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奴隷の少女は公爵に拾われる 123

「今日はどうしますか?」

 砦には窓がないため外の景色はわからないが、外の兵士が朝になったことを告げてくる。ツツィーリエたちはテーブルを三人で囲み、運ばれてきた朝食を口に入れながら話し合っていた。

『とりあえず、また辺境伯の話を聞きに行くのは決まりね。でも、筆頭辺境伯が言っていたみたいに今日中に何か事が起こるのならなるべくその近くに居たいわ』

「辺境伯の誰かの近くで起こる可能性が高いと思うのよね、私は」

 タレンスが、塩漬けにされた野菜をしっかりとした食感のパンで挟んで頬張っている。

「じゃあ、当たりを引くのは1/5か」

 モヌワは窮屈そうに座りながら、同じようなパンを噛みちぎる。

『考えても候補が狭まらないんだったら、とりあえず一番近くにいる辺境伯から当たって行きましょ』

 ツツィーリエは口をもぐもぐと動かしながら、手を動かして自分の意思を伝える。

「誰が近いのかしら」

「そもそも辺境伯は一か所に止まってないだろ。血眼になって襲撃者を探してるだろうし」

「でも、マーダック第3辺境伯は動いてないわよ、きっと」

『じゃあ、最初は彼の所に行きましょうか』

 ツツィーリエは口の中の物を飲み込むと、更にもう一つ大皿の上においてあるパンを取る。

「そうしましょうか。どうせここで止まっててもしょうがないんだし」

 食べ終わったタレンスはパン屑をはらいながら椅子の背もたれに体重をよりかける。

「じゃあ、食べ終わったら出発だな」

 モヌワが大きな太い腕を伸ばして近くにあった自分の上着を手に取る。

『もうちょっと待ってね。食べてしまうから』

「急がなくてもいいわよ、ツツィーリエちゃん」

「そうですよ、お嬢。どの道急いでも意味無いですし」

 ツツィーリエはそう言われると、小さく肩を竦めてパンに齧り付く。

「今日はヤィルデル第二辺境伯閣下は来られるかしら?」

「さぁ?別に先に動いても問題ないんじゃないか?約束してるわけじゃなし」

「それもそうね」

 モヌワとタレンスがこれからの予定や予想を喋っている様子を眺めながら、ツツィーリエが積まれてあったパンを次々と手に取り、大皿に乗っていたパンを全て平らげた。

「ツツィーリエちゃん、ほんとよく食べるわね。この大女より食べてるじゃない」

「そうだ。お嬢は良く食べるんだ」

「なんであんたが誇らしげなのよ」

 タレンスの目線がツツィーリエから胸を張るモヌワに移る。

『おなか減ったらひもじくなるじゃない』

 上着についたパン屑をはらいながらツツィーリエが立ち上がった。

『待たせてごめんね。行きましょ』

「外の護衛さん達に言ってくるわね」

 タレンスが扉の方に歩いて行った。モヌワはツツィーリエが着る分厚い上着を手に取るとツツィーリエに着せようとする。

『一人で着れるわ』

 ツツィーリエはその上着を受け取って、髪の毛を押し込みながらしっかりと身に纏った。

「行きましょう」

 扉の方からタレンスが兵士達と一緒に顔をのぞかせる。それを聞いたツツィーリエがモヌワを従えて部屋の外に出た。


「お嬢、体調は大丈夫ですか?」

 体の芯を凍えさせるような冷たい廊下を兵士達に守られながら歩いていると、モヌワがツツィーリエを覗き込みながら尋ねた。

『大丈夫よ。いっぱい食べたし』

「そうならいいんですが。慣れないところで気を張ってらっしゃるでしょうし」

『ありがとう。でも大丈夫よ』

 ツツィーリエはいつも通り表情をピクリとも動かさずにそう答えた。

「ツツィーリエちゃん、しっかりしてるわよね」

 タレンスも話に加わる。

『普通よ。他の人もたいていしっかりしてるわ』

「ツツィーリエちゃんくらいの女の子だと、ませてる子はいるけどツツィーリエちゃんみたいにしっかりしてる子は少ないわよ」

『あんまり私と同じくらいの年齢の子を見たことがないから、わからないわ』

「え?そうなの?」

『マーサの娘のミーナと、国富の公爵の息子と…………』

 ツツィーリエが虚空を眺めながら指を二本立てて、そのまま指の動きを止めた。

「二人だけ!?」

『二人だけね』

「ダメよ、そんなの。今の時期、勉強するのも大事だけど他の子といっぱいおしゃべりしたりしなきゃ」

『筆談じゃないとダメってなると、集団でしゃべるのが難しいのよね』

「ダメよ、そこで枠を作っちゃ。いっぱい人がいるんだから、筆談でも喋れる子を見つけないと」

 タレンスが自分の胸に手を当てて胸を張る。

「私は昔からこんなんだから大抵の人が私を遠巻きにするんだけど、何人かは近づいてもちゃんと喋ってくれる人がいるし、その中には今でも仲良くしてる人もいるわ」

「えらく偉そうだな」

「人生の先輩だもの。これでも色々見てきてるのよ」

「そうだろうさ」

 モヌワが心のこもってない言葉を吐き出す。

「でも、お嬢が同年代の人間と交流がないってのはちょっと問題だよな。あの公爵さん、そこん所ちゃんと考えてるのかね?」

「考えてるんじゃないかしら。頭の良い優秀な人だし」

「あの人、情緒的な部分の事にはあんまり思いが及ばんのじゃないか?」

 タレンスが何か反論しようと口を開くが、言葉が出てこないまま口が閉ざされる。

『でも、同年代の人って言っても誰がいるのかしら』

「そりゃ、他の貴族の子供に何人かいるでしょ。ツツィーリエちゃんは初成人の儀はまだよね」

 ツツィーリエが頷いた。

「じゃあ、きっとそこで何人かと会うんじゃないかしら。この国の初成人の儀はかなり大掛かりにやるし、貴族はその中でも盛大に初成人の儀を祝うもの」

「ほう。そりゃ楽しみだ」

「特にツツィーリエちゃんの初成人の儀は、さすがの閣下も行事ごとが嫌いとは言ってられないはずよ」

「なんでだ?」

『爵位の相続権が正式に認められるのが、初成人の儀以降だからよ』

 ツツィーリエがモヌワの方に指を動かした。

「あ、そうなんですか」

「国富の公爵の所の息子もほぼ同時期に初成人を迎える筈だし、余りみっともない事は出来ないのよね。豪華さでは勝てないにしても、それを補う何かが必要になるわね」

『お父さんが何か考えてるみたいではあるわ。教えてくれないけど』

「やっぱり、ツツィーリエちゃんも自分の事は気になる?」

『何か手伝いが出来るかな、って思うんだけど―――』

 ツツィーリエの手の動きが止まる。

 慣れた者だけが分かる程度に目を細め、何かを探す様に視線を周囲に走らせる。

「どうしたの?」

『何か聞こえなかった?』

「何かって?」

『金属がぶつかり合うような音が聞こえたんだけど』

「そう?」

 タレンスはきょとんとした様な表情を浮かべると、耳を澄ませてみる。

『聞こえた』

 ツツィーリエは周囲の護衛の動きを止めさせた。辺りに人気はなく、聞こえるのは岩の壁を反響しすぎて正体が分からなくなったおぼろげな音だけだ。

「本当に何か聞こえ―――」

 タレンスの口に指を当てて黙らせると、こちらに来る音を聞き漏らすまいと鋭い目を向ける。他の人間もそれに釣られて周囲の音に自分の集中力を傾けた。

 しばらくは全く何も聞こえない。そよっと、ツツィーリエの髪を揺らす小さな風が吹いた。

『―――聞こえた』

「私にも聞こえました、お嬢」

 数人の兵士達も緊張感を滾らせた顔でうなづく。

『こっちね』

 ツツィーリエが先程までの歩みから一変、殆ど走る様な速足で砦の廊下を引き返し始めた。それに追いつくようにモヌワ達が走りだす。

『何の音か分かる?モヌワ』

「えぇ。分かりますとも。この音は間違いなく――」

 ツツィーリエの予想と反することなく、その音は刃と刃がぶつかり合う音だった。

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