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奴隷の少女は公爵に拾われる 105

 建物の中は落ち着いた雰囲気が特徴的な建物だった。玄関から広がる空間は温かく、扉を入って一番奥に見える大きな暖炉が外の寒さを締め出している。煉瓦で組まれた暖炉の周りには長椅子が並べられ、数人がそこで和やかに談笑をしていた。低目の天井には森の木に止まっている梟の絵が描かれている。

 扉近くにある受付の所でワメラとタレンスが軽い身振りを交えて話をしていたが、入ってきたツツィーリエとモヌワに気付くと受付の女性に軽く笑いかけてから、ワメラが近寄ってきた。

「改めて、始めまして、ツツィーリエ公爵令嬢殿。私は3の侯爵の所で事務処理の管轄をさせていただいているワメラというものです」

 礼儀正しい礼をしながら、公爵令嬢の方に顔を近づける。その中性的な顔を最もよく引き立てる笑顔がツツィーリエの顔を覗き込んだ。

「道中、公爵令嬢に御不便が無いようにと主から申しつけられています。何かございましたらお気軽にお申し付けください」

 ツツィーリエはタイミング良くモヌワに手渡された紙に文字を記していく。

『ありがとうございます。私は喋る事が出来ないので筆談で失礼しますね。それとも手話で喋れたりするのかしら』

 ワメラが表情に少し照れを込めながら姿勢を正した。

「いえ、覚えられるなら覚えるようにと言われましたが、何分時間が足りませんでしたので。申し訳ありません」

「私は覚えたわよ」

 タレンスがワメラの肩に手を置きながら話に加わった。

「タレンスさんは特別ですよ」

「でも簡単な挨拶くらいなら、ワメラ君も覚えたんでしょ?」

「本当に簡単なものだけです」

 手をぎこちなく動かして見せる。

『別に手話が出来なくても筆談で構わないですよ』

 ツツィーリエは慣れた様にさらさらと文字を書いていく。

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。とりあえず山用の装備は一通りそろえて部屋に御用意させていただいております。もし既に持っておられるようでしたら言っていただけましたら回収いたします」

 ツツィーリエはぱちぱちと瞬きをする。

「あら仕事が早い」

『ありがとう。使わせてもらうわ。でもサイズ良く分かったわね』

「おおよその体格さえ分かれば、山用の上着はそこまで厳密な計測を必要としませんので。それに私が直接できるのはこれ位です。北の山の中に入ってしぬまうと私どもに出来る事が本当に少しになってしまいますから」

『そこらへんの事、色々聞かせてもらえますか?私はあまりそこらへんの事を知らないので』

「わかりました。知ってる限りの事はお話しします。後、この後の道中、現地に詳しい人がいないか聞いてみますね」

「あら、ワメラ君ずっと付いてくるの?」

「いえ、私は経路に先行して色々整える予定です。道中の安全確保に関してもよろしく頼むと言われていますので」

 そう言うワメラに対してモヌワが質問した。

「じゃあ、この後の道で何か危険なことでもあるのか?」

「今の所、武器を持った集団が終結してるという情報はありませんよ。ただ雪が降り始めてるので馬車だと通りづらい道を避けることにはなりそうですね」

「そこを賊が狙ったりはしないのか?」

「あまりそういう事が頻発する地域では無いので、とても危険という訳ではありません。ただ、治安維持官達に重点的にパトロールしてもらう事になるでしょうが」

「それだと、パトロール中の治安維持官に私の顔が割れた時問題じゃない?」

 ワメラは考えるように一瞬遠くに目をやる。

「御者が3の侯爵から渡された正式な身分証を持っていますから犯罪者でもない面々を止めたりはしないでしょ。無理やり止めるようでしたらそれこそ私の出番ですね。面倒な事になる前に出発するように手筈を整えるだけです」

 ワメラは受付の方に目をやって従業員に合図をした。

「これから御者のおじさんとこれからの行程について話をしてきますので部屋でおくつろぎください」

従業員がそれぞれの部屋の鍵を皆に渡して行く。

「荷物預かりますね」

 従業員の女性は荷物を器用に抱えると、玄関から見える木の階段へ3人を案内する。モヌワが階段を踏むと僅かに段が軋む音が聞こえた。上の階の廊下から光量を落とし始めた太陽の光が入り込み、階段を弱く照らす。ツツィーリエは従業員について大人しく木の階段を上って行たが、ふと斜め前に立つ従業員の顔をじっと見つめ始めた。

「なんでしょうか?」

 少し戸惑ったように女性が尋ねる。

『さっきから私の方をちらちらっと見るから、どうしたのかと思って』

「あら、ごめんなさい。国守の公爵閣下の御令嬢が思ったより若くらっしゃるから」

『珍しい?』

「えぇ…申し訳ありません。」

 ツツィーリエはそれ以上何も紙に書かず、静かに陽の入る廊下を進んでいった。

「では、こちらの部屋が公爵令嬢のお部屋、両隣がお付きの方たちのお部屋です」

 女性は扉を開けながら、荷物を各自の部屋に入れて行く

「ありがとうね、お世話になるわ」

 その女性に対して、タレンスが懐から取り出したコインを握らせる。女性が嬉しそうに小さく笑った。

「何か御用がありましたらおっしゃってくださいね」

 女性は一礼してから足早に下の階に戻って行った。それを目の端で見送りながらタレンスは財布をカバンの中にしまう。

「じゃあ、ツツィーリエちゃんはお部屋で少し休んでて。食事の時間になったら呼びに来てくれるわ」

 ツツィーリエは小さく頷く。

『何かあったら呼ぶわね』

 ツツィーリエは小さく手を振ると、部屋の中に入って静かに扉を閉めた。それを確認した大柄な二人が視線を合わせる。

「とりあえず、下の階で色々話してくるわ。あんたはツツィーリエちゃんをお願いね」

「言われんでもそうする。これからの道中に危ない所があるんなら後で私に教えてくれ」

モヌワは身を屈めなから部屋に入って行く。タレンスは部屋の中に一瞬入ってから飛び出す様に下の階に降りた。


 ツツィーリエの部屋はすでに暖かかった。見ると部屋には炎を包む金属の容器があり、そこから熱が発せられているようだ。金属の上部には小さなポットが置かれており、そこから蒸気が吹いている。

 ツツィーリエは物珍しそうにそれに近づき置いてあった分厚い布を使ってポットを持ち上げた。ポットの口から溢れる蒸気がツツィーリエの顔に優しく触れる。

 置いてある机の上にあるコップの中にそのお湯を注ぐと、いつも通りの無表情でカップの中のお湯をクルクルと回し始めた。ツツィーリエは揺れる度に登る湯気を小さな鼻で大きく吸い込む。

「お嬢、入っていいですか?」

 外からモヌワの声がした。ツツィーリエは無言で扉の方に手を向けると、掌から僅かな燐光が漏れ扉が一人でに開いた。

「お嬢の部屋にはストーブがあるんですね」

 入ってきたモヌワがゆっくりその金属に近づいて行った。

『お湯も沸いてるわよ。準備が良いのね』

 ツツィーリエが小さな棚の中に入ってあるお茶の葉を見つけた。

『飲む?』

「お嬢が飲むんなら私が入れますよ」

 ツツィーリエは手際良くお茶の準備をする。

『モヌワが作ると何か壊しそうで怖いわ』

 モヌワは頭をかいた。

『そっちの部屋はどう?』

「ストーブはないですね。でも暖かい空気が下から昇ってくる様になってるみたいで暖かいですよ」

『良かったわ』

 ツツィーリエがお茶用のポットに茶葉を入れてからお湯を注ぐと匂いがゆっくりと広がる。

「………」

 カチャカチャと音を立てながらカップが用意され、机の上に茶葉の入ったポットが置かれた。ツツィーリエはゆっくりと息を吐きながら椅子に座る。

「お嬢、疲れました?」

『そうね。ちょっと疲れたわ。でも、まだ数日は馬車のなかでしょ?』

「そうなります」

『じゃあ、そのうち慣れるわ』

「ならいいんですが。あんまり無理しないでくださいよ?」

 ツツィーリエは肩をすくめて見せるとポットのふたを開けて中の様子を確認した。

「道中無事だと良いんですけど」

『大丈夫でしょ。誰かに命を狙われてるわけじゃないし』

「ですけどさっきの女の従業員もなんか怪しいですよ」

『そうね。3の侯爵の所以外の人なのかしら?』

「危ないですよ」

『別に何もしないでしょ。誰かの情報網に他の情報網の人間が入ってるっていうのは至極当然だわ。欲しい情報を持ってるとしたらそれは他の人が持ってるんだもの』

「3の侯爵の持ってる情報が筒抜けってことじゃないですか」

『別に国富の貴族たちに私の位置がばれても問題じゃないわよ』

「国富の貴族とは限りませんよ」

『国守3の侯爵の直轄管理してる所に、犬猿の仲の1、2の侯爵の人は入れないでしょ。あんまり気にしても意味ないわ。それに国守の貴族たちに知られてもお父さんが何とかするんじゃないかしら』

 ツツィーリエがカップにお茶を注いでいく。丁度二人分、丁度良い量が入れられた。

『マーサに感謝ね。なんだかんだで身の回りの事は自分で出来るし』

 ツツィーリエはカップに口をつけて少しだけ口に含む。

「私が出来るのが一番いいんですけど」

『なんで?モヌワが私の身の回りの世話をする必要はないわよ。自分で出来るし』

「でもお嬢は公爵の娘です。本来なら侍女の2人や3人いたっておかしくない訳ですよ」

『本読んで書類読んで食べるだけの生活になんで侍女が必要なのかしら。効率的じゃないわ』

 ツツィーリエは窓の方を見る。窓から見える太陽の光は既に朱色の様相を深めており、空の端がゆっくりと藍色の紗がかかり始めていた。

『良い天気ね』

「明日には雪が降りますよ。北上してますし」

『寒くなるのね』

 軽く目を伏せながらカップを傾ける。それからしばらくツツィーリエは時折お茶を飲みながら伏せた目を細めて無言になった。太陽が陶器を照らす照明のように角度を変えながら少女の顔を照らし、ゆったりと沈んで行く。少女は静寂を纏う無機物のように静かに座っていた。






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