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奴隷の少女は公爵に拾われる 124 血液の描写があります。

警告。血液の描写があるので、苦手な方は見ないようにしてください。R-18設定は後付できないので、ここで一応警告しておきます。

「こっちの方から聞こえてきますね」

 兵士の一団と一緒に動いているツツィーリエたちは、先程聞こえた音を頼りに足早に歩を進めていた。ただでさえ少ない人気は彼らが進むたびに減り、それに比例するように金属を打ち合わせる音は大きくなっていった。音がだんだん大きくなることが一行から迷いを消し、同時に緊張感を増大させていった。

「慎重に進みましょ。出会い頭に不意打ちをされるのはごめんだわ」

 タレンスはきょろきょろと周囲に落ち着かなげな視線を送る。

「確かに不意打ちは怖い。お嬢はもう少し後ろに下がっていてください」

 モヌワは自分の主の肩に手を置いて自分の後ろまで引き寄せた。ツツィーリエは赤い瞳をモヌワにじっと向けるが、大人しくモヌワの背中が見える位置にまで下がり歩調を緩める。

 その瞬間、先程とは比べ物にならないくらいの距離で強烈な音が響いた。周囲の兵士が一斉に剣を抜きながら音のした廊下の奥の方に顔を向け、そのままツツィーリエたちを守る丸い陣形に滑らかに移行した。その陣形のまま音の出所に向かって廊下を急ぐ。

 廊下の奥、突き当りを曲がり兵士たちとツツィーリエが見たのは、交戦中の男たちだった。

「アールネク閣下!?」

 タレンスが思わず声を上げる。

 廊下の少し膨らんで広くなっている所に、5人の人間が剣を構えていた。3人はローブのフードを目深に被り、足をにじり寄せながら壁際に敵を追い詰めている。追い詰められているのは2人。1人は若いながらも堂々とした構えを見せ、包囲網に少しでも隙がないか目を凝らしている。

 そしてそのわきに立って同じく追いつめられているのは、目に黒い前髪がかかる細身の男だ。剣を下段に構える彼自身の隙のなさと髪の隙間から覗く眼光の鋭さが、囲んで追い詰めている敵の襲撃を阻んでいるようにも見えた。

 交戦中の5人は突然廊下の奥から現れた兵士の一団に驚いたように体を震わせる。その瞬間の隙を付いて若い1人が囲む敵の1人に切りかかり、包囲網を崩した。残った2人はアールネク第一辺境伯を逃がさないように陣を広くとるが、アールネクの方は動じた様子も見せず、ただ周囲の状況を把握するかのように視線だけを動かしていた。

『モヌワ』

「なんですか?」

 ツツィーリエが前に立つモヌワに対して手を動かす。

『あの3人のうちの1人、生け捕りできる?』

 それを見たモヌワは、大きく白い犬歯を見せた。

「余裕です」

 ツツィーリエはその返事を聞くと小さくうなづいた。そして、モヌワが腕まくりして参戦しようとする脇を抜けて、護衛の兵士の間を通り、交戦している辺境伯たちの方にトコトコと歩いて行った。

「ちょ、お嬢!?何やってるんですか!」

 モヌワの顔から一気に血の気が抜け、護衛の兵士の跳ね飛ばしながらツツィーリエを追いかける。そのモヌワとツツィーリエの動きに、3人の襲撃者が視線を交わし合った。

 剣を打ちつける音がさらにひとつ響き、襲撃者が鍔迫り合いでアールネクの動きを止める。アールネクの前に対峙していた2人のうち1人がツツィーリエの方に剣を合わせながら走り込んだ。廊下の埃を巻き上げながらツツィーリエの方に突っ込む襲撃者とそれを赤い瞳でしっかりととらえるツツィーリエの間に、巨大な赤い影が割り込む。赤茶の髪は逆立ち、狼のような金色の瞳の周りには幾筋も血管が浮かび上がっていた。牙を向いた鬼のような形相で子供の頭ほどの拳を握り、全身の筋肉が自分の主に近づく者を問答無用で叩き壊すために膨張していた。

 修羅の突然の出現に思わず襲撃者の足が緩み、自分の身を守るかのように剣を構えた。気圧された自身を叱咤するかのように鋭く息を吐き、モヌワに向けてさらに一歩踏み出す。


 瞬間、彼の胸から鋭く細い剣が長く生え出でた。


 背中から不意に受けた衝撃から自身の胸を見下ろした襲撃者は、自身の血で濡れた剣を見て目を見開きそのまま首を垂れる。

 

「伏せろ!」

 その襲撃者の背中を刺し貫いたアールネクは敵の死を確認することなく手を放し、自身のマントの中に手を入れる。そして体の捻りと裂帛の気合いと共に、交戦を続けている襲撃者と若者の方に太い短剣を射った。

 アールネクの声に反応して咄嗟に身を伏せた若者の上を通って、襲撃者の喉元に短剣の刃が深々と突き刺さる。その勢いは襲撃者の体を浮かせ、剣を持ったままの体が宙を舞った。

 重いざらっとした音と共に地面に落ちたときには、襲撃者は骸になって虚空を望んでいた。

 先程までアールネクと鍔迫り合いをしていたはずの襲撃者は、その剣ごと喉を深々と切り裂かれ既に息絶えている。

 冷たく無機質な廊下には、死体から上がる湯気と共に一気に鉄の匂いが充満した。

 アールネクは襲撃者の死体を軽く一瞥すると、顔にかかる返り血を軽く拭う。血糊が伸びた顔のまま、モヌワの後ろにいるツツィーリエを認めると、ゆっくりと膝をついた。

「公爵令嬢殿。危険な目に合わせてしまい申し訳ありません」

 そういいながら頭を垂れる。

『いえ、こちらこそ申し訳ありません。こちらに一人でも来れば護衛の兵士とモヌワで生け捕りにできると思ったので、つい誘うために前に出てしまいました』

「出来れば、もう先程のような無謀なことはおやめください」

 アールネクが顔を上げ、ツツィーリエの方にじっと向けられる。

「私は剣の手ほどきを受けていますからいざという時どうとでもなりますが、あなたは年の若い少女です。一歩間違えれば、その貴重な命を縮めることになります」

 ほとんど叱責するような口調に対して、ツツィーリエが謝罪の礼をする。

「………まぁ、襲撃者の尻尾をつかめたといえば、そうなるんですかね、この状況は」

 アールネクは襲撃者の死体を見まわし、自分の剣が刺さった近くの死体の方に歩み寄ると、一瞬の気合いの声とともにそれを引き抜く。刀身全体に血の垂れた剣を見上げると、小さくため息をついた。

「ちょっといいか」

 モヌワが先程の興奮のせいか厳しい顔をしながらアールネクに声をかけた。

「なんですか?」

「お嬢は血の匂いであまり御気分がよろしくないようだ。少し席を外してもいいか」

「もちろんかまいません。気が回らずに申し訳ない」

 アールネクが剣を持ったまま目を開き、血の垂れた剣をツツィーリエの視界から外すように自身の背中に回す。モヌワはそれを確認すると、ツツィーリエが何か言おうとするのも無視して抱え上げ、死体が見えなくなる位置まで廊下を駆け戻った。

 兵士たちに見えない位置に来たことをモヌワが確認すると、ゆっくりとツツィーリエを床に下した。

『私は別に血の匂いで気分が悪くなったりしないわ』

 床に下されたツツィーリエは抗議するように素早く手を動かし、すぐに元の場所に戻ろうとする。その小さな肩をモヌワがぐっとつかんで動きを止めた。

 ツツィーリエが少し目を細めながら振り向くと、その視界でモヌワが手を動かしていた。

『お嬢聞いてください』

 モヌワがまったく口を動かさず、太い指で言葉を紡いでいた。モヌワの真剣な表情を見たツツィーリエはさらにほんの少しだけ目を細め、モヌワの方にしっかりと向き直った。

『どうしたの?』


『アールネク第一辺境伯は怪しい』


 モヌワは油断なく廊下の奥に目を配りながら、そう手を紡いだ。

『おそらく内通者はあいつです』

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