奴隷の少女は公爵に拾われる 138
「こんなのでいいの?もうちょっといいの探せばきっとあると思うわよ?」
ツツィーリエが髪を纏めるのに使っている髪留めを見ながら、エレアーナが言った。
ツツィーリエは耳にかかる髪を抑える髪留めを触る。金と黒の縞模様をしたそれは人差し指ほどの大きさで黒の部分は髪と同化し、金の部分は蜜蝋のように滑らかな光を黒い髪の中に射している。
『別にいいわよ。気に入ったわ』
エレアーナはそういうツツィーリエに不満そうに唇を尖らせるが、おとなしく引き下がる。
「ここら辺、服とかもいろいろあるのよ?既製品だけどそれなりに着れるから重宝するわよ」
『これ以上服増えても着ないうちに体の方が変わりそうね』
ツツィーリエはそう文字を書くと、周囲の人だかりを目を細めながら見る。
「どうしたの?」
『あんまり人が多いから。いつもこうなの?』
エレアーナが選んだのはそこそこ質の良いモノを置いている市場のようなところで、広い道の両脇に様々な店が軒を連ねている。しかしそこら辺の出自の不明な怪しい店ではなく、おいてある品物が値段の割に質が良いのはツツィーリエが見てもわかる。だがそれだけ人が多く、人の熱気がひんやりした冬の冷気を締め出している。ツツィーリエは人形のような表情は崩さないが、慣れた者が見ればかなりうんざりしているのが分かった。
「だいたいこうよ。良いモノを買おうと思ったら、それ相応に苦労がいるわけね。よくできた世の中よ、全く」
「私もいい加減帰りたい気分だよ」
買い物に同行している国守の公爵はため息をつきながらゆっくりとついてくる。
「何言ってるの。今日はあなたが財布なんだから、ついてきてくれないと困るわよ」
「あぁ、お金いっぱい出すからもっと人の少ないところにしない?」
「嫌よ、そんな無駄な事したくないわ」
エレアーナはほとんど何も買っていないにもかかわらず笑顔で拒否した。ツツィーリエを連れまわすように市場を駆け巡ると、いろんなものをツツィーリエに試して楽しんでいるようだった。
「おい、あの女に任せたの間違いだったんじゃねぇか?お嬢が連れて行かれちまう」
公爵に話しかける女は人でごった返す市場の中では赤い髪のエレアーナよりもさらに目立つ体格だ。ツツィーリエとエレアーナに懸命についていきながら、エレアーナの髪と美貌に羽虫のように寄ってくる男どもをほとんど殴り飛ばすように追い払っていた。
「他にこういうのが得意な人はもっと性質が悪いか、とっても遠くにいるかのどっちかなんだよね」
「お前、ろくな奴と付き合ってねぇな」
「全くだよ」
そうつぶやくと同時に、エレアーナが人ごみをすり抜けて市場の中を走りはじめる。モヌワが必死に追いかけていくのを、公爵は小さくうなだれながらゆっくりと歩き始めた。




