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奴隷の少女は公爵に拾われる 115

 石造りの長い廊下がまっすぐ伸びていた。人の往来はそこそこにあり、すれ違う兵士は皆一様に先頭を歩くヤィルデルに敬礼をする。ヤィルデルは穏やかに笑いながらそれに対して挨拶をしたり、たまに軽く声をかけたりしていた。

「ここにいる兵士を皆ご存じなんですか?」

 ヤィルデルの隣を歩くタレンスは、その様子を見ながら尋ねる。

「いや、幾人かだけだ。ここの砦には白鹿隊が常駐で詰めているのと、各辺境伯の部隊から何小隊か入れ替わりで入っているんだ。うちの隊と、他の隊でも長く兵士をしている人間なんかは顔を知っているがそれ以外はわからない」

 ヤィルデルは少し肩を竦めてみせる。

「という事は、彼らの中に侵入者が紛れ込んでいても閣下にはわからないと」

「そうだ。一応各隊ごとに服装の違いはあるが、そんなものはマントを羽織ればすぐに変えられる」

「なるほど」

 タレンスとヤィルデルは身振りを交えながら議論を交わしていた。その姿を見ながら、大柄のモヌワとその半分ほどの背丈しかないツツィーリエが会話をしている。

「お嬢。辺境伯達から話を聞いて、何か分かると思いますか?」

『どうかしら。正直、筆頭辺境伯でも分からない事を私たちで嗅ぎ出せるかどうかは、分からないわ』

「そうですか………」

 モヌワの表情が少し心配そうに曇る。

『どうしたの?何か心配?』

「そりゃそうですよ。お嬢の身に危険が迫っている状況にずっといなければいけないっていうのは、私としては落ち着きません」

 それに、とモヌワは言葉を濁す。ツツィーリエはそれを見ながら何の手ぶりも示さずただ歩を進めた。

「……お嬢。辺境伯達から話を聞いて、特に何もわからなかったらどうしますか?」

『そうね。私が囮になって侵入者をあぶりだそうかしら』

「ほら、そういうと思ったんですよ」

 モヌワの顔が強烈にしかめられる。

「絶対にやめてくださいよ。私がいると言っても、危険の方にお嬢が突っ込んで行ったら意味がないんですからね」

『でもモヌワが守ってくれるんでしょ?』

「そりゃそうですけど―――」

『冗談よ』

 ツツィーリエはしれっと手を揺らす。

「へ?」

 間抜けな声を上げるモヌワに手を動かして見せる。

『私のここでの目的はここの状況を改善する事だけど、万が一私が死んだらこの国が戦争に向かって動くわ。そうなるのは私の本意ではない。そうなる位なら現状維持の方が百倍ましよ』

「そう言ってくれると安心します」

『まぁ、私はそう思ってるだけで他の人はどう動くか分からないけどね』

「はい?」

 ツツィーリエはそれ以上手を動かさず、変わらない表情で前を行く二人を見つめる。

「ヤィルデル閣下はここで何年ほど国境警備の任についておられるのですか?」

「さぁ、かれこれ30年ほどになるか。そちらの国守の公爵が今の地位についてからしばらくたってから今の仕事を触り始めたから」

「そんなになるんですか」

「年を取る筈だ」

 ヤィルデルの顔に苦笑いが浮かぶ。

「あぁ、そう言えば公爵閣下も私より年上だからそれなりの年か。初めて会った時はお互い若かった」

「ヤィルデル閣下は公爵閣下と昔お会いになった事があるのですか?」

「あぁ。何回か会っている。最初に会ったのは、麓の国が併合されてからだった」

「興味ありますね」

「ほう?なぜ?」

「公爵閣下はあまり自分の事を喋りませんから」

「確かにそういうタイプではないか」

 ヤィルデルは懐かしそうに自分の髭を撫でる。

「だが、余り変わらないんじゃないか?むしろ彼が先代の公爵に引き取られた時の方が、私は興味があるね」

「その時代の事を知っている人も今はほとんどいないでしょう。ましてや関係者は公爵閣下以外はほとんど死んでいますし」

「確かに。マシラ閣下なら知っているかもしれないが」

「なるほど。こんな状況でなければ筆頭辺境伯閣下にお尋ねする所です」

「過去を詮索されることを嫌うだろうね」

「好奇心は人の性です」

 ヤィルデルは合わせるように軽く笑う。

「そう言えば、アールネク第一辺境伯閣下はどちらにおいでなのですか?」

「彼は大抵この時間は剣の稽古をしている。白鹿隊の稽古場にいる筈だ」

「ほう。剣の稽古」

「あぁ。白鹿隊と稽古できるのはこんなときしかないと言って、この砦にいるときは寝る時間や食事の時間を削ってでも稽古をする」

 タレンスとヤィルデルはそんな会話をしながら、石作りの廊下が折れ曲がる、曲がり角の部分に差し掛かった。

「彼は何事に関しても真面目に取り組む」

 ヤィルデルは肩をすくめながらその曲がり角を曲が――――



 金属同士がぶつかる音が冷たい空気の中で響いた。



「――っ! ヤィルデル閣下!!」

 タレンスの驚愕の声が剣が噛みあう音を掻き消す。

 ヤィルデルは、曲がり角の向こうから突然突き出された剣を自身の腰に下げていた剣の鞘で受け止めていた。その鞘が腹部に刺さる筈だった剣先を遮ってヤィルデルの体を守っている。

「ぬぅ……っ!」

 ヤィルデルは鬼のような顔で力を拮抗を保っていた。その視線の先にはフードを目深にかぶり顔を隠した、兵士のように見える男がいた。外観からは要塞のどこにでもいる警備兵の姿そのままだ。だがその剣は、明らかにヤィルデルを待ち伏せて必殺のタイミングで繰り出されていた。

「………」

 暗殺者は一の剣が防がれた事を悟ると自分の体を跳ね飛ばす様に後ろに飛び退き、マントを翻して廊下の奥へと疾走を開始した。

「待て!!」

 ヤィルデルは歯を剥き出して剣を抜くと、憤怒の声を上げながら刺客を追撃しようとする。

 その肩をモヌワが後ろから掴んで止めた。

「深追いするな!」

「離せ!ここであいつを捕えれば―――」

「敵が一人じゃなかったらどうすんだ!」

 刺客が逃げたのは、今までの広くまっすぐな通路とは様子が代わり、少し薄暗さを感じさせる幾筋かの通路に分かれた細い廊下だ。既に逃げる足音は微かに反響するのみとなっている。

「この先で待ち伏せられてたら殺されるぞ!」

 ヤィルデルは唸るように刺客の逃げた方を睨む。

『襲撃者が兵士の格好をしている事があると分かっただけで成果です。ヤィルデル第二辺境伯閣下、抑えてください』

 ツツィーリエは周囲の警戒をタレンスとモヌワに任せて紙に文字を記す。ヤィルデルは一度口惜しそうに刺客が逃げた方へと視線を向けるが、音が鳴る程に強く歯を噛み締めた後、肩を落として剣を納めた。

「すぐに近辺の兵士に連絡して襲撃者の確保、それと各隊ごとに点呼をかけて人数の把握を急ぎましょう」

「……そうだな」

 ヤィルデルは剣の位置を整えながら、足早に来た道を引き返し始める。先程の声と金属の音を聞きつけて兵士の一団がこちらの方に走り寄ってきている所だった。

「閣下!先程こちらで大きな音がしましたが」

「襲撃者だ」

 兵士の一団が一気にざわつく。

「お前たちは白鯨隊だな。襲撃者はあちらの廊下の方に逃げた。追いつけるかどうかは怪しいが、何か手掛かりになる様なものがないか調べてくれ。決してばらけるな。一定以上の人数で行動するんだ。後、襲撃者は兵士の格好をしている。十分警戒しろ」

「はっ!」

 さっと敬礼すると、兵士達が剣を抜き廊下の方に走って行った。

「とりあえず、我々も安全な所へ」

『それなら、最初の目的通りアールネク第一辺境伯の所へ行きましょう。稽古場におられるのでしょう?そこなら兵士も多くいます』

「そうだな。ならばこちらから行こう。こっちの方が遠回りだが人通りが多い」

 ヤィルデルは落ちつか無げに周囲を見て、剣に手をかけながらツツィーリエ達を先導し始めた。ツツィーリエはヤィルデルの横に並ぶと、歩きながら文字を記す。

『閣下。一つ質問してよろしいですか』

「構わんですよ」

『閣下は自身を囮に襲撃者をあぶりだそうとしたんですか?』

 ヤィルデルはしばらく無言で歩くが、やがて一回頷いた。

「気付きましたか」

『護衛をつけてない段階で察しはつきます。それに自分の事をどうでも良いと思う人の思考は、基本的に似てきます』

「手厳しい」

『私もそう考えましたから』

「なるほど」

 ヤィルデルは少し表情を和らげる。

『この事、モヌワに言わないでくださいね』

「なぜ?」

『あなたが私を襲撃者に対するダシにしたと気付いたら、モヌワが怒りますから』

 ヤィルデルはバツが悪そうに頭を掻く。

「あなたはどうお思いですか?」

『別にどうも。あなたが私たちの所に来てくれたおかげで色々手間が省けるのも事実です。成果も有りましたし、ここからたどって行けばもしかしたら早々に片付くかもしれません』

「豪気な人ですな」

『そうですか?私はまだ経験の浅い小さな女の子ですよ』

 ツツィーリエは紙を上着のポケットに入れると、変わらない表情のまま歩き続けた。

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