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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
6章 初成人の儀
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奴隷の少女は公爵に拾われる 158

「あら、ツツィーリエちゃん、もう元気なの?」

 食堂のテーブルに突っ伏しているツツィーリエの耳に、低い男の声が聞こえる。

「出たな」

「うるさいわよ、熊女」

「三文字しか喋ってねぇよ」

「存在がうるさいのよ」

「あぁ?」

 食堂に入ってきたタレンスは、モヌワと言い合いをしながらツツィーリエの向かいの席に座ると、角ばったごつい顔に手を当てながら、首を傾けた。

「大丈夫?ツツィーリエちゃん」

 ツツィーリエは小さく頷く。

「あんまり無理しちゃだめよ。ツツィーリエちゃんは私とかそこの女みたいに丈夫な体じゃないんだから」

 ツツィーリエは小さく息をつく。

『ごめんね、タレンス。今日はお化粧教えてくれるって約束だったのに』

「何言ってるの、この子は。そんなこと全く気にしなくていいの」

 タレンスは目を細めてツツィーリエに笑いかける。

「無理せずゆっくり休んでちょうだい」

 ツツィーリエがゆっくり頷いた。

「さて、私は軽くお昼を食べてからまた仕事に戻らなきゃ」

「お前は仕事してばっかりだな。お前こそ、体壊すなよ」

「あら、心配してくれるの?」

「お嬢がいらぬ心配をするだろうが。お前ごときがお嬢の心を煩わせるなど百年早い」

「口の減らない熊だこと」

 タレンスが鼻息でモヌワの言葉を吹き飛ばすと、書類を取り出してため息をつきながら目を通し始めた。

「おいおい、仕事に戻るのは飯食ってからじゃねぇのかよ」

「仕事の休憩に仕事する位じゃないと回らないのよ」

「そんなに書類が好きかね」

「フン、ほっといて」

 タレンスが口をとがらせながら書類を観察していると、タレンスの後ろの扉が開いた。

「おや、お嬢様。起きても大丈夫なのですか?」

 入ってきた口髭の執事は、机に顎を載せている少女を見て目を大きくする。

『えぇ、大丈夫よ。ありがとう、ラト』

「いえ、大丈夫ならよいのですが。無理はなさらないでください。お嬢様も公爵様に似て無理をするところがありますので」

 ツツィーリエは口元に小さく笑いを浮かべてみせる。

「おや、私はそんなに無理してるかな」

 ラトの後ろから、白髪交じりの銀髪をした男が入ってきた。

「公爵様。ここ数年で一番詰まらない冗談ですよ」

「昔からユーモアのセンスに乏しくてね」

 公爵は肩を竦めると、ツツィーリエの方に歩いて行った。

「熱は少し下がったかな」

 公爵の冷たい手がツツィーリエの額に当てられる。ツツィーリエは公爵の灰色の目を見上げながら頷いた。

「それは良かった」

 公爵は微笑みをわずかに深くしながら自分の席に着いた。

「全員休憩?珍しいこともあるもんだ」

「緊急の案件がありませんから」

「へぇ。そういうもんかね」

 モヌワは背もたれに体重を預ける。

「たまには全員でお昼を食べても罰は当たらないさ」

「そりゃそうだ。家族で飯食って罰を当てるような神なんざ願い下げだ」

「モヌワが言うと信憑性が違う」

「光栄だね」

 モヌワが平板な口調で返答する。

「あら、公爵様もいるわ。珍しい」

 台所から顔を出したマーサが手を前掛けで拭きながら目を丸くした。

「てっきりいつもみたいにお部屋で召し上がるかと」

「たまにはね。時間かかりそう?」

「いいえ、別に。作るものが変わるわけじゃないですし」

「それは良かった」

「お嬢様、もう少しお待ちくださいね。もう少しでできるので」

 ツツィーリエが頷く。

「食べ終わったら、薬飲んで、体を暖かくして寝てくださいね」

『分かったわ』

「本読まずに寝てくださいよ」

 ツツィーリエは机に顔を突っ伏してわずかに頷く。

「あら、なんだか懐かしい感覚がするわ。なんでかしら」

 マーサが顎に手を当てる。

「公爵様がお休みされる時ではないですか?」

「あぁ、それだわ。似た親子ね」

「先程私も同じことを言いました」

「そんなに似ているかな」

 ラトとマーサが同時に頷いた。

「割と」

「一緒に暮らしていると似るようですね」

 マーサがからからと笑いながら言った。

「あら、でもラトさんも私も公爵様よりはユーモアがあると思いませんか」

「それもそうですね」

 ラトとマーサはお互いに笑いあう。

「私はおもしろくないな」

「そんなこと言って」

 公爵がため息をついた。

「別にいいけどね。公爵はユーモアのセンスがなくっても務まる珍しい仕事だから」

『安心したわ』

 ツツィーリエは机の上の手をひらひらと動かす。

「あ、鍋の様子を見てこなきゃ」

「何か手伝いましょうか?」

「あら、じゃあ配膳だけ手伝ってもらえますか」

 その言葉を受けて、公爵たちが立ち上がる。

「お嬢はそのままでいいですよ、私が持ってきますから」

『ありがとう』

 モヌワが嬉しそうに笑う。

「いいんですよ」

 皆が台所の中の扉をくぐると、すぐに公爵が大きめのサラダ皿を持って出てきた。

「ツィルのは他にあるんだって。食べたければ食べてもいいけど」

『果物があったらちょっと食べたいわ』

「マーサが柔果を切ってたよ」

 ツツィーリエはそれを聞いて小さく微笑む。

「あぁ………なんだか」

 公爵が窓のほうを見ながらつぶやく。サラダ皿を持ったまま外を見る公爵を見ながら、ツツィーリエが首をかしげた。

「ん?あぁ、ごめんね」

 公爵はテーブルの上に皿を置く。

『どうしたの?』

「………なんだか、とっても平和だな、って思っただけ」

 公爵の目が再度窓の外に向く。それにつられてツツィーリエの視線も外に向く。

 初夏の若い日差しが庭の大きな朱果の樹を優しく照らしていた。朱果の枝には小鳥が留まり、鳴き声が庭中に広く響いている。風が草木を揺らしす葉擦れ音が窓を通って少しくぐもっていた。台所からはふわっと昼食の匂い、そしてタレンスとモヌワの言い合う声も聞こえる。窓からの光は公爵を照らして、眩しそうに細める灰色の瞳と、銀髪に交じる白髪を光らせていた。

『何かあったの?』

「………いいや」

 公爵は視線を窓から外して席に着く。

「いたって平和だよ」

 朱果の樹に止まっていた小鳥達は飛び立ち、先程まで響いていた鳴き声は聞こえなくなっていた。


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