級執政官、評議委員の構成員になって、その中で一番強かなものが筆頭執政官になる。それがイヴン筆頭執政官」

「あぁ、とりあえずめっちゃ頭の良い奴なんだな」

「頭が良いのは確かなんだけど」

 公爵ががため息をつく。

「人を陥れるとか、策略を練るとか。そういう政治的な部分にとても頭が回るんだ。私は彼が苦手だよ」

「なんか痛い目でもあわされたのか」

「今回みたいな監査の仕組みを定めた法律を通したのはイブン筆頭執政官だ。だけど、私が彼が苦手なのは………」

 公爵は静かに目を閉じてわずかにうなだれる。

「別に味方でもないんだけど、明確に敵でもないってところかな。何というか、やりにくい」

 ラトが書類の束を整えながら口を開いた、

「あちらもきっとそう思っていますよ」

「そうだろうね」

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