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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
6章 初成人の儀
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奴隷の少女は公爵に拾われる 157

 ツツィーリエは目を覚ますと、のったりと腕を上げ、息をついて目を擦った。肩にかかる黒い髪を背中に戻すと、少し汗の匂いがする。小さいため息をつくと、ゆっくりと体をベッドの外に出す。すると、お腹から小さな動物の鳴き声のような音が漏れた。

「………」

 無言でお腹を押さえる。また、お腹の中から切ない鳴き声が漏れた。

「………」

 ツツィーリエは寝間着のまま、扉の方にふらふらとした足取りで向かう。扉を開くと、出口のすぐわきにモヌワの巨体がうずくまった状態で転がっていた。

「………」

 うずくまった状態であってもモヌワの方が大きい。その大きな体をツツィーリエが揺らす。

「……ッはッ!」

 モヌワはよだれのついた顔を跳ね上げると、まっすぐ目の前にいるツツィーリエを見た。

「………あぁ、お嬢の幻覚が見える」

『幻だったらきっとお腹は減らないわ。こんなところで寝てると風邪ひくわよ』

 モヌワが目を擦って、再度ツツィーリエの方を見る。

「あ、お嬢だ」

『えぇ、そうよ』

 ツツィーリエはモヌワの頭をなでると、そのまま歩き去ろうとした。

「……はっ!?お嬢、体は大丈夫ですか!?」

 モヌワがツツィーリエの前に回り込んで、心配そうに手を伸ばす。

「ずいぶんと辛そうにしています。どちらに行かれるので?」

『お腹減ったから食堂に行くわ。体調は大分ましよ。まだ体がだるいけど』

「無理に歩かない方がいいですよ。私が背負いますから」

『大袈裟ね。別に骨を折ったわけじゃないんだから歩けるわよ』

 モヌワの脇を避けてそのまま歩く。

『私そんなに長い時間寝てた?』

「えぇ、そりゃぁもう」

『どれくらい?三日位?』

「今朝、ご飯を食べた後眠られて、今が昼なので……」

『そんなことだろうと思ったわ』

 ツツィーリエは視線をモヌワから外して、お腹をさする。

「そんなにお腹がすいてますか?」

『マーサの薬湯のおかげかしら』

「朝もあまり食べてないですしね。まぁ、食欲が戻られたのでしたら大丈夫です。きっと疲れがたまってらしたんでしょう」

『別にそんなに疲れるようなことはしてないんだけど』

「着せ替え人形したりしてますから。準備自体は公爵さんとラトさんがほぼやってくれてるとはいえ、お嬢もそれなりにやることやってますから」

『そうなのかしらね』

 ツツィーリエはいったん腕を下すと、少し歩いてまた腕を上げた。

『お父さんは?』

「公爵さんなら、部屋に籠ってると思いますよ。いつも通りです」

 ツツィーリエはその言葉に頷くと、顔を少し上にあげる。

『そうだ。ファフナールへのプレゼントも考えなきゃね』

「もう、今はそんなこと考えなくてもいいんです。体調崩したときくらい、自分の体のことを考えてください」

 モヌワがあきれたようにため息を吐く。

「せっかくちょっと元気になったって、また体調崩したら元も子もないんですから」

『それもそうね』

「だから、ぜひお嬢は私に背負われてください。なんなら抱き上げていきます」

『却下よ』

 ツツィーリエはモヌワの提案を腕の一振りで拒否すると、自分の腹の虫に従ってまっすぐ食堂に向かった。食堂には食べ物の暖かく優しい匂いが充満しており、ツツィーリエの鼻をくすぐってきた。ツツィーリエは大きく息をつくと、台所に向かう扉の方に歩みを進める。その途中で、台所の扉が反対側から開いた。

「あら、お嬢様。起きられたんですか?」

 マーサが前掛けで手を拭きながら、ツツィーリエを見て目を大きくした。ツツィーリエは頷くと、何か伝えようと手を上げる。

「あぁ、いいですよ。お嬢様の事だから、お腹を空かしてここまで来たんでしょう」

 ツツィーリエは慣れた者にしかわからない程度に憮然とした顔をする。だが、ツツィーリエが何かをする前に少女のお腹が可愛らしい鳴き声を上げた。

「座っていてくださいな。お腹に優しいものを用意しますから」

 マーサは笑いながら、台所の方に戻って行った。ツツィーリエは少し口をとがらせていたが、おとなしく椅子に座って、テーブルに頭を預けながら手をぶらっとさせる。

「お嬢、大丈夫ですか?」

『えぇ、何か食べたら、また寝るわ。さっさと治さないとみんなに迷惑をかけてしまうし』

 テーブルの上にあげた腕で億劫そうに言った。

「そうしてください。初成人の儀の本番まではまだある程度日があります。他の奴らは最悪本番居なくてもいいですが、お嬢がいないんでは話になりません」

『そうなのよね。モヌワ、私の代わりに初成人の儀に参加して頂戴よ。億劫だわ』

 ツツィーリエは目を細めながら、顎をテーブルに乗せている。

「お嬢が私の代わりに護衛してくれるんなら考えますよ」

『それは無理ね。モヌワならドレスを着ても映えるでしょうけど、私が護衛官の制服を着るのは滑稽だわ』

「どっちもどっちですよ。それに、私がドレスを着るのは無理です」

『なんでよ』

「布の発注が間に合いませんよ。仮に私がドレスを着るとしたら、大量の布が必要ですから」

 ツツィーリエの人形のような目がモヌワのはちきれんばかりの筋肉と胸部に向けられ、小さく息を吐いた。

『服の採寸をされてるせいで、いやでも自分の体の事を意識してしまうわ』

「何か悩みでも?」

『細すぎるのよね』

「なにがですか?」

 モヌワがツツィーリエの体をしげしげと眺める。

「あぁ、確かに。お嬢は戦場で生きていくには少し筋肉が足りませんね」

『………』

「………」

『………モヌワはそういうこと思ったことない?』

「そういう事とは?」

『自分の体に不満を持ったことない?』

「ありますよ」

『あるの?』

「えぇ、もちろん。筋肉と体格は良いんですが」

 モヌワは自分の胸に手を当てる。

「これが邪魔で。いっそ切ってしまおうかと思ったことも」

 ツツィーリエは瞬きをしながらモヌワを見る。

「まぁ、神から授かった体です。勝手に傷をつけるわけにはいきませんでしたから。なるようにしかなりませんし」

 ツツィーリエがため息をついた。

「え?どうしたんですか?」

『別に何もないわ』

 ツツィーリエは憂鬱そうに外を眺める。

 外は初夏の気配がする爽やかな風が庭の朱果の樹を揺らし、葉を透かすには足りない陽の光がゆっくりと世界を温めていた。

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