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奴隷の少女は公爵に拾われる  作者: 笑い顔
6章 初成人の儀
146/164

奴隷の少女は公爵に拾われる 146

 高い天井にある窓から西日が射しこみ、部屋を鬱陶しい明るさで満たしていた。部屋の中央にある大きな楕円形の机には大量の資料が置かれている。

「で、話は戻りますが、公爵閣下が先冬に治安維持軍を動かした件について、もう一度伺えますか?」

 うんざりしたような全体の雰囲気で部屋が淀む。机の前にはゆったりとしたローブを着て資料を読む者が三人と、退屈そうに座る男が一人、そしてその反対側に白髪交じりの銀髪をした男が座っていた。

「えぇ。資料の13枚目をご覧ください」

 その要望に眉の毛一つ動かさずに答えたのは、白髪交じりの銀髪をした男だ。かなりよれている資料を紙の束から取り出すと、灰色の目を四人の男たちの方に向けた。かなりうんざりした顔の四人の男たちは、ゆっくりと指定の資料を取り出す。

「私が北の国境に向けて治安維持軍を動かしたのは、北の国境付近で侵略、もしくは辺境伯防衛圏突破を予期させる不穏な動きがあったからです。その情報は筆頭辺境伯からもたらされ、信憑性の高いものであると判断いたしました」

「その情報が確かにもたらされたという証拠は、提示できますか」

「先程も言いましたが、あなた方に提示する必要はありません。防衛に関する情報はすべて国守の公爵の権限で扱いを決定できると、防衛法で明言されています」

「だが、王室典範6条3項には、国王およびその命を受けた執政官は各公爵の権限行き過ぎたところあればそれを諌め、場合によっては権限の剥奪を行う事ができるとある。我々は、国守の公爵閣下、あなたの行動が行き過ぎた行為であるかどうかを判断する義務がある」

「先程も言いましたが」

 国守の公爵は資料の束を見もせずに、慣れた口調で言葉を返した。

「確かに王室典範6条3項ではそのような法文になっています。ですが、その法文の中には一言も、公爵の行動を調査する必要がある、など書かれていません。その法文が意味を持つのは、公爵が権限から著しい逸脱をしたと認識されてからです」

「なら、閣下が国境に向けて治安維持軍を動かしたことに対して先方から正式な抗議文が来たことに関してはどう思うのかね」

 苛立ちを隠さない神経質そうな若者が、机を指でたたきながら詰問する。

「先方が陛下に対して送った抗議文章に嫌がらせ以上の意味はありません。軍の行動に関する実務権限があるのは国守の貴族ですし、彼らもそれを知っています。外交上何か問題があるとすれば、それは国富の貴族の管轄になります。彼らの行動は買った魚の文句を隣の八百屋に言うようなもので、的を射ていません。その件に関しては、こちらでも、また国富でも、それぞれ対処をしています」

「その魚を売った魚屋を八百屋が管轄しているなら、その客の行動に整合性がありますな、公爵閣下」

 神経質そうな男はにやっと笑いながら言う。

「えぇ、その通りですね」

 国守の公爵は肩を竦める。

「なら、文句を言われた八百屋は魚屋に何か対策と賠償を求められるわけですな」

「その例え話と、今回の議題に関する話題で決定的に違うところは、執政官殿」

 国守の公爵は仮面のように変わらぬ表情で言い放った。

「国守の公爵である私は、王族の管轄下にはないという事です」

「無礼であるぞ!!」

 怒鳴りだす執政官に、国守の公爵が冷たい目を向ける。

「いいえ、何も無礼ではありません。その件に関する法文が載っているのは王室典範、貴族規律典範になります。王室典範の法文には、国王は次代の公爵に対する任命権を持ち、任命された公爵は敬意を以て首を垂れることを良しとする。そして公爵以下すべての貴族から敬意を以て接せられることを良しとする。それに逸脱する場合は国王に対する不敬とみなす、とあります。貴族規律典範には、国王陛下を筆頭とした王族と、二公爵を筆頭とした両貴族集団は同等の権限を持つ、但し二公爵は敬意を持って王族に対して首を垂れ、その下の位の者はそれに倣うべし。とあります」

「つまり敬意を持って我々の指示に従うのが筋というものであろう」

「いいえ、敬意を持って接することと、全ての指示に従うと言うのはまた別の問題でしょう。公爵の権限や義務に執政官や陛下が干渉できるのは、各法の法文で示された特定の条件を満たす場合のみです」

「アスル公爵」

 国守の公爵は、表情を全く動かさず、しかし耳をぴくっと動かして声の主の方に顔を向けた。

「なんでしょうか、陛下」

 茶色い口髭を豊かに蓄えた男だ。年は30代の後半だろうか、堂々とした体格と自信に満ちた表情、腕と足を組んで公爵の方を見下ろす様に胸をそらしている。僅かに癖のある茶髪は丁寧に整えられ王冠が乗っている。服装は薄手のシャツの胸元を僅かにくつろげて、ラフな印象を受けた。

「執政官は皆頭が良い性か迂遠でいかん」

 口に笑みを浮かべ口髭を撫でる。よく通る声だ。身を乗り出し、茶色いギラギラとした目で公爵の方を見る。

「アスル、お前はやり過ぎている。権限を逸脱しておる。それが俺と執政官の間での共通認識だ。しかもお前のやっている事を我々王族と執政官評議会に知らせる事もしない。大いに問題だ」

「その件に関して、先程から幾度も説明をしております」

 公爵は苛立ちを露ほども見せず返答した。

「もしそれでも私の行動が問題であると仰るのでしたら、全体評議にかけられる重大な案件でございます。是非その場にて議題をおあげください」

 国王の周りにいる若者二人が目を見合わせる。

「そんな大事にしたくはない。こういう話し合いの場で納められる程度の話だ」

 王はしれっと言った。公爵はそれに対して何も返答しない。

「俺たちはアスル公爵が何をしているのか、ある程度把握したい、それだけなんだ」

 王が猫なで声を出す。

「私は国内の諸規則に則って職務を果たしているだけです。その中で私の行動が逸脱する様な事があれば、規定に従った処遇を受けます」

「面倒な規則はこの際置いておこうじゃないか、俺とアスルの仲だろ?」

 癖になっているのだろう、見下ろすように腕を組み口髭を撫でながら公爵に喋りかけている。

「申し訳ありませんが、私の行動は全て規則によって縛られるものです。その規則に何か問題があると陛下が判断されるのでしたら、立法権限を行使して評議会で議論されたのち、二公爵を含めた決定機関での審議をお待ちください」

「規則規則規則。随分退屈だな、おい」

 国王はいきなりいら立ちをあらわにする。

「規則はそういうものでございます」

「決定機関で審議をかけると言った所で、俺たちが出した防衛関連の法案はお前が妨害して通らんじゃないか」

「それは誤解でございます。私が持っているのはただ一票。その前の議論では私の意見を述べさせていただきますが、それだけでございます」

「決定機関の中にお前の息がかかってる奴らがおるだろうが!!」

 国王はいきなりテーブルを叩き、資料を揺らした。若い執政官二人をびくっとするが、国王の右わきにいるはげ頭の男は国王の方に視線を移すだけだ。公爵に至っては全く体も表情をも動かさない。

「お前は大人しく俺の言う事を聞けばいいんだ!いいか?その気になれば、俺はお前を公爵の座から―――」

「陛下」

 その国王の言葉を遮って、年配のはげた男が口を出した。落ち着いた声だ。目には深い智慧、表情は穏やかでとげの無いものだが、時折目の隙間から覗く狡猾な光は味方を安心させ、敵を不安にさせるたぐいのものだ。

「む……なんだ、イヴン」

 先程まで激昂している様子だった国王が一気に落ち着く。少しばつの悪そうな顔でイヴンの方を見た。

「朝に始めたこの会議ですが、今では日が暮れようとしています。陛下も少しお疲れのご様子ですし、この議題は先程から何度も何度も議論されて結論が出そうにない」

 どうでしょう、とイヴンが続けた。

「この議題は準議案事項と言う事で結論を保留して、また時間のたくさんある時にでも再度話し合いをすると言うのは」

「そうだな……そうしよう。確かに俺も疲れた」

 若い執政官二人はまだ何か言おうとしたが、イヴンに睨まれてすぐに体を縮めた。

「イヴン筆頭執政官殿の意見に賛成します」

 公爵はゆっくりとした口調で言った。

「では、この議題を準議案事項として再会議の対象とし、この会議を閉会したいと思います」

 イヴンが資料を片づけながら立ち上がる。後の面々もそれに従う。

「陛下、後はお任せください。後の事務的な処理は私たちでやっておきますので」

「む、分かった。任せたぞ」

 国王はそういうと腰を伸ばしながら立ち上がる。

「ご苦労だったな。またこういった案件で話し合う事もあるかと思うが、その時もよろしく頼む」

 公爵はその件に関しては礼をせず、直立の態勢のまま微動だにしない。

「では」

「一同、陛下に礼!」

 イヴンの言葉に従って各々が礼をする。それを満足そうに見た国王はすぐ近くの扉から部屋を出た。


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