奴隷の少女は公爵に拾われる 113
ツツィーリエたちに与えられた部屋は、ベッドと机が無造作に置かれた特に特徴のない部屋だ。暖炉の火はしっかり燃えており、部屋の中は既に山の寒さを締め出していた。
一行は荷物を置くと、自然と暖炉の前に集まる。
『二人は先に休んで。私はこれからどうするか考えるから』
「あら、考え事するんなら一人より二人の方が良いわよ。一緒に考えましょ」
「それにこの山で正体がわかってない何かが兵士を殺して回ってるんなら、お嬢だけ起こしておくわけには行きません」
ツツィーリエの言葉を、モヌワとタレンスが拒否する。
『でも二人は歩きっぱなしで疲れてるでしょ?私はモヌワの背中で少し寝たからあまり眠くないの』
「まぁ、疲れてないって言ったら嘘になるけど。でも、ツツィーリエちゃんだけ起こしておくわけには行かないわ。少なくとも私かモヌワが起きてないと」
「そうですよ。何が起こるかわからないんですから」
ツツィーリエはそう言われると数回瞬きをする。
『じゃあ、どっちが起きておくの?』
「そりゃモヌワよ」「そりゃタレンスですよ」
ツツィーリエはピッタリ息を合わせて互いの名前を言い合う二人を見つめた。
「あんたは何を言ってるのよ。ツツィーリエちゃんが考え事するって言うんなら、私がそれを補助しないといけないじゃない。あんたはツツィーリエちゃんを背負った分疲れてるんだから、大人しく寝てなさい」
「お嬢を背負ったくらいで疲れるもんか。そもそももとの体力が違うんだ。お前の方が休めば良い。襲撃者がもし部屋の中に入ってきたら、お前じゃ対応できないだろ」
「誰か来たら起こすわよ。それにその考え方ならあんたはずっと起きてないといけないわよ」
「最初の状況がまだつかめていない中で私が寝るのはまずいって言ってるんだ。状況さえつかめればちゃんと休む。私はまだしばらく起きていても平気だが、お前は疲れで頭がちゃんとまわってない状況でお嬢と一緒にモノを考えられるのか?」
「なんとでもなるわよ。体は多少こわばってる感じがするけど、ツツィーリエちゃんの考えをサポートすることくらいできるわ」
『…………』
二人が言い合っているのをツツィーリエは赤い目でじっと見つめていたが、突然体の向きを変えてベッドの方に向かって歩き出した。
「お嬢?どうしたんですか」
『二人が起きてるっていうなら、私が寝るから二人のうちどちらかが起きておいて』
と言って、ベッドの近くに荷物を置き分厚い上着を脱ぐ。
モヌワとタレンスは顔を見合わせ、どうする?と口を開く。だが、しばらくすると二人のどちらも主張を一歩を譲らない言い合いに発展していった。
その激化する討論の様子をベッドのふちに座ってツツィーリエがじっと眺めている。
「お嬢!」「ツツィーリエちゃん」
『なに?』
「どっちと一緒に寝たいですか?」
二人が大きな顔をツツィーリエのそばに寄せて勢いよく尋ねた。ツツィーリエは寄ってきた顔にまったく表情を変えず、ゆっくりと目を閉じる。
「私の方がいいわよね?私の方が良い匂いがするし」
「うっさい男女。私のほうが良い匂いがするに決まってる」
「何が良い匂いよ。あんたからするのは汗の香りだけよ」
「尊い労働の匂いだ。お前こそ男臭い匂いがするぞ」
「そんなわけないでしょ。匂い消しの香水をちょっとずつつけてるんだもの」
「風呂入ってなかったらそんなもんでごまかせるわけないだろ」
「何よ、汗臭いよりましよ」
ツツィーリエは目を開けて鼻を突き合わせるくらい近い距離で言い合う二人を交互に見詰める。そして小さく息を吐いて二人の鼻を細い指でつまんだ。二人の鼻から間抜けな音が溢れ出る。
「何するんですか!?」
『うるさいわよ。外に護衛の人がいるんだから、おとなしくしてなさい』
「でも、どっちが起きてるのか決めないと」
『じゃあ、モヌワ。あなたが寝なさい』
モヌワがガッツポーズしてタレンスが不満そうに何か言おうとするが、それをツツィーリエの小さな手が制止する。
『文句は言わない。どっちが寝たって一緒よ。数時間寝たら、交代してタレンスが寝なさい。タレンスが起きたら、しばらく動くわ。情報を集めて、それから具体的にどう動くか考えましょ』
タレンスはそういわれるとふて腐れたように口をとがらせながらも了承の声を上げる。
『あと、モヌワ』
「なんですか?」
『私は一人で寝れるから一緒のベッドでは寝ないわよ』
「なんでですか!?」
モヌワのほくほく顔が一瞬で驚愕に染まる。
『なんで? もなにも。当然でしょ』
「だって、だって危ないですよ」
『何が』
「だって、ほら……いつ襲撃者が来るかわからないですし」
『来ても隣のベッドじゃない。すぐにこっちに来れるわよ』
「え……ぁ……でも」
『おやすみ、モヌワ。タレンス、誰か来たらみんなを起こしてから扉を開けて頂戴ね』
「分かったわ」
『お願いね』
そう手を動かすとツツィーリエは自分のベッドに潜って目を閉じる。モヌワはそれを恨めしそうにしばらく見ていたが、やがて諦めたように隣のベッドに横になり、窮屈そうに身を縮めた。
タレンスは二人の寝息を確認すると暖炉の火を調整し、鞄から取り出した紙に何かを書き始めた。外観に似合わず端正な字はあっという間に紙面を埋めつくす。
タレンスはその内容を確認する様に読み流すと、部屋においてある机の上に紙を置き暖炉に近い椅子に座って書類の確認をしていく。
それからしばらくは、その部屋に訪れる者もなく静寂の中でゆっくりと時間が過ぎて行った。




