040-星明りすら届かぬ地。
このゲームの目的は『極北天の神星骸』を目指すことである―――とするならば、俺の手を引いたこの『血の女神』……ことナノカが向かう先は、その対極にあるのではないだろうか……?
……と、エリアへの進入判定にしろ死亡判定にしろ……なにかしらが待ち受ける虚無へと身を投げる中でぼんやりと考えてしまう。
なにせ、全ての祭壇は上へ向けてプレイヤーを飛ばし続けていた……一度はかなりの距離を降りさせた『崖下の祭壇』こと『渦虫の祭壇』でさえ、だ。
それにそもそも北極星のある北側と違い、その対極には然程明るく輝く星はあらず……広がるのは、まさしく久遠の闇なのだから、もしもこの先になにかがあるのだとしても、それは真っ当なものではないのではないだろうか―――?
「……これは……」
―――そんな、俺の考えはあながち間違いではなかったようで……俺達を迎えたのは、確かにナノカの言う通り死亡判定ではなく別エリアへの入り口だったが……辿り着いた先は、一寸先には闇が広がる真っ暗な空間だった。
そこはまるで、一切の明かりが届かない闇夜の世界。
確かに、この『天骸のエストレア』というゲームは常に時間帯が夜で固定されてはいるが、代わりに星々の明かりが煌々と世界を照らしている。
だから、この暗さは……不気味であり、そして、あんなにも輝いていた煌めきが一切届かない場所に来てしまった、ということに危機感も抱かざるを得ない。
「おい、ナノカ……」
どういう仕組みか、周囲2m程の視界は確保されているようだが、それ以上は全くもってなにも見えず……下手に動けば二度と同じ場所には戻れないと確信できるような状況……とあれば、ここで俺が頼れるのは自称Hi-Λ'sであり、人には見えない『声』だかなんだかを見ることが出来るというナノカだけだ。
実際、このエリアに入れたのはナノカの力あってのことなのだし……。
「……なにこれ。……眩しすぎる。……見えない。……なにも」
「なに……?」
……そう思って未だに腕に絡み付いているナノカへと視線をやると、彼女は彼女で―――俺とは全く逆に、あまりの眩しさに目がくらみ開くことすらままならない……といった様子で自分の顔を腕で隠していた。
とりあえず、ここでは彼女の『超能力』とやらは全く役に立たない……どころか、むしろ彼女自身を蝕んですらいるらしい―――そんなことはないと思うが……まるで、この様な手合いが来るのを読んで設置された罠にまんまと掛かったかのように。
「ランタン……は意味無し、か。くそっ……なんだこれは」
ナノカが行動不能だというのであれば、俺が主体となって動くしかない……のだが、インベントリから取り出したランタンの放つ光は闇の中に吸い込まれるばかりで辺りを照らせない。
どうにもこの周囲の闇は、単純な暗闇というわけではなく……さながら、真っ黒な濃霧のように俺達を囲み、纏わりついているようだ。
「……いや、『Hi-Λ's』か。……ならば……」
であれば感覚に頼って歩くしかないのか……? と、思わず考えてしまったその時、俺の脳裏にひとりの男の顔が浮かび上がった―――。
「試してみるか。エスパーWLの教えが本物か……!」
―――その名は『エスパーWL』……正式名称『エスパーホワイトリリー』。
Hi-Λ'sの名を公の場に初めて持ち込んだ男であり、一時期ちょっとオカルト系の番組や雑誌等に引っ張りだこになっていたタレント……タレントと言ったら彼は怒って『超能力者です』と言いそうだが、タレントである。
本来であれば俺はそちらの類の話にはあまり興味がないので、知ることも無い存在だが……残念なことに、彼と俺はとある一点でのみ繋がりがあるのだ。
彼が全面的に監修して製作したという……『ジャンル:Hi-Λ's育成シミュレーション』の怪作ゲーム『ラムダ・ガーデン』という一点のみで……。
…………。
……。
俺と繋がっているのだから言うまでもないが、あのゲームはク……マニアクスだ。
内容としては『ガーデン』と呼ばれる白塗りの壁に囲まれた、明らかに精神疾患者をぶち込む用途で作られた施設に『学生』として入園し、園長である『エスパーWL』の教えの元、念じるだけでランプを点灯させるとか、裏面だけ見てトランプのスートとランクを当てるとか、同じ学生同士で念力バトルするとか……意味が分からないトレーニングを一生やり続けることになるものであり―――基本的には、全て乱数で決定されるプレイヤーに一切介入の余地が無いマジモンのク……マニアクスとされている。
どうにも、過去にも似たようなゲームは出ていたらしく……進歩しないな愚かな人類、といったところではあるのだが、なまじエスパーWLが『Hi-Λ's』という新しい概念を持ち出したことでちょっとしたオカルトブームの再来があったし、確かに『Λ's』は日常的に存在するのだからVR空間なら超能力とかあるのかも……で発売されたらしいな。
ねえよ。
全部乱数だよ。
……と、いうのが、このなぜわざわざVRにする必要があったのか―――いやむしろVRにされて明らかに真っ当じゃない施設にぶち込まれて、かわいそうに髪を全部剃られてハゲあがった別の学生(ちなみにバグで髪が消し飛んでいるだけらしい。過去にあった類似作品と違って『ラムダ・ガーデン』の出来は粗悪である)と殺し合いに近い念力バトルをさせられる分悪化している乱数ゲーをトロコンした俺の意見だったが。
今日は隣に自称Hi-Λ'sのナノカがいるし、事実このエリアにはHi-Λ'sの力で辿り着いており……真っ当な手段は打つ手なしのようなのだから、どうせ直感に頼って動き回るぐらいであれば……。
かの施設にて最強のHi-Λ'sにまで上り詰めた、俺のラムダ・パワーを試してみるのも悪くないだろう―――!
「……エセだよ。……エスパーWL。……Λ'sですらないもん。……あの歳なんだから」
「黙れ。先生の力は本物だ」
「……うわぁ……」
―――そう意気込んだのに、自称Hi-Λ'sのナノカがエスパーWLを貶したものだから、俺はエスパー的圧でナノカを黙らせることにした。
愚かな女だな……まあ、『ラムダ・ガーデン』を経ていない教養なき野良Hi-Λ'sなのだから仕方がないが……。




