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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
6章 初成人の儀
159/164

奴隷の少女は公爵に拾われる 159

 食事をしている皆の耳に重い呼び鈴が鳴る。ツツィーリエが顔を上げた。

「ラト」

 公爵が執事に目をやる。ラトは無言で頷くと、立ち上がり食堂から外に出た。

「客か」

「たぶん違うんじゃないかな」

 公爵は皿の上に半分以上食事を残して脇に押しやると、飲み物のカップに口を付けた。モヌワが首を傾げる。

「なんだよ、誰が来るのか知ってるのか?」

「いや?」

 公爵は目を伏せながら肩を竦める。

「何となくだよ」

 公爵は窓の外に目をやりながら深く息をついた。

「あんた最近よく外みてるよな。なんかあんのか?」

 公爵はその言葉を受けてモヌワの方に顔を向ける。

「年寄りはたまに物思いにふけるものさ」

「へぇ、そりゃ知らなかった」

 モヌワが狼のような目を少し細めた。

「客じゃないなら、誰がくるんだ?」

「手紙かな」

「手紙?」

「一般論だよ。まぁ、きっとそんなに間違ってない」

「手紙ならわざわざ呼び鈴鳴らさないんじゃないか?」

「大事な手紙なんだろうさ」

「心当たりがあんのか」

「ありすぎて困る」

 公爵はそういうとまた外を見る。

「公爵様、もうお食べにならないんですか」

「うん。もうお腹いっぱいだ」

「そうですか。モヌワ、これとかは公爵様手をつけてらっしゃらないんで、食べてちょうだい」

 マーサはそういうと、シチューをモヌワの方にやった。若干冷めているが、動いた拍子に上がった匂いからは甘さの中に煮込まれて解けた野菜と肉が感じられ、頬が綻ぶようだ。

「良いのか、公爵さん」

「どうぞ。いつもはツィルに食べてもらうけど」

 ツツィーリエはいつもの食欲からは想像つかないほどゆっくりと食べている。

『うん、食欲でないわ』

「それなりに食べてますけどね」

『おかわり』

「はい、どうぞ。食べ過ぎて戻したりしないでくださいよ」

 ツツィーリエが目を見開き、信じられないものを見るような目でマーサを見た。

『食べたものを吐き出す?罰が当たるわ』

「病人はえてしてそういうものなんです。いやだったらほどほどにして体を休めてください」

 そういいながらマーサが皿に半分ほど乗ったパン粥を出す。香辛料の優しい気配に、シチューと比べて優しい匂いが漂ってきた。

「ごちそうさま。そろそろ仕事に戻るよ」

「あら、そうですか」

 公爵はツツィーリエを優しくなでると、そのまま部屋の外に出る。

 そして、穏やかな表情から一転した厳しい顔で、まっすぐ玄関の方に向かって歩いた。

 玄関に近づくにつれ、ラトと誰かの声が聞こえて来る。ラトはあくまで穏やかだが、相手はかなり声を荒げている様子だ。

 公爵が玄関ホールに足を入れると、そこにはラトしかいない。ラトが扉を開けた状態で扉の外に出ず、やや離れたところにある門に向かっている。

「ラト、どうしたんだい」

「公爵様」

 ラトが公爵の方にやや困ったような顔を見せた。門の外にいた者が、ラトのその様子を見て、声を荒げる対象を変えた。

「国守公爵閣下。そこの執事に厳正な処罰を与える事を強くお勧めいたしますぞ」

 数人の共をつれた男が、あからさまな怒りの表情を浮かべていた。青年というには少し年嵩の男だ。豊かな茶色い髪に、尊大な表情。服装はやや装飾過多で、胸を張り肩を聳やかしている。ひん曲がった唇に、国王に似た口髭を生やしていた。

「これはこれは、ウェイテ王弟殿下。ラトが何か失礼をいたしましたか?」

 公爵はラトと同じく、一歩も扉の外に出る様子はない。

「あぁ、その通りだ。陛下の弟である私が自ら出向いているのだから、ごたごたぬかさずとっとと門を開けろ」

 彼の後ろに控えている取り巻きも、言葉こそ発さないが主人と同じく若干の憤りを感じているようだ。

「歓待せよ、ということでしょうか」

「その通りだ。陛下より直々に書状を預かっておる。公爵にじかに手渡せ、との陛下からのご指示だ。王族の人間に対する敬意を表すのが、貴族としては筋であろう」

「事前に何の連絡もせずに、いきなりの訪問ですので何の準備もできておりません。お帰りください」

「貴様らは王族に対する敬意が足りないようだな」

「失礼いたしました。それで、何のご用でしょうか」

 公爵はまったく動く様子はない。その様子に門の外の一団の表情がこわばる。が、主人が辛うじて叫びだすのをこらえたようだ。鼻息を飛ばして苛立ちをなだめる。

「先程も言ったが、兄上から書状を預かっておる。門を開けよ」

「王弟殿下自らお届けいただき恐縮です。そちらの手紙箱の方に入れておいてください」

 公爵の手が門の脇の手紙入れの方に向く。その対応にウェイテの眉が吊り上る。

「貴様、王族がわざわざ王都から出てきているのに、その態度はなんだ。先ほども言ったが、あまりにも無礼が過ぎるぞ」

「なるほど。失礼いたしました」

 公爵は軽く一礼すると、先程と同じように手を向ける。

「陛下からの書状は後で拝見いたしますので、そちらに入れておいてください」

「いい加減にしろ、貴様!陛下の弟君であらせられるウェイテ殿下にそのような態度は無礼で―――」

 ウェイテの取り巻きの一人が声を荒げた。

 その取り巻きを公爵の灰色の目が静かに射すくめた。

「無礼なのはどちらか」

 公爵の冷たい声が取り巻きの心臓を重くする。

「あなたは、ウェイテ殿下付きの補佐官ですね。陛下や殿下の権威を笠に着て恫喝するのは勝手ですが、ここは国守公爵邸の前です。分をわきまえなさい」

「公爵は王族に敬意を払う様にと―――」

「間違えないでいただきたい。公爵が敬意を持って首を垂れるを良しとする対象は国王陛下のみ。王族は王族典範上、行政や教育など執行機関の一部であるというだけです。ウェイテ殿下自身が仰るなら許容の範囲内ですが、執政官や行政評議員ですらないただの補佐官が私に対してのそのような発言をするなら、高位貴族に対する不敬罪の対象としますよ」

 ラトが少しハラハラしたような表情で公爵を見る。

「ウェイテ殿下。わざわざ足を運んでいただき、ありがたく思っております。ですが、突然来られて歓待せよ、とはあまりにも身勝手が過ぎましょう。今日の所はお帰りください」

 ウェイテとその取り巻きは口をつぐむ。

「あと、ウェイテ殿下。ラトに対して無礼が過ぎるとのことですが」

 ラトの表情がより不安げなものになる。

「ラトは我が家の執事であると同時に、国守公爵直属の執務補佐官でもあります。御存じでしょうが、貴族位執務補佐官は執務を補佐すると同時に、貴族位にある者が不在時には変わって重要案件の決定権限があります。それゆえ国守公爵執務補佐官の権限は行政委員の一員でしかないウェイテ王弟殿下のそれを上回る者です」

 公爵の表情は凍土のように全く動かない。

「殿下の方こそ、無礼ですよ」

「公爵、貴様、私を愚弄しておるのか」

「私は国守の公爵として、常に法律、規律、典範に則った言葉のみを発します。間違っているとお考えでしたら、王都の執政官にお確かめを」

 ウェイテは苛立ちから奥歯を噛み締め、その表情のまま荒々しく懐から厳粛に封をされた書状を取り出し、蝋封を破って中身を取り出した。

「アスル国守公爵、貴殿に対して王族、執政官からなる評議委員会より行政法の20条を根拠とする監査請求が下った。これは国王印のついた監査請求書だ」

 書状を門の外から突き付けながら、ウェイテが響き渡る声で続けた。

「これに反抗する場合は、根拠とする法律の条文に従い公爵であろうと重い罰が執行される。速やかに王都に出頭せよ」

「行政法20条の行政権を根拠とする司法武具管理軍務権限、もしくは財務外交権限に対する監査請求ですか。これは明確な根拠がない限り無効ですが、どのような内容の監査請求でしょうか」


「公爵、お前には公爵の権限を悪用して国内の罪人を釈放、国外へ逃亡させた疑いがかけられている」


 公爵は毛程も表情を変えない。

「監査請求ではあるが、実質は評議委員による取調べだと考えろ」

「承知いたしました。明日には王宮に出向きましょう」

「陛下より、今すぐお前を引き連れてこいと言われておる」

「お断りいたします」

 公爵はにべもなく切り捨てた。

「監査請求による出頭要請は、確かに正式に認められれば公爵位に対しても効力を発揮いたしますが、軍務や国内規律典範に則った連行書状とは違います。連行書状に則った連行、もしくは現行犯に対する連行の場合は治安維持官もしくは治安維持兵に強制連行権限が認められますが、監査請求の場合、数日以内、厳密には2日以内の出頭が認められない場合に罰則規定があるのみの間接強制権限です。連行権限は認められません。明日には王宮に出向きますので、その旨を陛下にお伝えください」

「私の機嫌を損ねないほうが良いぞ、アスル公爵」

 ウェイテ王弟は怒りがにじむ笑みを浮かべる。

「お前の態度を兄上に報告するのは私だ。監査員の心証を悪くするのは望むまい」

「私は自身の潔白を誰よりも把握しております。心証如何で監査結果が変わるようなことはございません。お気遣いは無用ですので、お帰りください」

 歯ぎしりの音が公爵たちの耳にまで届く。彼の手が後ろの取り巻きに向こうと途中まで上げられる。

「ちなみに一つ忠告ですが、その門を無理やり開けるのはお勧めしません。無許可の公爵邸への侵入は、何人たりとも認められておりません。その門に手をかけた瞬間、私はあなたに対して、重要家宅侵入罪、軍務権限侵害、司法権限侵害等の種々罰則規定が発生する罪状を発する用意があります」

 公爵は今にも叫びだしそうな門の外に対して冷たい視線を送る。

「心配せずとも明日には出向きます。今日はお帰りください」

 公爵はそう言い放つと、何かを叫びだしそうな門の外の一団を尻目に、冷たく扉を閉めた。玄関ホールに小さな溜息と共に静寂が戻る。

「公爵様」

「あぁ、ラト。済まなかったね。面倒な相手の対応をさせてしまった。申し訳―――」

「公爵様、先程おっしゃっていた私の権限に関する解釈は拡大解釈になりかねません」

 ラトは腰に手を当て、公爵の顔をまっすぐ見る。

「公爵執務補佐官の権限が公爵位と同等にみられるのは、あくまで執務内の事です。対外的に公爵と同等の権限があるわけではありません」

「だが、あの状況は私がある意味で不在なわけだ。つまりラトが私の代理で出ているというわけなのだから、あれの対応、という執務に対して、ラトが持つ権限が私と同等のはずだ」

「そもそもお客に対する対応は公爵の執務ではありません。あの場での私の立場はあくまで公爵家の執事です。門を開けよ、という命令は公爵様自身からしか出せぬ命令ですから、私自身があの場でウェイテ殿下の命令に従わなくても不敬罪に問われることはありません。無理に対応する必要はなかったのです。先程の相手がウェイテ殿下だったから良かったものの、上級執政官以上の者でしたらすぐさま食いついてきますよ」

 ラトの公爵に対する声が厳しい。

「あぁ………そうだね」

「これから微妙な問題に取り組もうという時に、足元を掬われるようではなりません」

「反省するよ」

 ラトは小さくなった公爵を見る。

「なんだか、少し懐かしいですね」

「あぁ、本当だ」

 公爵とラトが目尻の皺を深める。

「資料はもう用意してある?」

「はい。監査請求は想定の範囲内です」

「侯爵への連絡は、あからさまには出来ないね」

「必要ありません。行政委員会には3の侯爵閣下の手の者が潜っているはずです」

「耳の早い手足は便利だね。じゃあ、あっちの仕事は抜かりないかな」

「はい」

「じゃあ、とりあえずこっちはこの監査を乗り切ろうか」

「承知しました」

「今回は前回の退屈な会議とは違うね」

ラトは口髭を撫でながら頷く。

「えぇ、今回の監査は」

公爵が溜息をついた。

「イヴン筆頭執政官が主導してるだろうからね」

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