奴隷の少女は公爵に拾われる 150
モヌワとツツィーリエが公爵邸の前に着いたのは、それからしばらくして日が沈み切ってからの事だった。
「遅くなりましたね」
モヌワはそう言いながら門の呼び鈴を鳴らす。低く響く鐘の音が鳴ったかと思うと、すぐさま門の奥にある扉が開いた。
「お嬢様、モヌワ、よかった。帰りが遅いから心配しましたよ」
そういいながら扉から現れたのはふくよかな女性だ。使用人らしいスモックにエプロンをつけ、髪は上にひっ詰めている。パタパタと門の方に走り寄ると、大きな門の閂を開ける。
『マーサ、ごめんね。採寸で時間がかかっちゃったの』
「そうでしたか。まぁ、今度の服に関しては、一分たりとも妥協しないようにラトさんも私も何度も言いましたからね。前回の時はかなり妥協した点があったみたいですし」
『そうなの?綺麗だったけど』
「そりゃそうですよ。お嬢様が着ればなんだってきれいですよ」
『じゃあ、今回だってそんなに頑張って服作らなくても―――』
「いいえ、ダメです」
マーサがツツィーリエの方に顔をずいっと近寄せる。
「今回の成人の儀は、貴族連中だけじゃなくて町の人も、国外の人もかなりの人数が見るんですから。お嬢様の服装には最善を尽くしますよ」
「え、街の人も見るのか?貴族と市民の距離ってそんなに近かったでしたっけ?」
「今回の成人の儀は二公爵合同開催って噂で、街は持ちきりよ。普段は表に出ない国守の公爵も式典に出るっていうのと、その娘のツツィーリエ様が出るってんでかなり興味があるみたいね」
「そんなに噂になってんのか」
「珍しいわよ、こんなの。普段公爵様が何かに出るときは情報を制限して関係者以外には知らせないようにしてるのに、今回はまったくそんなことしてない見たい」
「何にもしてないどころじゃないわよ」
公爵邸の扉の奥から、少し疲れた男の声が聞こえてきた。
「あら、タレンス。仕事はひと段落したの?」
「何とかね」
扉から現れたのは、胸板の厚い大柄な男だ。髪は刈込が入り、威圧感のある風貌と低いどすの利いた声をしている。だが、その口調はどことなく女性のような、柔らかいものだ。目の下には若干隈が浮かんできている。
「たぶんだけど、わざと噂を広げてる様な気がするわ」
「なんだってそんなことするんだ?」
「さぁ?ツツィーリエちゃんのお披露目だから、派手にやりたいと思ってるんだと思うけど」
タレンスは顎をつまみながら目を細める。
「でも、やりすぎると陛下の機嫌を損ねちゃうわ。ただでさえ閣下は陛下に嫌われてるのに」
『どうして?』
「そりゃ、閣下が陛下の言う事を聞かないからよ」
「はいはい、玄関前でそんな話をするのはよしましょ。お嬢様も、もうご飯出来てますから」
ツツィーリエの人形のような表情が一気に明るくなった。
「あれ、そういえばお嬢様、その手の笛はなんですか?」
マーサは玄関の門を開けながら尋ねる。
『モヌワにもらったの』
「成人のお祝いでしょ」
タレンスが確かな口調で言った。
「なんでわかるんだ」
「あんたの国の風習でしょ?成人のお祝いに木の笛を送るの」
「私はお前に出身地なんて言ってないぞ」
「あんたの名前を聞けば出身の国が分かるし、肌の色とか鈍り方を聞けば出身地方もわかるわよ」
「ンなわけあるか。名前から出身の国を当てるならまだしも、鈍り方だ?私の言葉にはもうほとんど鈍りなんか残ってないぞ」
「若干ラ行の発音し辛そうにしてるじゃない。それに若干浅黒い肌に赤毛、あんたの出身地方は、北部の砂漠地域でしょ。宗教の要素が特に強い地域でもあるから、すぐにわかるわ」
モヌワは何も言わず唇を引き結ぶ。
「言っとくけど、私くらい他国の風俗に詳しい人間なんか、この国には国富の公爵くらいですからね。馬鹿にしないでもらえる?」
タレンスは胸を張って鼻を鳴らした。
『詳しいのね、タレンス』
「言葉を学ぼうと思うと、どうしてもその国とか地域の文化的な基礎を知っておく必要があるのよ。まぁ、そういうのが好きっていうのもあるけど」
タレンスはツツィーリエと並んで歩きながら言った。
「お嬢様、すぐにご飯にされます?それとも一旦部屋に戻ります?」
『今食べたいわ。採寸の時ずっとなんにも食べてないから、お腹が減っちゃって』
「わかりました。じゃあ、ちょっと手伝って下さいね」
ツツィーリエはうなづく。
「マーサさん、お嬢が手伝うなら私も手伝うぞ」
「モヌワは台所にあんまり入らないでちょうだい。皿とか割れやすいものがたくさんあるから」
「この間のは事故だって………。お嬢が働いてるのに私が何もしないのは落ち着かん」
「やーい、粗雑なデカ女」
タレンスがからかうように言った。
「タレンス、あなたも台所入らなくていいからね」
「なんで!?」
タレンスの目が一気に開き、手を大きく振りながら抗議する。
「別に私は何か壊したりとかしないじゃない!」
「あなた、嫌いな食べ物があったらよそに退けるでしょ」
タレンスがぐっと言葉に詰まる。
「台所で私に隠し事なんか百年早いわ。台所でそれされると邪魔なの。いい加減好き嫌いは治しなさいって、いつも言ってるのに」
タレンスは何も言えずただ口をモゴモゴさせる。
「やーい、偏食男女」
タレンスはキッとモヌワの方を睨む。
「なによ」
「おう?やんのか、こら」
鼻を突き合わせるようににらみっている二人をよそに、マーサとツツィーリエは台所の方にスタスタと歩いて行った。




