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奴隷の少女は公爵に拾われる 101

「お嬢、さっき公爵さんと何してたんですか?」

『内緒』

 馬車はごとごと揺れながらしっかりとした足取りで進んでいた。馬車をひくために選ばれた大人しく力の強い馬が御者の指示に従って黙々と朝の街を進んでいく。馬車は3の侯爵紋がある以外は普通の馬車のように見えた。質素な木製の馬車で扉に付けられた窓を覗けば流れて行く外の風景が分かる。

 内装もそこまで凝ったものはない。装飾品の類は無く、天井から小さなランプが垂れている程度だ。だが、その質素な外観に反して機能は充実しているようだ。外気をほぼ完全に締め出す程の気密性と、内部に殆ど揺れを感じさせない構造、車輪が回る時の軋んだ音も殆ど聞こえない。据え付け式の腰掛には上等なクッションが使われている。年配の御者はかなり手慣れた様子で御者台に座り、無駄の無い動きで馬を走らせていた。

 ツツィーリエは横に座るモヌワと軽く話しながら、膝の上に置いた鞄から書類の束を取り出す。

「これ、到着するまでに読めます?字細かいですよ」

『読んで覚えるだけだから平気よ』

 ツツィーリエは鞄を足元に置くと膝の上に書類を広げた。

「ある程度まで読んだらテストするからね」

 ツツィーリエに声をかけたのは向かい側に座るタレンスだ。自身の横に大きな鞄を置き、その鞄を台にしてツツィーリエよりも大量の書類を広げていた。タレンスはその書類をなんてことないただの紙切れのように一瞥しながら、ツツィーリエの方を向く。

「テストで及第点が取れたら、書類燃やしちゃうわ」

 モヌワはそれを聞くと少し不安そうに主の方を見た。見られたツツィーリエはいつも通りの表情で書類の最初の数枚をぱらぱらとめくり、その数枚をタレンスの方に渡す。

「ん?どうしたの?ここ分からない?」

 ツツィーリエは首を横に振った。

『ここはもう知ってるから燃やしてもいいわ』

「あら、そう?」

 タレンスは渡された書類をすぐに確認する。

「あぁ、なるほど。この国の行政機構とその周辺事情はある程度把握してるってことでいいかしら」

 ツツィーリエがタレンスを見上げながら頷いた。

「じゃあ問題。辺境伯は何人?」

 ツツィーリエは片手を大きく開いて見せる。

「そう、五人ね。じゃあ、辺境伯はこの国の貴族の中だとどのような位置づけになる?」

『国守の貴族として書類上は登録されているけど、実際は北の山の防衛を任される代わりにある程度の自治権が認められている独特な立ち位置になるわ』

「それはなぜ?」

『元々北の山岳地域はこの国の領土では無かったから。その地域を併合した時に国境警備の任に当たる2の侯爵がその地域も担当しようとしたけど、山岳地域は独特の地形なうえに気候も激しく変動するから通常の兵士ではまともに砦を作る事も出来なかった。だから、その地域で元々防衛任務にあたっていた併合前の軍人を選抜して、その地域の防衛任務にあたらせた、って聞いてる』

「あの地域は冬になると強烈な吹雪が吹くし、春先は雪崩が頻発、夏は雪解け水で川が出来る。平地とか森林での戦闘に慣れたこの国の兵士とはあまり相性が良くないのよね」

 タレンスは持っている書類を弄りながら続ける。

「では、何故彼らは公爵の言う事以外聞こうとしないでしょうか」

 ツツィーリエは一瞬固まるがすぐに手を動かした。

『限定的でも自治を認めてるから』

「ではなぜ公爵の言う事を聞くの?」

『お父さんが元々その地方の出身だから』

「なんだ。知ってるのね」

 タレンスは書類を小さく折り始める。

「正確には閣下が生まれたのはもう少し内地で、辺境伯達はもっと北の出身だけどね。だから彼らは生き残ったんだけど」

 ツツィーリエは黙ってタレンスの話を聞いた。

「その国の併合の話、閣下から聞いた?」

 ツツィーリエは頷く。

『その戦争にかかわった者は全員殺したって』

「そうね。今の辺境伯たちはその戦争に参加するようにもちろん言われてたらしいんだけど、国境の防衛が疎かになるのはまずいとか何とか言ってのらりくらりと逃げてたらしいわ。それが功を奏して彼らは殆ど干渉を受けずに今までいる訳なんだけど」

 タレンスは紙を小さく折って服のポケットの中に入れた。

「じゃあ、なんで閣下はそんな国出身なのにこの国の公爵になれたでしょうか?」

 ツツィーリエは瞬きを繰り返して首をかしげた。

『お父さんの先代の公爵が養子として引き取ったからじゃないの?』

「なんで閣下が選ばれたんだと思う?」

 ツツィーリエは目の焦点を遠くに飛ばしてゆっくり考え始めた。

『…優秀だったからじゃないの?私はお父さんから先代の公爵の話を聞いたことがないからわからないわ』

「そっか。ツツィーリエちゃんも知らないのね」

 タレンスは唇をふざけたアヒルのように曲げて肩をすくめる。

「ツツィーリエちゃんなら知ってるかな、って思ったんだけど」

「てめぇ、お嬢をダシに何考えてんだ」

 モヌワが険しい表情でタレンスを睨む。

「べつに?」

 心外だ、とショックを受けたような表情を作る。

「勘違いしないで。私はいろいろ好奇心を持っているだけよ」

「何が好奇心だ。まともな思考の奴はそんなもの持たん」

「あら、あなただってツツィーリエちゃんのことについていろいろ知りたいでしょ?」

「当然だ」

「じゃあ、あなただってまともじゃないじゃない」

 そういわれたモヌワは腕を組み胸を張って答えた。

「そんなことは知ってる」

 戯言を吹き飛ばすように鼻を大きく鳴らした。

「頭がいいんならもっと有意義なことを話せ」

「何よ、開き直っちゃって」

 タレンスは目を少し細めてモヌワを見ると、フイと目を逸らして書類の方に目を向ける。

「ツツィーリエちゃん、ある程度まで読めたら私の方に書類渡してちょうだい。テストするからね」

 ツツィーリエは一回だけ小さく頷くと大きな赤い瞳を膝の上の書類の上で転がしていった。モヌワはそれを最初は興味深そうに眺めていたが、しばらくして頬杖を突きながら扉につけられた窓から外を観察し始める。

 そろそろ街を抜け、山へと向かう道へ馬車がペースを落とさず入っていくところだ。家並みはまばらになり、道は均されているが舗装されてはいない野生の道の様相を呈してくる。モヌワは変わり始める外の景色をしっかりと目に移し続けた。

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