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奴隷の少女は公爵に拾われる 111

 部屋に中にいる人たちの耳にドアの向こうから人の声が届いた。

「遅くなりました」

 入ってきたのは年の若い細身の青年だ。赤に近い色の髪の毛、白い肌は走ってきたからか微かに上気している。大きめの鼻をすすると、近くにいたツツィーリエを見て顔を顰める。

「セール、遅いよ。すぐ会議始めるって言っただろ」

 テーブルの向こうからマシラが声をかけた。

「申し訳ありません。部下に伝令することがあったので」

「まぁいいや。座んな。始めるよ」

 そう言われたセルークルは大人しく空いていた席に着く。

「まず状況の整理だ。アール、説明してくれ」

「はい」

 マシラ筆頭辺境伯の右側に座る男が静かにたち、口を開く。

「状況はどんどん悪くなってます。前回の報告よりも被害者が増えて、第三辺境伯の白鯨隊7人、白狼隊10人、白熊隊19人、我が白蛇隊からも14人、何者かによる襲撃、死亡が確認されています」

「どんな奴らがやったか、まだ調べられてないのかい」

 アールネクは唇を微かに噛んで頷く。

「手がかりも見つかりません。余ほど雪に慣れているのか、私たちが現場に到着した時は決まって足跡が雪で消えた後です」

「お前が行ってだめなんだったら誰が言っても駄目さ。引き続き調査してくれ」

「はっ」

「北の国境付近にいるあちらさんの動きは」

「いつこちらに来るか、そもそもこちらに来るのかどうかもまだ判断し辛い部分があります。ですが、少しずつ兵力を集中させているのは間違いないようです」

 その言葉を聞いたセルークル第4辺境伯が白い肌を興奮と怒りに染めて思いっきり机を叩いた。

「やはりこの襲撃は明らかに敵方によるものです!こちらの混乱を狙っての事なら、今のうちに動くべきだ」

「セルークル、落ち着こうよ」

「マーダックも悔しくないのか!?あんたの所の兵士が殺されたのをきっかけにされてるんだぞ?」

「悔しいよ。だから落ち着いて」

 マーダックは丸い体の上に乗った柔和な顔の表情を厳しくしながら向かいに座る若者をなだめる。

「落ち着けるか!うちの兵士も殺されてる!やったのが誰なのか、直接的な所はどうあれ北の奴らがやった事にほぼ間違いないじゃないか。なぜみんな俺をとめるんだ!」

 セルークルはだいぶ苛立ちを募らせていた様子で、動かない状況に心境を隠そうともしない。

「セール。あんたは興奮すると状況が見えないのが駄目な所だ。実際に動いてる奴らが私たちの領土にいる以上、それを調べて叩く事の方が先決だ」

「手掛かりさえつかめないではないですか!これ以上我々の兵士を犠牲にしても良いのですか!?」

「すまないね。もう少し僕がしっかりと調べられてたらいいんだけど」

「アールネク閣下のせいではありません。アールネク閣下が見つけられないのであればどうしようもありません」

 セルークルが顔の前で手を振って見せる。

「見つけられないと言う事は、何か隠れる方法をあちらが見つけたという事です。なら、それを突破する方法を探すよりも本体の方を叩く方が早い。そうでしょ?」

「その隠れる方法を見つめる方が先決ではないか?セルークル」

「ヤィルデルさんはそれを見つける間に何人の兵士を殺せば気がすむんですか!」

 落ち着かせようと声をかける年長者からの言葉に、セルークルは椅子を倒す程の勢いで立ち上がる。

「こちらを襲撃してくる賊はこちらが少人数いるときにしか狙ってこない。なら、こちらが軍勢として結集していれば襲撃の心配はないんだ。こちらが襲撃の態勢を整えればあちらも反応して中立地帯に入ってくるにきまってる」

 その言葉にツツィーリエの隣で聞いていたタレンスが言葉を挟んだ。

「でも、襲撃者の目的がこちらの撹乱であるなら、北の国は動かないでしょ。私なら襲撃者の行動を他の撹乱作戦に切り替えさせて、好機を待つわ」

「ふん、あっちの単細胞どもにそんな知恵が回るものか。あちらがこちらに来ないと言うのなら、先行部隊を中立地帯に送り込んで挑発してやれば顔を真っ赤にして攻撃してくるさ」

「ちょっとちょっと。そんなことしたらあっちの思うつぼじゃない。すぐさま中立地帯への侵攻を周辺の国に連絡して結集させるだけよ」

「この雪山の鉄壁の砦があればいくら来ようと無駄だ」

「ここが無敵の城塞なのは雪があるからでしょ。春、夏にかけて雪が薄くなれば複数国からの物量に押し負けるわよ。過去この地域で起こった戦闘が春から夏にかけてだったことも考えれば、北の国はこちらに攻める時期というのをちゃんと理解してるのは明白よ」

「だが、その襲撃も今まで退けてきた」

「それは相手が他の所でも戦闘して疲弊している国が相手だったからよ。北の国が他の所と同盟を組んでこっちに来れば話は変わるわ」

「だが―――」

「セール。あんたが怒るのも分かる。北を襲撃したい気持ちも分かる。だけどね、むやみにこちらから攻撃するのはここのやるべき事じゃないんだよ」

 マシラが青い目をしっかりとセルークルに向けながら言った。

「…………ですが」

「確かに、僕も今すぐに軍勢を集結するのは不利益を呼ぶだけだと思うよ、セルークル」

 マシラの右に座るアールネクもセルークルを見た。

「でも、僕もこのまま何も動かないと言うのは少しいかがなものかと思う」

「アールネク閣下…」

「マシラ筆頭辺境伯閣下、あちらの動きがどうあれこちらが後手に回るのは良くない。ですから、各辺境伯の砦にいる部隊に侵攻の準備をさせるのはどうでしょう」

「ん?」

 アールネクが続ける。

「こちらが攻撃の準備をする事で、襲撃している賊共ははこちらが軍勢を集めていると考えるでしょう。そうなればあちらの公爵令嬢のお付きの人が言っていた通り、行動を兵士の殺害から違う撹乱方法に変えて来ると思われます。そうなればこちらの兵士がこれ以上襲撃される可能性も減りますし、行動を変える事で尻尾を見せるかもしれない」

 マシラは険しい顔で腕を組む。

「気にいらないね。こっちから襲撃する事は絶対にない」

「これは囮の行動です。目的はあくまでこちらの兵士の損失を喰いとめる事と、状況の打開です」

「んなことは分かってる」

 マシラはぼさぼさの髪の毛をガシガシと強く掻く。

「だがまぁ、これ以上兵士が殺されるのは見てられないのも確かだ。とりあえず兵士達には常に8人以上で動くことを徹底させて、万が一に備えて物資の準備をさせようか」

「はい」

「だが、こっちから動くんじゃないよ。そこだけは絶対に譲らん」

 マシラの青い目が全体を見渡す。ツツィーリエはその強い口調を聞きながら、顔の表情一つ変えずに赤い瞳でマシラを見つめていた。

「分かりました」

「じゃあアール。あんたが調べてわかった事を教えておくれ。全員で聞いてみて、あんたの見逃した事があるかどうか考えよう」

 アールネクは頷くと、大きめの紙を取り出してそれぞれの殺害状況がどのようになっていたのかを伝えていった。

 それからしばらくの間は、アールネクが説明した状況がどのようになっているのか、辺境伯とタレンスがいろいろ質問して全体に認識の共有が行われた。

 殺されている兵士には殆ど争った形跡はなく、また全て剣による殺害であるという事、4人いっぺんに殺される事はあるがそれ以上の人数が集まっている時は殺されていない。

 そして全く新しい手掛かりはつかめていないと言う事だった。

「よっぽど雪に慣れてるんだろうね。これだけやって足跡が全部消えてるんだから」

「幽霊の仕業なのかと疑う位です」

「その幽霊は脚がないのに手はあるんだな。便利なもんだ」

 話を聞いていたモヌワが不意に話に参加した。

「なぁ、切り口は後ろ側からか?前からか?」

 その質問にアールネクが答える。

「後ろからの傷が多いよ。たまに前から切られてる事もあるけど」

「じゃあ、前から切られてる奴の顔はどんな表情だった?」

「表情?」

 アールネクが首を傾げて考える。

「んん……驚いてる表情かな」

「驚いてるのか?」

「さぁ。目を大きく開いてるからそう見えるだけかもしれない」

 そうか、とモヌワはそれを聞くと考え込むように口を閉ざした。

「とりあえず、お前たちは自分の隊に攻撃の準備だけはさせときな。アールはまたもう一度調べ直して尻尾を掴めるかやっておくれ」

「分かりました」

「公爵令嬢はちょっと休みな。長旅だったんだし、多少寝たとはいえ疲れてるだろ」

 ツツィーリエはしばらく動かないでマシラの方を眺めていたが、やがて頷く。

「じゃあ、とりあえず解散だ。何かあったら私から知らせる。それまでは各自でやるべきことをやるように」

 マシラは腕を振って全員を下がらせる。辺境伯たちは一礼してから部屋を出て行った。一番若いセルークルだけはもう少しマシラを説得しようと食い下がろうとしたが、マシラの眼を見てすごすごと引き下がる。

 それを目の端に見ながら、ツツィーリエが席を立とうとしなかった。荷物を持ち上げて動こうとしていたタレンスが少女に声をかける。

「ツツィーリエちゃん、どうしたの?」

 ツツィーリエはその声に反応せず、ただじっとマシラの方を見つめていた。

「ん?なんだい?」

 マシラはその視線に気付いて席に座り直す。

『マシラ筆頭辺境伯閣下、ちょっとお話よろしいですか?』

「構わないよ」

 マシラは青い目に不思議な静けさをたたえて見返した。

『なんで話を逸らしていたんですか』

「会議中の事かい?」

 マシラはツツィーリエの書いた文字を見た。

『えぇ。会議で出ていた問題の答えが、一切出て来ないのが不思議でした』

「…………」

 マシラはその言葉に対して何も答えない。

「お嬢、どうしたんですか?」

 モヌワがツツィーリエに疑問の声をかける。

『マシラ閣下も気づいてますよね。気付いてなかったら今回の件で父に連絡する筈がない』

 マシラは無言で続きを促した。

『公爵に連絡を入れたのは暴走しかけている辺境伯を止めるための手段だと最初は考えていました。でも、会議中の様子を見る限りあなたの統制はほぼ完璧です。あなたがするなと言った事を、辺境伯が勝手にするとは思えない』

「セルークルは勝手に動きかねないけどね」

『いいえ。彼は動きません。彼はあなたがやるなと言った事をやるような人には見えません』

 モヌワは首をかしげながら、タレンスはツツィーリエの方を目を細めて見つめながら、それぞれ無言でツツィーリエの言葉を見ていた。

「何が言いたいんだい?」

 マシラの言葉には怒りの要素は全く感じられず、ただ質問の言葉を投げかけた。

『先程の襲撃者の件、あれだけ兵士が殺されているのに証拠がほとんど出て来ない。だったら出てくる答えは一つです』

 ツツィーリエは全く表情を変えず、取りだした新たな紙に文字を記した。


『辺境伯の中に内通者がいる。それ以外に考えられません』


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