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奴隷の少女は公爵に拾われる 120

「それでは、今日はこの辺りで」

『えぇ。わざわざ部屋まで送ってくださってありがとうございます』

 第二辺境伯のヤィルデルが指揮する20人近い兵士が、少女を囲むように陣形を組んでいた。護衛されている少女は紙に文字を記しながら、たまに分厚い上着を自分の身にしっかりと巻きつけるように胸の前に引っ張っている。髪の毛を短く刈り込んだ骨太な男が少女の傍で紙を渡し、どの兵士よりも巨大な体格をした女が目の前の扉をゆっくりと開いて、厳しい目で中を確認している。

「いえ。当然の事です。砦の内部に襲撃者がいる以上、公爵令嬢に配置させる警備の兵士の数を増やす必要も有ります」

『そうですか。お手数おかけします』

「折角このような山奥に来てくださっているにも拘らず、自由に動けないのは不便でしょうが」

『構いません。必要なら扉の前の兵士と一緒に動きますから』

「なるべく動かない方が安全ですが」

『必要以上には動きませんよ』

「それはありがたい」

 ヤィルデルは太い腕で頭を掻きながら、視界の中心で少女の赤い目を見つめる。少女の方も、その視線に対して全く意に介さぬようなまっすぐな視線を送っていた。

「それでは、私は筆頭辺境伯に報告しないといけない事があるので」

『またヤィルデル閣下のお力を借りる事があるかと思いますが、その時にはよろしくお願いします』

「お安いご用です」

 ヤィルデルはさっと軽く敬礼すると配下の兵士を半分だけ連れて廊下の奥の方へ歩を進めた。残った半分の兵士は扉を囲むよう扇状に隊を組んで周囲を油断なく監視し始める。

「お嬢、部屋入っても大丈夫ですよ」

 部屋の中を確認していた大女が少女の方に金色の目を向けながら声をかけた。その女の腕は少女の腰ほどもある様に見え、体中にみっしりと付いた筋肉は、周囲の兵士の賞讃を一身に集めている。

 少女はその言葉に頷くと、扉を守っている兵士達に軽く会釈をしてから大女が開けている扉の奥に入った。その後に続いて骨太な体格をした男が部屋の中に入り、静かに扉を閉める。

 部屋の中は、少女たちが部屋を出た時とまったく変わらず机とベッドが置かれただけの質素な部屋だ。暖炉の火は消えており、部屋の温度もそれに応じて下がっている。

「火入れますね」

『ありがとう、モヌワ』

 モヌワが暖炉の火を起こすために暖炉を覆うように身をかがめる。

「お嬢、これから先何するか決めていますか?」

『何も決まってないわ。どうしましょうね』

 ツツィーリエは寒そうに体を丸めながら手を動かして答えた。

「とりあえず、今日辺境伯達に聞いた話を整理しましょうよ」

 ツツィーリエは胸板の厚い男が女のような口調でしゃべっていることに何か感じた様子もなく手を動かした。

『とりあえず、最初にヤィルデル第二辺境伯に聞いた話の感じだと、明確な裏切りの理由がある人はやっぱりいなさそうね』

「まぁ、そこは予想の範囲内ってところかしら。あと、アールネク第一辺境伯に事件の概要を確認してみたけど、会議で言っていた以上の情報はほとんど出なかったわ」

「良くまぁ、会議の内容なんか覚えてるもんだな。10回以上襲撃されてる事件全部覚えてるんだから」

 暖炉から小さな火が上がり始め、暖炉の上にしつらえられた排煙用の筒に煙が吸い込まれていく。

「そういうのが得意なの。アールネク閣下も自分の部下を含めて殺されてるし、自分で調べてるんだから覚えてるでしょ、そりゃ」

「まぁそうか」

 モヌワは暖炉からの火に少しずつ勢いがついたのを確認してから、自分が着ていた革の上着を自身の荷物の方に持っていこうとする。が、それを思い直したように方向を変えて自分の主のほうに近づいた。

「お嬢、これ上から一枚羽織ますか?さっきまで私が着てたからちょっとは暖かいですよ」

 その上着はツツィーリエが二人は入れそうなほど大きい。ツツィーリエはその上着を見てから、モヌワの方に目を向ける。

『モヌワが寒いでしょ?』

「さすがに屋外だったら寒すぎますが、室内ですし」

 モヌワが笑いながら腕の筋肉を盛り上げてみせる。

「私は問題ないですよ」

「ずいぶん便利な体ね」

 頬杖を突きながらタレンスが言った。

『じゃあ、借りるわ。ありがとうモヌワ』

 ツツィーリエは素直に受け取ると、モヌワの上着を羽織って着る。

「お嬢、寒がりですか?」

『暑いのよりは寒いのが嫌いね』

 ツツィーリエはトコトコと歩きながら成長し始めた暖炉の火に近づく。

『二人はヤィルデル第二辺境伯が攻撃された時のことで、何か覚えてることある?』

「私は特に何も。攻撃を受ける直前に敵に気付いて、お嬢を守ることに集中してたので」

「私もあんまりないわ。不甲斐ない話だけど、私は閣下が攻撃を受けてから敵に気付いたから、フードの奥にある顔とかまで確認する余裕はなかったわ」

『そう………。モヌワ』

「はい」

『あなたがヤィルデル閣下の位置にいたとして、同じタイミングで攻撃されたら、攻撃を防げる?』

「問題ないですね。潜んでる時はうまく隠れてましたけど、攻撃する直前に殺気がはっきりと出てました。私なら逃がさず捕えるか、最悪殺す位の事は出来てました」

 ツツィーリエは目を閉じながら頷いた。

「閣下が自作自演したかどうかは、微妙なところね。迫真の演技と取れなくもないけど、それにしては攻撃がシビアすぎるような気もするし」

『襲撃者は私たちが行く道を知っていたのかしら』

「その可能性はありますね。私たちがヤィルデル閣下と廊下で話してる内容からとか、そもそも私たちが一緒にいる方向から推測したとか。襲撃者の顔を私たちは知らないから、砦の廊下をすれ違ったりしても気付けないし」

「無差別の可能性もあるぞ。あの場所にはあんまり人がいなかったから、最初に一人殺して奥のもっと人気のない場所に誘い込んでから再度襲撃って方法を考えていたのかも知らん。失敗しても逃げられるしな」

『ヤィルデル閣下が裏切り者なのかはちょっとわからないわね。後の3人は?』

「アールネク閣下は、どうなのかしら。特に違和感を感じたところもないけど、別に裏切り者ではない、ってする明確な答えもないのよね」

「そういえば、なんでアールネク第一辺境伯は白鹿隊に指示出してたんだ?白鹿隊って、確かあのばあさんが指揮してる精鋭部隊だろ?」

「辺境伯全員が一応白鹿隊に指示を出せる立場にあるんじゃない?」

「んなことしたら指揮系統がめちゃくちゃになるじゃねぇか」

「ん~、それもそうね」

『次代の筆頭辺境伯ってことで、指揮権を筆頭辺境伯から任されてるんじゃないかしら』

「あぁ、それが一番らしいですね」

「とりあえず、もう一度アールネク閣下に話を聞く口実が出来たわね」

「もう一回行くのか?」

「何回でも行くわよ。一回話を聞いて何か掴めるんだったら苦労しないわ」

 モヌワが露骨に嫌そうな顔をする。

「動いた分だけお嬢が危険になるんだからな」

『私は別にかまわないわよ。護衛の兵士も付けてくれたし』

「護衛の兵士だって、本当に信頼していいのか分かりませんよ?辺境伯の中に裏切り者がいる位なんですから」

『それは困るわね。と言っても、どうにも対処のしようがないんだけど』

「あの護衛の兵士が全員敵だとしたら、確かにどうしようもないわね。でも、すぐに彼らが私たちを殺しにかかるってことはないんじゃないかしら」

「そうか?」

「えぇ。だって、今私たちの護衛をしてるのが第1辺境伯の兵士だって、第3辺境伯が知ってるじゃない。もし私たちが死んだら、第1辺境伯は真っ先に疑いの目を向けられるわ」

「そんなもんかね。なんにせよ、面倒な話だ」

 モヌワがベッドに腰をかけて天井を仰ぎ見た。

『マーダック第3辺境伯は?』

「彼は余り行動をしたくないって思ってる節があるわね。裏切りにせよなんにせよ。動かないでいいのなら、動かない事を選択すると思うわ」

『裏切る理由がなんであるのかわかってない以上、動機がないというのは裏切り者ではないという理由にはならないわ。参考にはなるけど』

「そうよねぇ。確かに事の発端は第3辺境伯のところで起きた事件だし、ありえないことはないのよね」

「誰かが裏切り者だっていうんなら、その裏切り者は事件の際には絶対に近くにいるんじゃないか?」

「第三辺境伯のところで起きた襲撃事件の時、全部の襲撃事件で共通してそこにいた人はいなかったわ。おそらくほかの襲撃の時にも同じでしょ。一応アールネク閣下に聞いた方がよさそうだけど」

「あのお坊ちゃんは、どうだと思う?」

「セルークル第4辺境伯のこと?まぁ、動機としては一番わかりやすいわよね。北との戦闘を一番望んでそうなのは彼だし」

『彼は戦争がしたいって理由で裏切ることはないわ。戦争がしたい理由が北に対する侮蔑なんだから、そもそも北の襲撃者と手を組まないでしょ』

「襲撃者が北のものとは限らないわよ。第三勢力と手を組んでるのかもしれない。戦争を望んでいる勢力があるとして、辺境伯の中で誰と手を組むかってなったら真っ先に候補に挙がるのがセルークル第4辺境伯じゃない?」

「そうか?私ならあいつとは手を組まない。利益とかそういうもので動かん奴は、いざって時に何するのかわからん」

 タレンスが自分のベッドに体を埋めた。

「あぁ、正直ここで考えても答えが見つからないのよね。答えに至る情報がないんだもの」

 ツツィーリエはその言葉に返答することなく、ゆっくりと燃えている暖炉の火に赤い目を向けていた。

「そういえば、辺境伯たちが襲撃者のあぶり出しにかかってるんだろ?じゃあ、裏切り者がいる前提で、それぞれの辺境伯ならどこに襲撃者をかくまうか考えて、そこをつぶしていったらいいんじゃないか?」

「それ誰に聞くのよ。まさか本人に聞くんじゃないでしょうね」

「あのばあさんに聞けばいいんじゃないか?」

「あ……なるほど」

 モヌワとタレンスが喋っているのを耳で聞きながら、ツツィーリエが暖炉の前で思い瞬きを繰り返していた。体の角度が少しずつ傾き、目の奥に靄がかかったかのように焦点が合っていない。

「お嬢?」

 モヌワが気付いた時にはツツィーリエは暖炉の前で座りながら目を閉じ、ゆっくりとした寝息を立てていた。

「お嬢………寝てるんですか?」

 モヌワは息を殺してツツィーリエの寝顔を覗き込む。

「疲れたんでしょ。ずっと気を張ってないといけないわけだし」

「風邪ひいてしまう」

 モヌワはツツィーリエを起こさないようにゆっくりと持ち上げると、ガラスの糸で出来た工芸品でも運んでいるかのようにゆっくりとベッドの方まで運んでいく。

「夕飯が来たら起こしましょう。それまで私たちもできるだけ休んだ方がいいわ」

「今休む必要があるのか?どうせ夕飯食べたら明日に備えて寝るだろ」

 モヌワはツツィーリエをベッドの上に横たえて掛布団をかける。

「いいえ、夕飯が終わったらマシラ筆頭辺境伯のところに行っていろいろ質問したり意見を聞いたりしたほうがいいわ」

「なんでだ。明日でも良いだろ」

「明日時間があるとは限らないわ。筆頭辺境伯閣下にも、私たちにも」

「そうか?」

「今日だってヤィルデル第2辺境伯が来るとは思ってなかったでしょ?明日割と早い時間に彼が来たら、筆頭辺境伯にヤィルデル閣下の事を聞きにくいじゃない。それに砦の中に襲撃者がいるってなったら、筆頭辺境伯だってやることが一気に増えるわよ。今日の夜に今の段階で聞けることは聞いておいたほうが良いわ」

「まぁ、そうか…。お嬢なら、確かにそういう風に言いそうだな。じゃあ、言うとおりに少し休むか」

 モヌワとタレンスは2,3言葉を交わした後、タレンスがベッドに入る。モヌワは火の調整などをした後、特に何をするでもなくツツィーリエの隣のベッドに腰を掛け、時折視線を巡らせながら静かに座っていた。

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