042-この話には教訓がある。
「なら、リスポーンポイントまで連れていこう」
「……そうだね。……お願い」
ともかく、安全地帯である街の中に入ったとしても動けないことには変わりがないらしいナノカを引き連れ、全ての街において共通でリスポーンポイントを更新できる施設である『宿』へと向かう。
……流石に宿の中となればNPCのひとりぐらいはいるかとも思ったが、小綺麗な様子の宿の中にも―――ただし、床は道中にも張っていたものと同じであろう水によって浸水しているが―――誰もおらず。
俺達は、普段と違い受け付けでする意味のあまり分からないチェックインすらせずに、リスポーンポイントを更新することが出来る2階へと上がった。
この2階で適当な部屋に入り、ベッドの上に腰掛ければリスポーンポイントを更新することが出来る―――。
「……ベッドまでか?」
「……そりゃそう」
「ベッドまでか……」
―――出来るのだが、流石にベッドまで連れ込むのはどうかと思い……ナノカに確認を取るが、ナノカはまるで躊躇う素振りも見せずに首肯を返して来た。
……まあ、仕方ないだろう……本当に一切なにも見えてないらしいし……。
「……ん。……ありがと。……それじゃあ」
「……なんだ? なにをしている」
本人が気にしていないことを俺が気にするのもばかばかしいので、極めて冷静にナノカをベッドへと誘導して座らせる……と、なにを考えているのか、ナノカは俺の腕を改めて掴みなおした。
もう目的地に到達したというのに彼女がこんなことをする理由が分からず、俺はその真意を問わずにはいられなかった。
「……え。……だって。……揉むんでしょ。……おっぱい。……私の」
「いらん」
すると、ナノカはきょとんとした表情を浮かべ……俺の顔を見上げながら小首を傾げ、そういえば事の始まりに言っていたような気もする馬鹿な対価の話を掘り返して来たので、即座に拒絶し、手を振り払う。
いらん……普通にいらん……真面目に俺がナノカの胸を注視していたのは、唯一持っている『血の女神』に関する情報が『巨乳である』というあまりにもしょうもない情報だからというだけで……彼女には悪いが、俺はこの胸に全く興味が無いんだ……。
VRなら猶更だ。
なにせ俺は月文字という〝本物〟を既に知っているから―――。
「……はぁ? ……考えてるでしょ。……別の女のこと。……私のこと拒否りながら。……ありえないんだけど」
「気のせいだ」
―――日常生活に潜む恐るべき怪物について思い返していたところ、なぜかそれがナノカにバレたらしく、ナノカは俺を見上げている顔を、やや攻撃的なものに変えながら眉を顰めた。
……なんで月文字のこと考えると即座に相手にバレるのだろう……、月文字のことを知っており、俺のこともよく知る金奈ならともかく、ナノカはそのどちらも微塵も知らないはずなのに……。
「……てか。……揉んどきなって。……もったいないよ? ……千載一遇だよ? ……ナノカちゃん様のおっぱいだよ?」
「だから、いらん。間に合ってる」
まあ、とにかく……なぜここまでナノカが俺に胸を揉ませようとしているのかは理解に苦しむが―――なまじ、自分のことを高く評価している分、その価値を認められないのが気に食わないのだろうか―――、そもそもとして俺は……ついこの間、散々胸を揉むハプニングが何故か多発したクラスメイト達を皆殺しにしたばかりなのだ。
だから……もしもまた胸を揉むことがあっては……きっと、あの友人達をドロップキックで殺した感触まで思い出してしまうから……。
「……してるね。……悲しい目」
「いや、見えんだろ。フルフェイスの装備なんだから」
「……目でみないことにしてるから。……男の顔。……心で見てる」
……開け放たれた窓から無言で落ちて消えていった級友たちのことを少しばかり思い返していると、なんだかよく分からないが……それを察したらしいナノカが、顔から攻撃的な色合いを消し、むしろ俺に同情するような表情を浮かべてみせた。
正直、なにを言っているのかはまるで分からないが……俺が強がりでもなんでもなく、ただただ普通にナノカの胸を触りたくない事実を理解して受け止めてくれたのなら、それでいい……。
パイタッチが絡むと死人が増える……過去から未来まで変わらない事実だ―――。
「……わかった。……無理強いはしない。……癪だけど」
「癪ではあるのか……」
「……サントゥね。……覚えとく。……また会お」
―――ナノカがベッドから立ち上がり、俺へと笑みをひとつだけ見せて姿を消す。
ログアウトしたのか、別の場所にファストトラベルしたのかは分からない……同時にパーティーからも離脱していったから。
だが、彼女の言う通りだろう……。
「……次に会う時は、敵同士、だな」
……彼女が『血の女神』であるのならば、俺達は絶対に再会することとなる。
ペロペロババボのような、危険な輩を侍らせる連中を……俺は黙って見過ごすことができないのだから。




