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奴隷の少女は公爵に拾われる 141

 馬車を降りた国守の公爵たちに声をかけたのは、朝日を受けた水面のように鮮やかな金髪と、深く深くどこまでも飲み込まれそうな緑の目をした男だ。

「閣下を我が家にお招き出来て嬉しいですね」

 笑みを浮かべるその顔は、多くの芸術家がその顔をモデルに自身の作品を作りたいと思うほど美しい。それはガラスのようなもろい美しさではなく、むしろ強烈に燃え上がる猛火の一番美しい一瞬を切り取った様な、強い力に満ちたものだ。全身から溢れ出る自信と相まって、炎か太陽のような、恐れと同時に自然と引き寄せられる魅力を持っている。

「国富の公爵閣下。本日は突然の訪問に時間を割いていただくばかりか、こうして国富の公爵本邸にまでお招きいただいて、恐縮です」

 銀髪の公爵は僅かに眉を下げながら申し訳なさそうに頭を下げる。

「そんなとんでもない。頭を上げてください。こちらにお呼びしたのも、御令嬢との買い物を邪魔したのも僕の勝手です」

 表情の変化に乏しい銀髪の公爵とは対照的に、金髪の公爵は気まぐれな天気の様にコロコロと変わる表情を見せる。

「それのお詫びと言ってはなんですが、ぜひ僕の家で夕食を召しあがって行ってください。マーサさんの作るものに比べれば劣るかもしれませんが、閣下と御令嬢が満足できるものをお出しできると思います」

「それは大変ありがたい話です。是非ご一緒させてください」

 銀髪の公爵のこの言葉に、金髪の公爵はこの日一番の笑みを浮かべる。

「嬉しいな!今日はいい日だ」

 金髪の公爵はそう言いながら、自然に後ろを向いた。

「ファフ、挨拶を」

 彼は後ろに半ば隠れるように立つ少年に声をかける。その声を聴いた少年は、少し緊張したように前に出て父親の隣に立つ。

「お久しぶりです、国守の公爵閣下、ツツィーリエ公爵令嬢」

 パッと見ただけでその少年が隣に立つ男の息子であることが分かった。同じように輝く金の髪と緑の瞳、顔には父親のような迫力はないが、同時に父親が持っている危険な狡猾さを感じないため親しみやすさがあった。体の線は細く緊張のため表情は硬いが、背筋はまっすぐとし伸ばし決して見下されないようにする気位の高さがうかがえる。

「久し振りですね、ファフナール殿。お元気ですか?」

「はい、お陰さまで」

 やや緊張した様子で一瞬父親の方に目を向けるが、すぐに視線を戻す。

「ツィル、こっちへ」

 銀髪の公爵も自分の娘に声をかける。呼ばれたツツィーリエは、静かに父親の横に立つと、黙ってお辞儀をして紙に文字を書いて行った。

『お久しぶりです、国富の公爵閣下、ファフナール殿』

「お久しぶりです。その髪飾り、よくお似合いですよ」

 国富の公爵が美しい顔で完璧な笑みを浮かべながら、ツツィーリエの髪飾りに言及する。

『ありがとうございます。これは知り合いに選んでもらったものなんです』

「美しい髪と白い肌によく映える色と柄を選ぶ所に良い感性を感じます」

『今度彼女にあったら公爵閣下がそう言っていたと、伝えておきます』

「それはありがたい」

 国富の公爵は、顔をもう一人の公爵の方に向け直す

「閣下、よろしければ夕食までの間僕の家を案内したいと―――」

「閣下」

 上機嫌な言葉を遮る様に、もう一人の公爵の言葉が被さる。

「少しお話があるのですが」

 驚いたような表情をする金髪の公爵が、殆ど無表情な灰色の瞳を見る。 

「できれば二人で」

 その口調にも殆ど温度がないが、その言葉にある真剣さは心の機微に敏い国富の公爵でなくても分かった。

「………ファフ」

「は、はい?」

 父親の声のトーンが先程までの上機嫌なだけのものから、隙の無い狩人の様な低さを伴うものに変っていた。

「ツツィーリエ公爵令嬢に、我が家を案内して差し上げなさい」

「は……はい」

「失礼の無いように」

 公爵は息子を一瞥すると言い含めるように、そう言った。ファフナールは黙って頷く。

「我儘を言って申し訳ない」

「何をおっしゃるやら。本題を解決してからでないと折角の楽しみが台無しですから」

 国富の公爵は、ドアの前に控えている小姓たちの方を見る。彼らは一行の歩みを緩めさせる事の無い完璧ないタイミングで扉を開け、彼らが通り過ぎるまで深い礼を崩さず微動だにしなかった。

「閣下、こちらへどうぞ。応接室にご案内しましょう」

「ありがとうございます」

 国富の公爵邸の中は、入った瞬間仄かに甘い花の匂いがした。玄関ホールは殺風景な国守の公爵邸とは違い、多くの絵画やタペストリーで飾られている。床は主に人が歩く所を赤い絨毯で、そうでない所は飾り絨毯で覆われていた。飾り絨毯は良く見ると何かの物語を象っているように、登場人物の動きが生き生きと描かれている。壁には蝋燭では無く埋め込み式のランプが入っており、もうほぼ日が落ちて忍び寄ってくる闇を追い返していた。天井には金の鎖で釣られた飾りランプが幾つも連なり、玄関から入る者らを迎えるように煌めく。

「閣下はこちらへ。ファフ、頼んだよ」

「はい。ツツィーリエ公爵令嬢はこっちに。屋敷を案内します」

 ファフナールはツツィーリエの方に手招きをすると、玄関ホールから伸びる廊下の方へと進んで行く。国富の公爵はそれを確認すると、玄関ホールにある大きな階段の方へと歩いて行った。

「ツィル。私は国富の公爵と少し話がある。ファフナール君と一緒にしばらく待っていておくれ」

 ツツィーリエは頷くと、手を動かした。

『大丈夫?』

「別に危ない事をしに行くわけじゃない。少し話をするだけだよ」

 公爵は小さく微笑みそう言いながら、体で隠す様に小さく手を動かす。

『もちろん、十分に気をつけるよ。毒蛇と戦うようなものだから』

 娘に小さく手を振ると、階段に足をかけて待っている金髪の公爵を追って歩いて行った。ツツィーリエはそれを見送るように立っていた。

「おい、ツツィーリエ公爵令嬢」

 表情を変えず広い玄関ホールの真ん中で立っているツツィーリエに声がかかる。

「なに突っ立ってるんだ」

 ツツィーリエは声の主であるファフナールの方に顔を向けた。先程の緊張した表情は解け、腰に手を当てた状態でファフナールが近くに立っている。

「二階に行きたいのか?」

 ファフナールは二人の公爵が上がって行った階段の方を見上げる。

「今はダメだぞ。お父さんが何か喋っている時にその部屋に近づいたら、凄く怒られる」

 ツツィーリエはゆっくりと頷いた。

「………久し振りだな」

『さっきも聞いたわよ、それ』

「さ、さっきのは挨拶だ」

 ファフナールは少したじろぐ様に早口になる。

「で、この屋敷のどこに行きたいんだ?何か見たい所があるんなら最初にそこを案内するぞ」

 ツツィーリエは顎に軽く手を当てて首をかしげる。

「おいおい、こういうのは招いた側が全部段取りを決めとくもんじゃねぇのかよ」

 モヌワがツツィーリエの後ろからファフナールに喋りかけた。

「悪かったな。こういうのはいつもお父さんがやってるから、僕はあまり知らないんだ」

「へぇ、だからお嬢に全部丸投げってことか?」

 モヌワが意地悪な口調で喋る。ファフナールはぐっと言葉に詰まった。

「あんまり坊ちゃんをいじめんでやってくれよ」

 と言う声と共に、ファフナールの横の空間にインクが滲んだような揺らぎが生じる。その揺らぎが一瞬で収束すると、軽薄な顔をした猫背の男が立っていた。

「おい、イーマ。勝手に出て来るな」

「別にいいじゃないっすか。この人ら前に俺の事を見てるんすから。それに隠れてるのって結構しんどいんすよ?たまには息抜きさせてくださいって」

 イーマと呼ばれた男は、シャツにジャケットと言うかなりの軽装に短くぼさぼさの頭、眠そうな垂れ目をしている青年だ。やる気の無さそうな態度だが、彼の動きには音が無くジッと見つめていなければその場から霧の様に失せてしまいそうだ。

「まぁ、いい。それよりもツツィーリエ公爵令嬢」

『一々令嬢ってつけなくてもいいわよ。長いし』

「じゃあ、ツツィーリエ」

「お前、お嬢を呼び捨てにするのに躊躇い一つ見せないのかよ」

「見せる訳ないだろ。同い年だろ」

「それに坊ちゃんは女性の扱いには慣れてますもんね」

「おう?お前、お嬢をそこらへんの女と一緒にするなよ?ちょっとでも手が触れたらその部分そぎ落とされると思え」

「毒か何かか」

「んだとぅ!?」

「大丈夫、坊ちゃんは多少性格が毒みたいでも手慣れた振る舞いで扱うから。ね、坊ちゃん」

「お嬢が毒の様な性格だと?命が惜しくないってことだな」

「誰もそんなこと言ってない」

「言ってないだけで?」

『そんなこと思ってるの?』

 ファフナールは何か言おうとした所に差し出された紙を見て、顔中の筋肉を顰めた表情でツツィーリエを見た。

「ここには僕の味方はいないのか」

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