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奴隷の少女は公爵に拾われる 114

「で、これからどうするんですか?」

 全員が休息を済ませ、持って来てもらった食事を食べながら三人が話し合いをしている。

『とりあえず、辺境伯たちに話を聞いて誰が怪しいか探ってみるのと、あとは兵士達の殺害状況がどうなっているのかもう一度しっかりと見てみましょう』

「そうね。まぁ、最初はそれくらいしかやることないわよね」

 三人は水分の少ないポタージュの様なものに固いパンをつけて食べている。ポタージュの味はかなり辛みの効いたもので、色もだいぶ赤い。だが、しっかりと旨みはあり体が内側から温められるのが分かる。

「襲撃者が私達やお嬢を襲撃する事は考えられるか?」

「ん~、まぁあってもおかしくはないでしょうね。でも、私ならやらないわ」

「なんでだ?」

「ツツィーリエちゃんがもし襲撃されて、最悪殺された場合」

 タレンスが固いパンを噛み締めながら肩を竦める。

「公爵さまの頭がプッツン来て地図上から北の国が無くなる可能性があるからよ。でも襲撃者がその事を把握しているとは思えないから、襲撃は普通に考えられるわ」

『うちの国にそんなことできるの?』

「できるんじゃないかしら。具体的な戦力差は分からないけど、こっちの国の方が国力的には強いし、他の国との同盟関係も弱くはないから。でもそれをすると、うちの国もかなりの負担を負うし批判もされるでしょうから、遠からず他の国の侵攻を受けるわね」

「まぁ、襲撃者が襲ってくる可能性があるってことは分かった。とりあえず、わたしはお嬢から離れない」

「それが良いわね。私も基本的にツツィーリエちゃんから離れるつもりはないわ」

『ありがとう』

「辺境伯達に話を聞くとして、誰から話を聞くんですか?」

「上から順番がいいんじゃないかしら。第一辺境伯はこの事件の担当もしているみたいだし殺害状況を確認できるわ」

『そうね。私もそれがいいと思うわ』

「じゃあ、そういう事で。外にいる護衛の兵士に第一辺境伯がどこにいるのか聞いてくるわ」

 タレンスがパンを口に放り込んでから、椅子から立ち上がる。

 その時、部屋にノックの音が響いた。

「はーい?だれ?」

 タレンスがその音に返答する。

「公爵令嬢殿。ヤィルデル第二辺境伯閣下がお越しです。部屋に入れてもよろしいでしょうか」

 外から、部屋の扉を守ってくれている護衛の兵士の声が聞こえる。その声に三人は顔を見合わせる。

 ツツィーリエはタレンスに向かって頷き、机の上にある皿を片づけ始める。

「ありがとう。入ってもらってください」

 タレンスはツツィーリエが集めた皿を抱えると外に声をかける。

「失礼しますよ」

 外から扉を開けて入って来たのは、がっちりと体格の粗野な外観の男だ。口の周りにはひげを生やし、腰には幅の広い剣を吊っている。だが、表情は柔らかく目尻には笑い皺が目立っていた。

「おや、お食事中でしたか。別に後でも構わないですが」

『いえ、食べ終わったところです。それに、わざわざヤィルデル第二辺境伯閣下からお越しいただいたのです。こちらもいろいろ興味があります』

「それはありがたい」

 短く刈った髪の毛をガシガシと掻きながら笑い声をあげる。

「まぁ、色々時節の挨拶などしても良いのですが馴れないことをして失礼があってもいけません。さっさと要件に入りますが、よろしいでしょうか?」

 ツツィーリエは特に表情を変えることもなく手のしぐさで促した。

「公爵令嬢殿。あなたたちがここに来たのは、筆頭辺境伯の要請があったからだという事ですが、それの理由はなんでしょうか」

『理由というと、独立を保っているこの地に目障りな権限を持っている人間をわざわざ呼び寄せた理由という事ですか』

「端的に言えばそうですな」

 ヤィルデルはツツィーリエの言葉にも特に目を揺るがさず、少し肩を竦めてみせただけだった。

『筆頭辺境伯はこの地の平和を望んでいます。それは私たちとしても同じです。私たちが来ることでこの地域で発生している問題の解決に近づく。それが私たちが呼ばれた理由であり、私たちが来た理由です』

 ヤィルデルは顔のしわを少し深くするように顔をゆがめる。

「この地の問題というと、具体的には?」

『その問題というのは、あなたのほうが良く知っておられるでしょう』

「まぁ、その通りです。ですが、それならなぜ、あなたたちを呼ぶことで問題が解決すると、筆頭辺境伯はお考えになったんでしょうか」

『第三者の目で客観的に見ることで、物事への正確な理解を得たい。そのように言われました』

 ヤィルデルはそう言われると、口元の髭を触りながら考えるように唸る。

「正確な理解……ですか」

「ヤィルデル第二辺境伯閣下、質問の意図を教えてもらえませんか?腹の探り合いをしても仕方がありません」

 タレンスがヤィルデルに声をかける。

「はははは。参りましたね。やはり慣れないことはしない方が良いようだ。腹の探り合いなら、やはり剣を使った方が私には向いている」

 ヤィルデルは少し照れたように笑うと、一気に顔を引き締める。

「では改めて単刀直入に」

 ヤィルデルがその表情のまま口を開いた。

「この砦に裏切り者がいる。そうですね?」

 ツツィーリエは躊躇わずに頷いた。タレンスはそれを見てから、ヤィルデルに向けて言葉を投げる。

「閣下はそれを確認してどうするおつもりですか?」

「話が早くて助かる。私は、公爵令嬢」

 ヤィルデルはまっすぐツツィーリエの目を見た。

「あなたたちに力を貸したい」

『そうですか。ありがとうございます』

 ツツィーリエは表情を変えずに紙に文字を記す。それを見たヤィルデルは少しホッとしたように息を吐いた。

『ちょうど、辺境伯たちとお話ししたいと思っていた頃なんです。お話、お聞かせ願えますか?』

「もちろん!」

『ちょっとお嬢、大丈夫ですか?』

 モヌワがヤィルデルの見えない角度から、手を動かして手話で意思を伝える。ツツィーリエはそれを視界に入れている筈だが、特に反応を示さない。

『私たちはこの土地の状況についてあまり詳しく分かりません。ヤィルデル閣下は、裏切り者の目的はなんだと思われますか』

「目的ですか。北の国との戦闘を起こす事でしょうな。その戦闘の中にどんな利益を見出そうとしているのかは、何とも」

「どんな些細なことでもいいんですが」

「戦闘には絡む要素が多すぎる。こちらが勝つ事によって得られる栄誉が欲しいのか、あちらと深く内通していて、北の国が勝つ事によってこの土地の覇権を得る事が目的なのか。まだ色々考えられるし、単純に栄誉や覇権と言ってもいろんなものが考えられる」

『では、裏切り者は誰だとお思いですか?』

「分かりません。力になると言っておいてお恥ずかしいですが、疑おうと思えば誰だって疑える状況です。セルークルが若い連中に唆されて愚かな行動に走っただけかもしれないし、マーダック第三辺境伯があちらと内通していてより大きな権力のためにこの地を売ろうとしているのかもしれない。アールネク第一辺境伯は自身の血に流れる貴族権限の復活を願い、北の国と通じている可能性だってある」

「そんなにみんな怪しいのですか?」

「いや、考えられると言うだけですな。基本的に彼らはこの地の防衛に誇りを持つ者たち。裏切ると言う事は、それなりに大きな理由があるのでしょう。それをここで論じてもあまり意味がない」

「あんたはどうなんだ?」

「ん?」

 ヤィルデルにモヌワが声をかける。

「あんたが裏切るとしたら、どんな理由なんだ」

「ちょっとモヌワ、失礼でしょ」

「私が裏切るとしたら、おそらくは地位のためでしょうな」

 ヤィルデルは平然と答えた。

「私自身は今の状況に満足しているが、唯一足りないものと言えば、自身が頂点に立つ事だけだ。私が北の国と内通してこの地を落とせば、この地の覇権を私が握ることも可能だ」

 ヤィルデルはゆっくりと息を吸い込む。

「先も言ったが誰でも疑える状況なんだ。私は多少疑心暗鬼になる事に慣れているが、セルークル等が辺境伯の裏切りに気付いたら、どんな行動に出るか分からない」

「では、殺された兵士達について何か知っている事はありますか?」

「白狼隊の兵士については知っている。全員気の良い奴だったし、何人かは酒を飲みながらいろいろ語り合った仲だ」

「共通点などはありますか?」

「いや。特にない。色々考えてはみたが、これと言った共通点はない。兵士である、と言う事を除けば」

「殺された状況について教えてもらえますか」

「朝の会議でアールネクが言っていた事でだいたい網羅されている。殺された白狼隊の10人は、3人、4人、3人の順番で殺されている。どれも私が管轄する城の周囲を巡回している時に起こった。太刀筋からして敵の数は4~5人。かなりの手練だろう」

「そんな数の襲撃者がいて、まだ見つかってないのか?」

「あぁ。私も兵士の帰りが遅いのが気になって見に行ったが、その時には殆ど足跡が消えている。雪が吹雪くのを狙ってるんだ」

 ヤィルデルは口調こそ穏やかだが、目の奥には笑い皺の似合う男らしからぬどす黒い炎が揺れていた。

「足跡以外には手掛かりはないのか?」

「目撃者はいない。見張り台にいた兵士も雪の音にかき消されて音を聞いていない」

「かなりの数が殺されていますよね?それだけの数、目撃者も証拠もない、と言うのは出来過ぎな気がするんですが」

「吹雪がかなりの証拠を隠してしまう。雪山に慣れた者なら、吹雪がいつ来るのかも予測できる。まぁ、正直内通者がいなければこれだけの数、吹雪に紛れてとはいえ殺せはしないだろうが」

 ヤィルデルは溜息をつく。

「殺された奴は敵に傷を負わしていたりしないのか」

「こちらの兵士の剣に血が付いている事はある。だが、血の跡は追えなかった」

「後、少し気になっているんですが」

「なんです?」

「何故、筆頭辺境伯付きの白鹿隊には死傷者が出ていないんですか?」

 ヤィルデルは顔に笑みを浮かべて言った。

「白鹿隊は辺境伯軍の中でも特に腕が立つ精鋭の集まりなんだ。一番新入りであっても普通の兵士5人分は働く。これを知っていれば、白鹿隊の人間に襲いかかるような真似はしない」

「つまり、それを知っているのが襲撃者であると」

「えぇ、まぁ。でも有名な話だ。特に北の国の奴らはみんな知ってるよ。白鹿隊の怖さは彼らの骨身に刻まれている筈だから」

 ヤィルデルの顔に残忍な笑みがこぼれる。

「この中央要塞は北の奴らが侵攻する際に確実に通るルートに作られてる。白鹿隊の徹底した攻撃は奴らの夢にまで及ぶと言うのがもっぱらの噂でね」

「一番の手練の集まりってことか」

「と言う訳でもない」

「?」

 モヌワとタレンスが首をかしげる

「この山で一番剣を扱うのに長けているのはアールネクですよ。もしアールネクが兵士であったなら、確実に白鹿隊の頂点に立っているでしょうね」

「そんなに強いの?」

「小さな頃、私が剣を教えていた事も有りましたがね。その時から飲み込みの早さが尋常ではない。今ではアールネクとまともに戦えるのは白鹿隊の中ですらほんの一握りと言われています」

「へぇ。痩せているように見えるのにね」

『ありがとうございます、ヤィルデル第二辺境伯閣下』

「いやいや、私の話が役に立つかどうか。これから、他の辺境伯の所にも話を聞きに行くので?」

『えぇ、そのつもりです』

「だったら、私が話をつけましょう。どの辺境伯がどこにいるのか、公爵令嬢殿もまだ把握してはおられますまい」

『助かります。この要塞は非常に広いようですから。辺境伯を一人捕まえるのに一日かかるのはごめんです』

「では早速行きましょう。最初は誰から話を聞きますか?」

『アールネク第一辺境伯閣下から』

「彼なら居場所はすぐに分かります」

 ヤィルデルは立ち上がると、足早に部屋の扉に向かって歩き出す。その後ろ姿を見ながらモヌワが手を動かす。

『お嬢、あいつを信用していいんですか?』

『信用する必要はないわ。ただ、あちらも私たちを動かす事で何か利になる事があるんでしょう』

『あいつが裏切り者かもしれませんよ』

『その可能性もあるわね。でも、今すぐに私たちを殺したりしないでしょ。見張りの兵士も私たちとヤィルデルが会ったことを知っている訳だし、今ここで私たちが死んだらヤィルデル第二辺境伯の立場が危うくなるわ』

『そうですが……』

 モヌワの手がぎこちなく動く。

『とりあえず行きましょう。こっちまで疑心暗鬼になったら意味がないわ』

 ツツィーリエはベッドの上に置いてあった上着を取ると、しっかり着こんで部屋の外に向かって進んだ。

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