039-奈落へ。
「……ここ。……この下」
事実は小説より奇なり……ならぬ、神ゲーはマニアクスより奇なりというわけだと切に感じ始めたところで、ようやっと目的地に辿り着いたらしいナノカが俺より前に出て、先程までは俺へと突き付けていた凶器で眼前に広がる崖……その下を指差してみせた。
そこは―――『溶虫の神星骸』の端に存在していた『崖下の祭壇』と違い、『巻甲の神星骸』の中心に存在する神星骸より、やや北側に存在するそこは―――ぽっかりと空いたひとつの大穴であり……ナノカが指差す先に視線をやると、確かにそれなりの数の浮遊する石が並んでおり、(俺の感覚で言えば十分に)進めそうな気配があった。
「……いや、待て。確かに降りれそうな足場はあるが、終着点が無いように見える」
「……そうだよ。……だから誰も話題に上げてない」
あったのだが……ただ、問題として『崖下の祭壇』と違い、向かうべき場所が目視出来なかったので、ナノカにそのことを確認してみたところ肯定だけ返されてしまった……いや、そうだよ、ではないのだが?
……とはいえ、降りる必要がない場所に降りれる地形をわざわざ用意する可能性は低いので、降りれるように設計されている以上、なにかしらは降りた先にあるだろう。
だが、こういった地形に関しては、開発側はわざわざ降りないだろうと思って適当に配置したものが偶然降りれるようになってしまっていることがあるのもまた事実。
実際、『ドブブド』ではどっからどう見ても順路に見えるが実際には順路ではないとある道を進むと、復帰不能となる上にオートセーブまで噛まされるため、データの削除を強いられる場面があった(もちろん、俺も1回データを飛ばした)。
「ならどうしてここを下ろうと?」
「……見えるの。……違う声が。……ここだけね」
「……………………」
まあ、このゲームは戦闘中以外ならファストトラベルが出来るようだし、詰んだりすることは無いのだろうが、とはいえ明確になにか得るものがないのであれば別に進んで降りたくはない……そう考え、ナノカにここを降りようとする理由を聞いてみるが、自らの超能力者設定を十分に活かしたスピリチュアルに満ちた神秘的かつ謎めいたクソ程の役にも立たないゴミのような回答が返ってくるだけだった。
見えているお前は違うのかもしれないが、なにも見えていない俺からすれば『たぶんなんかきっとあるとは思うんだけれど』程度のふわふわした理由で、ちょっと手を滑らせれば全身挫滅により生命を損失する危険な行為を強いられるんだが?
……なんて言えば全身挫滅以外の死因で殺されるはめになりそうなので言わないが……。
言わないが……。
……。
「分かった……確認だが、俺は普通に降りればいいだけなんだな?」
「……うん。……私は勝手に追うから。……エコーを」
……もう色々考えるのが面倒になってきたので、とっととナノカを満足させてしまおうという結論に至った。
なにかがあればそれはそれで良し、なにもなくともナノカから解放され自由に動けるようになる……ようはここを降りることに得しかない。
得しかないんだ……。
「なんで俺は普通のゲームでもパルクールをやらされているんだ」
……得しかしないパルクールをしているはずなのに、なぜか思わず口から出てしまった不平を呟きつつ、中間ポイントとして設置されているのであろう多少は落ち着ける広さの足場に降り立つ。
おかしいな……俺は真っ当な殺しを求めて一般的なゲームに手を出したはずなんだが……?
「……いいじゃん。……一緒だし。……カワイイ女の子。……ナノカみたいな」
「……………………」
もしかしてコールオディこと金奈が勧めてきたこのゲーム、別に神ゲーでもなんでもなくて普通にマニアクスの一種なのではないだろうか、という可能性を考え始めた俺の肩を叩きながらナノカが両人差し指で自分の顔を指差しながら小首を傾げる。
VR上で顔がどうこう言われてもな……いや、まあ、確かに『ドブブド』は海外のゲームということで思想強めなツラしたヒロインだったので、あれよりはマシなんだが。
ただ性格に関しては彼女のがナノカより全然よかったのは言うまでもない。
……というか、このナノカというプレイヤー、付いてくる速度が尋常じゃない……コールオディですら結構おっかなびっくり追ってきていたのに、迷いを全く見せずに追いかけてくる。
「ここが終着点のようだな。辺りになにもない」
ただ、そのお陰で素早くパルクールも終わったようだ。
中間ポイントとして設置されていると思っていた今立っている足場の下には一切なにも存在せず、どこにも行くことが出来ない。
つまり、この空間は……適当に設置したオブジェクト群がたまたま進めるように連なってしまっていただけで、別に意味があるように作られた場所ではなかったということだろう。
「……雑魚め。……これだから旧人類は」
「……………………」
と、思ったのだが、どうやら新人類であるナノカちゃん様としてはそうではなかったらしい……肩を竦めながら俺を見て溜め息を吐いている。
彼女が本当に『Hi-Λ's』なのかどうかは知らないが、もしも本当に『Hi-Λ's』なのだとしたら……『Hi-Λ's』っていうのはみんなこんな感じなのだろうか? だとしたら数々の映像作品で特殊な能力を持たない旧人類と、特殊能力を持つ新人類が戦争ばかりしていたのも納得だ。
納得できてしまう……っ!
「……降りれるよ。……ここ。……入り口が見えてる」
「なに? なんの入り口だ……なにもないだろう」
……納得できてしまうのだが、俺は極めて温厚かつ紳士的な良くできた性格のため決してそれを表には出さず……静かに耐えていたところ、ナノカが四方八方に広がる崖の一片から下を指差した。
彼女曰く、『入り口』が見えているとのことだが……少なくとも俺の視界には死亡判定が張られていそうな虚無が広がっているようにしか見えない……。
「……ま。……いこ。……とりあえず」
「とりあえずで奈落に身を投げなくてはならないのか、俺は」
まったくもって一切合切、ナノカの指差す先に飛び込んだとしてあの世以外のどこかに辿り着くとは思えなかったが……もうナノカは飛び込む気満々のようであり、俺は肩を落とすしかなかった―――。
「……いいじゃん。……一緒だし。……カワイイ女の子。……ナノカみたいな」
「なにもよくないが」
―――例え、そんな俺の腕にナノカが絡み付いたとしても……数秒後に、少女ひとり分の重しが勝手に宙に放り投げられ、それに引っ張られ自分もまた何もない空間に身体を捨てることになるのだとしたら。
肩を落とすほか、ないだろう……。
……いや、肩を落とすまでもなく頭頂部から爪先まで全身落ちることになっているのだが。




