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奴隷の少女は公爵に拾われる 132

「ほら、入りな」

 冬の風が吹き荒ぶ中、ツツィーリエとモヌワは激しい彩色の家の前に来た。農地と道路しかないような殺風景な場所にぽつんと立っている家だ。壁には一面に原色の塗料が塗りたくられ、周囲と全くそぐわない。看板を見て初めてここが仕立て屋だとわかる。

「相変わらず派手な家だな」

「芸術的だろ。まぁ、若気の至りだ」

「お前が塗ったのか?」

 ムクラは心なしか胸を張る。

「いかしてるだろ」

「いかれてるとしか思えん」

「んな事言っても茶は出ねえぞ」

「思った通りのことを言っただけだ」

 ムクラがその家の扉を開けると中も外装と同じくらい散らかっていた。薄暗い部屋にはほとんど足の踏み場がないほどデザイン画のなれの果てと服未満の布切れが散乱していた。全体的に埃っぽく、時折どこからか何かの山が崩れる音がしていた。

「適当に座ってくれ。着て欲しい服がいくつかあるから持ってくる」

 と言って、ムクラが服の山を蹴り飛ばしながら部屋の奥に進んでいった。ツツィーリエはそれを見ながらそこら辺にあった服の山の上に座ろうとする。

「お嬢、ダメですって。そんな汚いところに座ったら」

 モヌワがツツィーリエを止めた。ツツィーリエは首をかしげながら周りを見渡す。

『でも、他に座るところないわよ。この前お父さんが出してきた机と椅子もないし』

「本当ですよね。ちょっと掘り出すんで待ってください」

 モヌワはそういうと記憶を手がかりに紙と服の山を掘り返して部屋の中を探索し始めた。ツツィーリエは赤い目で無表情にそれを眺めていた。

「あのでかいのは何やってんだ?泳いでんのか?」

 ムクラが部屋の奥からいくつもの服を大事そうに抱えて持ってきた。

『椅子を探してるの。前この辺りになかった?』

「あぁ、あれか。椅子は親父が奥に持って行った。机は………どこだろうな」

 ムクラは若干疲れたような目で部屋を見渡す。

「ま、この部屋にあるってわかってたらそれで良いやな。それより、早くこれ着てくれ」

 ムクラが服の山の上に持ってきた服を置くと、その上から一着取り出してツツィーリエに差し出した。

『これ、どうやって着るの?』

「手伝ってやるよ。ほれ脱いで」

 ムクラはツツィーリエからシャツとスカートをはぎ取り、持ってきた服を上からかぶせるように着せる。

「これを、こうして、で、これを閉めたら、ほれ出来上がり」

 割と簡単にツツィーリエの服が改まった。丁度その時にモヌワが服の山から顔を出してツツィーリエの方を見る。

「あ、お嬢………」

 ツツィーリエが着ているのは、優雅な作りのドレスだった。色合いは柔らかい赤、ドレスの裾は大きな襞が幾重にも重なり足元を隠している。腰元で一回締まると胸元にかけて再度襞の数が多くなる。顕著なのは肘から先の部分だ。手首の部分が大きく広がり、裾と同じように襞が重なって魚の鰭のようになっている。襞の密度と呼応するように赤の色合いが変わり、着ているものが動くたびに水の中を揺れている魚の雰囲気を醸し出していた。

「綺麗ですね、お嬢」

『そうね。でも躓いちゃいそうだわ』

 その様子をムクラが真剣な目で観察している。

「ん~………」

「なんだよ、なんかお嬢に不満でもあるのか」

「いや………」

 ムクラは生返事だけを返すとおもむろにメモを取り始めた。ツツィーリエはそれを目の端で見ながら袖や裾を揺らして色が揺らめくのを楽しんでいる。

「おちびちゃん、袖口で口元を隠してみてくれ」

 ムクラはメモを取りながらツツィーリエに指示を出す。ツツィーリエは言われた通り、鰭のような袖口で口元を隠す。

「で、体をあっちの壁の方に向けて、目線だけあっちのでかいのに向けてみな」

「おぉ、色っぽい……」

 ツツィーリエがモヌワを上目づかいで見ながら体を向けた。その様子を目を細めながらムクラが注視している。

「んむ………」

 そういって再度メモを取り始める。

『もういい?』

 ツツィーリエはムクラの視線がメモの方にしばらく固定されているのを確認してから、ムクラの方に近づく。

「ん?あぁ、いいや。じゃあ次の着て」

 と言ってメモ帳を放り出すと、次の服を取り出してきた。

「ほれ、服脱げ」

 ムクラは躊躇なくツツィーリエのドレスを脱がせると、次の服を着せはじめた。

「これは、これでいい。よし」

 ムクラはツツィーリエが人形であるかのように腕や足を上げさせて、瞬く間に服の着替えが完了する。

 首元まで締まったタイトな白の衣と、下にもぴったりとした黒のズボンをはいている。白の衣は足首まで伸びているが下半身全体を覆っているわけではない。腰上までのスリットが側面に入っており、そのスリットから覗く黒のズボンが足を美しく見せている。袖は手首までしっかりと覆いツツィーリエの細い腕を更に際立たせている。シンプルなデザインに見えるが、白の衣にも黒のズボンにも布とほぼ同色の糸で刺繍が施されている。体を蔦が覆っている様なデザインで、襟と胸元、背中に小さな黄色い花を咲かしているのが色のアクセントになっていた。

「お嬢、お綺麗です」

『ちょっときついわ』

 ツツィーリエが煩わしそうに詰まった首元に手を伸ばす。

「まぁ、前の計測値を基に作ったからな。成長してる証拠だ」

 ムクラはツツィーリエに顔を近づけながら服の出来栄えを確かめ、細かくメモをつけて行く。

「まぁ、腹周りは太ってないだろ。しかし、あんだけぼかすか喰っても太らないってのはすげぇな」

 ムクラはツツィーリエの体を直接動かして自分の思った通りのポーズを取らせる。

「お嬢はそういう体質だ」

「へぇ。でも油断してると、マーサさんみたいに丸っこくなっちまうかもしれないぜ。あの人だって昔は痩せてたんだから」

「そうなのか?」

「んな所で嘘言ってどうすんだよ。まぁ、私も実際見たことないけど。ほらおちびちゃん、胸をそらして腕をけつの辺りで組んでみな」

 ムクラは喋りながらもツツィーリエに指示を出すのを止めない。その様子を眺めながらモヌワがムクラに尋ねる。

「気になるな。マーサさんが痩せてる所を想像できない」

「あの人は子供産んでから太り始めたらしいね。子供産むたびに太ってるって」

 ムクラはツツィーリエの服に持っていたペンで軽く何かを書きこんだ。

「嫁に行く前なんか小さくてかわいい娘だったらしいぜ」

「それってのは、先代の公爵の嫁さんについてきた時の事か?」

「あぁ、そうだ。よく知ってんな」

 ムクラがモヌワの方を見もせずに作業を続けながら返事をした。

「今日聞いたんだ」

「へぇ」

 ムクラは一通り欲しい情報を取り終えたのか、メモ帳を放り出してツツィーリエから服をはぎ始めた。ツツィーリエもそれに逆らわない。

「ほれ、次はこれだ」

 次に取り出したのは緑色のドレスだ。落ち着いた緑に深い藍色のレースが巡っている。そして緑のドレスの裾から見える藍色のスカート部分は右の腰のあたりまでその色を侵食している。

「ほれ、着せてやるから動くなよ。ほれ、これをこうしたら………よし。こっち向け」

 ムクラはツツィーリエの顎を掴んで少し脇を向かせる。

「おぉ、お嬢可愛い」

「お前、それしか言わないのな」

「それ以外を言う必要を感じん」

「裸でも同じこと言いそうだわ」

「お嬢の裸だと!?お前、何て破廉恥な」

「仕立て屋が裸を恥ずかしがったら商売になるかよ」

 ムクラはけっ、と鼻で笑いながらツツィーリエの方を見る。

 ツツィーリエが来ている緑のドレスは今までの二つと違い可愛らしい雰囲気だ。スカートは膝丈でふわりと膨らみ、ツツィーリエが歩く度に緑のスカートを書きわけて藍色の布地が現れる。胸元のレースは下の色と違って白い。ツツィーリエの控えめな胸を飾ったレースは肩に伸びている。スカート自体には袖はなく、新緑色の肘上まで覆う手袋がその代わりの役割をはたしていた。

「脇が見えるのは少々破廉恥なんじゃないか?」

「思春期のガキかよ。乳やらけつやら出してるわけじゃあるまいし何に興奮してんだ」

 ツツィーリエは着心地を確かめるようにその場でくるりと回って見せると、雑然とした室内で黒い髪の毛とスカートがふわりと広がった。

「着心地はどうだ」

『悪くない。歩きやすいし。でも、この季節に着るには寒いわ。脇が空いてるから』

 ツツィーリエが自分の脇をペチペチと叩く。

「貴婦人ってのはおしゃれのためならそこら辺は我慢するもんらしいぜ。まぁ、私は貴婦人じゃないから勘弁するが」

 ムクラが再度メモを取る作業に移る。

「そういえば、なんでお前はマーサさんとかラトさんの知り合いなんだ?あの公爵は仕立て屋なんかに興味がないだろうに」

「先代からの付き合いだよ。それにいくらあのおっさんが嫌がったって、それなりの立場になれば式典には参加するし、礼服もいるわな」

 そこまで言ってから、ムクラが突然笑い始めた。

「どうした?ついに頭が壊れたか?」

「お前らしってるか?あのおっさんが公爵になる前だ。先代の国富の公爵のパーティーに何着て参加したと思う?」

 ムクラはげらげらと笑いながら足をばたつかせる。

「泥まみれの作業着だぜ。まだそのときはおっさんじゃないか。だけどよ傑作だぜ。それ見た先代の国守の公爵と奥方大笑いだってさ。さすが俺の息子ってな具合にさ」

「なんかそれ、マーサさんにちらっと聞いたな。聞こうとしたらマーサさん怒るからあんまり聞けないけど」

「そりゃ怒るだろうさ。わざわざ先代自ら、跡継ぎだ、って指名して引き取られた奴が、パーティーで泥まみれの服だぜ?まさしく泥を塗るってことになるわな」

「引き取られた?」

「ん?知らねぇの?あのおっさんは先代の実子じゃねぇよ。先代が子供産んでないから、たしか北の山近くの国から引っ張って来られたって。それで最初は反発もあったらしいけどな」

 ツツィーリエは服の山に座りながらその話を聞いていた。その様子をじっくり見ながら、ムクラがメモを取り続ける。

「先代がぽっくり逝った時も、あのおっさんが暗殺したんじゃないかって、そんなことも囁かれた位さ」

「仲悪かったのか?」

「いんや。むしろ先代はおっさんのことをだいぶ高くかってたらしいぜ。まぁ、事情を知らん奴はなんとでも好きに言うさ。あのおっさんが跡継いだ後すぐ位に、おっさんの生まれ故郷がこの国に侵略してきたから特にな」

「あぁ、それはなんとなく聞いた気がする」

「あのときは凄かったぜ?」

「市民の反発がってことか?」

「いやいや、凄かったのはあのおっさんの徹底ぶり。北の国の奴ら皆殺しにするんじゃないかってくらい徹底的に潰してた。こういうときって、北の、山を越えた先の国がちょっかい掛けて来るんだよ、大抵。そういう奴らだからさ。でも、それもなし。ちょっとでも関わったら本気でその国ごと潰しかねないって、馬鹿でも分かる位あのおっさん切れてたね」

「へぇ……あいつ怒るんだ」

「ま、案の定、北の国はおっさんに返り討ちされて、北の国の中心人物は軒並み冷たい土の中。今やこの国の一部って訳」

 ムクラは肩を竦めてメモ帳をしまう。

「まぁ、私も大部分は親父から聞いたんだ。あのおっさんも今はだいぶ丸くなったみたいだぜ。昔は使用人を殆ど追い出す程度には尖ってらしい」

「使用人を追い出す?」

 モヌワが目を開く。

「あぁ。詳しい所は知らないがね。ほれ、お嬢ちゃん、次はこれだ」

 ムクラはツツィーリエに手招きをすると服の脱ぎ着を開始する。

 ツツィーリエが袖を通したのは、装飾の多い煌びやかな衣装だった。

 生地の基調は鮮やかな赤。金糸で縫い込まれた炎とその周りに踊る蓮の花が鮮やかな一枚布のような服を胸元で合わせていた。それを太い帯でまとめている。胸元には太い飾り糸が幾筋か垂れ、帯についた太い刺繍と対応していた。下は地面に近づくに従って緩やかに膨らみ、裾からツツィーリエが履いた小さな靴が見えている。

 最後にムクラは赤いベールをが付いた平たい帽子を被せる。透けたレースの奥からツツィーリエの赤い目が覗き、見るものを落ち着かない雰囲気に誘うような風貌になった。

「お嬢、お綺麗です」

 ムクラはいつも通りの作業を再開する。

「使用人が追い出されたって話、もっと何か知ってるか?」

 モヌワがツツィーリエのほうを見ながら聞いた。

「さぁ。さっき聞いた話も含めて、大抵私が生まれる前かバブバブ言ってた時の話だからね。親父に聞くか、それこそ本人に聞くのが一番早いんじゃないか?」

「そりゃそうだが」

 モヌワが微妙な表情で下を向く。

「よし、おちびちゃん。とりあえずその恰好で歩き回ってみな」

 ムクラがペンを片手に指示を出す。ツツィーリエは周囲の足場を確認してゆっくりとムクラに向かって歩く始めた。小気味よい音が部屋に響く。

『デックさんはどこにいるの?』

「ん?あぁ、親父か。今寝てるよ。この前大仕事を一つこなしたところでね。それじゃなくても年なんだ」

「こういうの作るのに、親父の意見とか聞かなくて良いのか?」

 ムクラはその言葉を鼻で笑った。

「私の作品がコンテストに出るのに、親父の意見聞いたら親父の雰囲気が出ちまうじゃねぇか。仕事でやるんなら完成度を高めるために親父の意見を聞いたりもするけどさ。これは私の実力を試す機会だ。私が一人でやることに意味がある」

 ムクラはそういうと、ツツィーリエに再度指示を出しながら立ち上がる。

「そういうもんかね」

 ムクラはその後も何着もの服をツツィーリエに試着させ、そのたびにメモを細かくとる。

 その作業は日が暮れるまで続いた。ムクラはメモ帳の束をまとめると、作業台の上においてランプの明かりをつける。普段の服装に戻ったツツィーリエは首元に手をやりながら肩をゆっくりとほぐした。

「よし、まぁこんなもんかな。ありがとよ」

「お前な、お嬢をこんな時間まで拘束しておいて一言だけかよ」

 モヌワが服の山の上から立ち上がりながら言った。

「まぁ、確かに長いこと突き合わせちまったか。そうだな」

 ムクラは新たにできた服の山を指さす。

「じゃあ、気に入ったやつ一着持ってけ」

『コンテストは大丈夫なんですか?』

「別にいいよ。これからまた修正加えるし。これ自体の完成度は別に問題ないから心配すんな」

 ツツィーリエはそういわれて口元に手をやるが、やがて、装飾の多い赤い服を持ち上げた。

「あぁ、それか。気に入ったか?」

『結構』

「そりゃよかった。待ってろ、小物も持ってきな」

 ムクラはランプを片手に店の奥に入っていく。

「それでいいんですか?」

『別にいいわよ。着心地も悪くないし』

「まぁ、お嬢が良いんならそれでいいんですが」

『何かほかに良い服あった?』

「いえ、どれも素晴らしくて私には決められません」

 モヌワは真面目な表情で答えた。ツツィーリエは肩を竦めると手に持った服をたたみ始めた。

「そういえば、一日中あのおっさん起きてこなかったですね」

 ツツィーリエはその質問に答えず、部屋の奥の方に目を向ける。

「ほれ、おちびちゃん。これも持ってきな」

 ムクラが部屋の奥から袋を持って戻ってきた。

「それは着るのあんまり難しくないから、そこのでかいのに手伝ってもらったら着れるだろ。後、サイズ変わって着れなくなったらいいな。直すか新しく作るかどっちかしてやる」

『ありがとうございます。コンテストの方は何とかなりそうですか?』

「おかげさまで。まぁ、何とかなるんじゃないか」

 ムクラはメモ帳の束の方を見ながら言った。

「外暗くなってるから気を付けて帰れよ。まぁ、その時のためにそこのでかいのがいるんだろうけど」

「そういう事だ」

 モヌワが胸を張った。

「んじゃ、また近々会うと思うから、その時もよろしく頼むわ」

「なんでそんなこと分かるんだ?」

 ムクラがモヌワを見上げる。

「そりゃ、そこのおちびちゃんもうそろそろ初成人だろ?それ用の衣装作ると思うぜ」

『貰ったこれじゃダメかしら』

 ツツィーリエがたたまれた服を掲げる。

「ダメだろうね。コンテストの準備作品で公爵令嬢の初成人を済ませようとしたら、あんたらマーサさんとラトさんに目の玉刳り貫かれるぜ。まぁ、あんたの趣味は最大限尊重するし時間さえあればいくらでも調整はきくさ」

 ムクラは作業場の方に歩きながら邪魔なごみを蹴飛ばしていく。

「気を付けて帰んな。鍵は閉めなくてもいいよ」

 掌をひらひら振りながら、作業場の扉を開けた。ツツィーリエはそれを見ながらゆっくりとお辞儀をして、ムクラの家を出た。

 外はすでに暗くなっており、月明かりが道をうすぼんやりと照らしているだけだ。風が抜ける音が妙に大きく響き、人間の気配はまったくしなくなっていた。

『寒いわね』

「本当に。雪山の時みたいに、背負いましょうか?」

『そんなことしたらみんな心配しちゃうじゃない。歩くわよ』

 ツツィーリエは服を抱えながら小さな足で道を踏みしめた。

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