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公爵家のメイドは今すぐ職場に帰りたい[引きこもり箱入令嬢の外箱]  作者: 北乃ゆうひ


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19/19

19.笑顔


 アッシュが気を遣って部屋を出て行ってからしばらく――


 ラニカは彼の言葉に甘えて部屋の中で、声を押し殺しつつも涙を流していた。とはいえそれも長くは続くものでもない。


 徐々に涙も止まり、気持ちも穏やかになっていく。


 ゴロンとベッドへと転がり天井を見上げているうちに、泣き腫れた目元もゆっくりと落ち着いてきた。


「泣くのは一種のストレス発散らしいけど、本当なんだなぁ……」


 だいぶ気持ちが凪いだところで起き上がり、窓の外を見ると、日が暮れ始めている。

 随分と長いこと泣いてしまっていたようだ。


「アッシュ君に、お礼を言いたいな」


 わざわざ露悪的な言い回しをして――それもちゃんとは出来てなかったのが微笑ましいが――ラニカを一人にしてくれた。


 だからこそこうやって泣いて気持ちを落ち着けられたのだ。


 どうせなら町の人に美味しいお店でも聞いて一緒に食べに行くか――なんてことを思っていると、外で竜巻のようなものが発生したのが見えた。


「……あの位置、町の外……私たちが入ってきた門の方だよね?」


 もしかしたら、自分たちがこの町を脅かす騒動を持ってきてしまったかもしれない――そんな漠然とした不安を抱きながら、ラニカはテキパキと準備をして宿を飛び出す。


 戦闘上等。

 またシンドくて泣くことになっても、アッシュや町の人たちを守る為に、騒動の元を女神の元へ送ることを厭わない。


 その覚悟を胸に秘めて、門のところまで行くと――何やら兵士を手伝ってチンピラらしき人たちを運んでいるアッシュがいた。


 どうやら騒動はすでに終わっているようで、安心したような拍子抜けしたような気分だ。


 何ともなしに彼らを見ていると、アッシュの方がラニカに声を掛けてきた。


「ラニカ。来てたのか」

「アッシュ君? これ、何があったの?」

「あー……なんというか」


 困ったように頬を描くアッシュ。

 そんな彼に助け船を出したのが、どうやら事件にあたっていたらしいココーナだ。

 

「まぁ待てラニカ」

「ココーナ様」

「私から説明するから、執務室へ来るといい」

「わかりました」


 何が何だか分からないが、説明してくれるというのならそれでいい。

 ラニカは素直にうなずくと、ココーナやアッシュとともに、詰め所のある塔へと向かうのだった。




 ココーナの執務室。

 そこで、ラニカは何があったかを教えて貰った。


 ちなみにアッシュは席を外している。


 色々と思うところはあったのだが、自分とアッシュの為にしてくれたのは間違いないようなので、黙って感謝をすることにする。


「――と、いうワケで、キミたちを追いかけていた連中は片付けた。

 もちろん、今回捕まえたので全部というワケではないだろうが……」

「少なくともオージャ村辺りから追いかけてきていた人たちは――というコトですよね?」

「ああ」


 賊たちは――恐らくはラニカを警戒するあまり、ラニカがいない今をチャンスだと思って仕掛けてきたのだろう。


 しかもただのチンピラの集団ではなく、隊長らしき人もいたそうだ。


 もう日は沈み暗くなっている。これから出発するのは危険だ。

 だが、誘拐犯たちの監視の目が緩んでいるこの瞬間がチャンスなのも間違いない。


 相手側に、監視者たちがやられたという情報が回る前に動き出すとするならば――


「明日、朝早くに出発しても構いませんか?」

「そうだな。こちらとしてはダメと言いたいが、キミたちの状況的にはそれが最善だ」


 ココーナは僅かな時間だけ目を伏せ、うなずく。

 他の領長との顔合わせや、政治的な根回し、あるいはドリップス公爵家のメイドであるラニカ、そして令嬢ラニカ。様々な立場のラニカを利用した思惑など色々あるだろう。


 それらを踏まえた上で、ココーナはラニカとアッシュの安全を一番に考慮してくれるようだ。


「他の領長たちには説明しておく。出発時に挨拶は不要だ。好きなタイミングで出ていくといい。だが、今日はゆっくり休みたまえ。鋭気を養うのは大事だぞ」

「はい。お心遣い感謝します」


 話はここまで――といった様子で、ココーナはラニカに退室を促す。

 それを受けて、ラニカは一礼して、執務室から出ていく。


 部屋の外に出ると、向かいの壁に寄りかかってアッシュが待っていた。


「おう。話は終わったか?」

「うん。急で悪いんだけど、明日は朝早くこの関所を出て行くから」

「もしかして追い出されるのか?」

「違う違う。キミを狙う連中の監視の目が緩んでる瞬間だから」

「そっか。それならいいんだ」


 アッシュと共に歩き出しながら、とりあえずの報告をラニカはする。


 そんなやりとりをしながら塔の外に出た時、ラニカはアッシュの顔を見た。


「これから宿に戻るんだけど、その前に――」

「何かあるのか?」

「ご飯食べにいこう。さすがにお腹が空いちゃって」

「マジな話かと思ったら……」

「アッシュ君はお腹減らないの?」

「……減ってる」

「なら決まりだね」


 ラニカは手を合わせて顔を綻ばせると、塔の入り口にいる兵士に声を掛ける。

 そして、美味しい食事処を訊ねると、入り口の兵士同士で少し相談しあって、結論を出してくれた。


「それじゃあアッシュ君。教えてもらったお店に行こうか」

「おう」


 兵士たちにお礼を言って、ラニカとアッシュは歩き出す。


 アッシュが、先を歩くラニカの背中を見る限りでは、昼間のような無理している感じは薄れているように思える。

 多少なりとも気持ちが持ち直してくれれば、アッシュとしても安心できるのだが。


 その背を見ながら歩いている時、ふとアッシュは彼女の名前を呼んだ。


「ラニカ」

「はい?」


 思わず呼びかけてしまい――しまったと、胸中で舌打ちする。

 だが、声を掛けてしまったのならば、何でも無いというのもおかしいだろう。


「あー、その……なんだ。改めて、ここまで……ありがとう。これからもよろしく頼みたい」

「それはもちろん。でもどうしたんですか、急に?」

「ちゃんと言ってなかったな――って思っただけだ」


 そっぽを向いて口を尖らせるように、そんな言い訳を口にする。


「そうですか? 結構よろしくって言われてたと思いますけど」


 即座にそう返されたアッシュは、バツの悪そうな顔をした。

 それでも、なんとか言葉を紡ごうと、何かを堪えるようにラニカに視線を向ける。


「言ってはいたかもしれねぇが……でも、それまではよく分かってなかったんだよ。

 お前にどれだけ負担を掛けてたのかってさ――だからってワケじゃないんだが、理解した上で、言いたいんだ。本当に改めて、よろしく……って」


 アッシュのその言葉にラニカは破顔しながら、首を横に振る。


「こっちこそ、だよ。アッシュ君なりに、わたしを気を遣ってくれてるのはよく分かってる。

 何より昼間、一人にしてくれたのすごい助かったんだ。だから、私からも言わせて。ありがとう!」

「お、おう」


 まさか真っ直ぐに返されると思って無くて、ますます居心地悪くなったアッシュは、けれど逃げ出すわけにも行かずに身動(みじろ)ぎする。


 とはいえ、アッシュとしてはもう一つ言いたいことがあるのだ。


「あー、それと……」


 お礼もアッシュとしては本心なのだが、気持ちとしてはこちらが本命の言葉だ。


「ココーナに教えてもらって多少戦えるようになった。さっきのチンピラのリーダーみたいなのも、オレがぶちのめしたんだ。

 あー、だからな……多少のザコならオレに回せ」

「え?」

「頼りないとは思う。オレはラニカに比べたら弱いし、常識もねぇ、頭も悪い……。

 それでも、一緒に逃げる……仲間みたいなモンなんだろ? だから、必要以上に無理して、余計なモン背負うようなマネすんじゃねぇ――って話だ。

 人を殺す必要があって、状況に余裕があるなら、オレに回せ。お前が、無理してやる必要はねぇから」


 真っ直ぐにラニカを見ながら口にするのは恥ずかしい。

 それでも、アッシュはそう言わずにはいられなかった。


「一緒に逃亡旅をする仲間……なんだろ? なら、手伝えるコトは手伝わせろよ。

 がんばりすぎて、また泣かれると……なんだ、バツが悪ィんだよ……」


 言われたラニカの方は少しキョトンとして、だけどやがて言葉の意味を理解したのか、うなずきながら、笑顔を浮かべた。


 それはこの旅で初めて見た、ラニカの本当の笑顔のように見える。

 その笑顔を見て、アッシュの胸が高鳴った。


(あ……なんだ、これ?)


 自分でも分からない感覚に、胸を押さえる。


 その直後に、ラニカの表情がいじわるなお姉さん的なものへと変わった。


「……良いコト言ってくれて嬉しくもありますけど、アッシュ君のくせに生意気ですね」

「お前、人がせっかく気を利かせて……」

「まぁでも、一緒に旅をするのがアッシュ君で良かったとは思います。

 本当に活躍できるかどうかは要検証案件ですので、明日以降に見せてくださいね」


 いじわるな笑顔のままそう告げて、ラニカはくるりとアッシュに背を向ける。


「ほら、行きますよー! 日が暮れてきてるから、お店閉まる前にご飯にしないと!」

「お、おう」


 その背中を見ていると、さっきの笑顔を思い出してしまう。


(なんで、こんなドキドキしてんだ、オレ……)


 大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 アッシュからは背中しか見えないラニカだが、どういうワケか、その背中はとても上機嫌に揺れているように見えた。


 それだけで少し満たされたような不思議な気分になる自分自身にアッシュは首を傾げながら、ラニカのあとを追いかけるのだった。



 ひとまず、これにて区切りです。

 続きはチマチマと書きためている途中ですので、またある程度たまりましたら、公開します。


 ここまでお読み頂きありがとうございました٩( 'ω' )و


 続きはしばらくお待ちくださいませ

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― 新着の感想 ―
箱入りから気になったので、読みました〜! とても楽しかったです!! ですがw むちゃくちゃ気になる感じで終わってしまっているので、余裕が出来てからでも良いので、続きが読めるとすごく嬉しいです。 結局ラ…
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